●●の欲深さを振り返って、思う。
人間は、欲を制御できるのにと。
私は昔、食べ過ぎていた。
あのぽっちゃり女性に優しいBMIの数値すら私に厳しい目を向け始めたことをきっかけに、ダイエットをしようと決めた。
まずは食事制限をはじめた。何度か失敗してきたが、一度軌道に乗った。
結婚する前の話だ。一年ほどで、10キロ以上減らした。
食事は一日一食。内容はこだわらず、できるかぎり甘いもの以外で好きなものを。基本、肉だ。
おなかが空いている時間が長いほど脂肪が消えていっているんだと言い聞かせて、空腹感に集中し続けたら、すぐさま効果が現れ、ひと月会わなかった友人にわかる程度に痩せた。半年でウエストが15センチ減った。ストローのような細いコルセットに無理やり体を詰め込み、きゅっと締めたつもりのボディにリブ生地のタイトな服を纏い、誰が見たいかとかは置いておいて、私はほら、こんなに細いのよ!ウエストが!ほら!とアピールした。
本当に細い人間が横に並べば、ただのボンレスハムだったとは思う。けれど、イメージって大事だ。なりたい姿を想像して暮らせば、1ミリ程度は近づくものだ。
初めて会う人に、ウエストほっそい!と言われたときの気持ちが分かるだろうか。かつての私を知っていた人間に言われるのとは訳が違う。この人の私というページには、細いウエストをした人と刻まれたのだ。大げさかもしれないが、私からしたらそうなんだ。細くなったけど前は太かったな、ではなくて、純粋にして完全な「ウエストが細い人」という印象。リバウンドしやがれという呪いはそこにはない。快感だった。
なにがあっても、私の興奮はさめやらなかった。毎日空腹を感じては、減ってる…脂肪が減ってるぞ!と、喜びを噛みしめていた。
仕事の後、2日おきに片道20分をかけてジムに通って、マシンを使って、プールで泳いでサウナへ。23時の閉館まで。たまにトレーナーと恋バナに花を咲かせつつ。独り身を楽しく生きるキャリアウーマン、のイメージで。
寝るときもきつくコルセットを巻いたりと、なかなかのストイックさだったと思う。
気づけば、空腹のときに過剰な食欲が沸かないという現象が起きるようになっていた。腹八分目で、もういらないなと思うようになった。
職場の後輩からのお菓子攻撃も、余ったからみんなで食べて!と爽やかに言えるようになっていた。
以前なら貰って数秒で胃の中だ。
長年すっていたたばこはスッパリやめて、愛車のオープンカーはオープンするようになった。空気がうまいし、ジムの後の仕上げに夜風はちょうどいい。煙草の灰が飛ぶこともないし。
入るか似合うか分からない服を試着もせず手当たり次第買いあさって家で着て似合わずにタンスの肥やしにしたり、似合いもしない化粧品を何となく買ったりという浪費も無くなった。自分のなりたい姿に近づいたことで、理想をかなえる特別なものを厳選して買って、丁寧に扱うようになった。
過眠や夜更かししがちだったりとルーズだった暮らしも規則的になっていた。
意識など全くしていなかったのに、私は気づけばすてきな大人の女性にすこし近づいていた。
忙しくてがむしゃらに働いて寝るためだけに帰り、手軽でうまい宅配ピザ片手にPCに向かって使えない営業に悪態ばかりついて、ぼさぼさ頭のずんぐりしたフォルムの服を着たポニーテールでノーメイクのメガネ女はもういなかった。
スキニーのパンツにタイトで洗練されたトップスを纏ってナチュラルメイクを施し、颯爽と仕事をこなしているだろう私。これはイメージではあるが。
ここで一つの可能性に気づく。
食欲を抑えたことで、睡眠や物欲などのほかの欲も抑えられているのではないか。そして欲に対して、私は罪悪感や羞恥心を抱いていたのだ。
そして飢餓状態は、私の能力を引き揚げた。自分なりに仕事をバリバリとこなせたし、知らない人にグイグイと話しかけて仲良くなれた。ショップの定員に試着した姿を見られても恥ずかしくない。だって自分史上最もスリムなボディがそこにはあるのだから…
オフィスチェアに座っていてもしゃっきりと背筋を伸ばした。きつすぎるコルセットのせいもあるが、常に細いウエストを意識して、腹に、腰に、尻に力を入れて過ごした。
ひどく高揚感があった。ダイエットハイとでも言おうか。私は、私の中では無敵だった。
本能である食欲に打ち勝った、私は新しい人類なのだと。
その後結婚して食事回数を増やさざるを得なくなり、ジムへ行く時間もなくなり、妊娠でますますダイエットはできなくなり、ゆるやかに肥えていったのは言うまでもない。
けれど今、私は再びあのころに戻るつもりだった。不死鳥のように。
私にはまだ、本能に打ち勝ったことのある老兵としての矜持がある。
二度の出産を経た私の体重は多少…?増えたものの、二人目を出産してからこの1年、授乳しているために一日一食とは行かないが、空腹をしっかりと感じて、必要なものだけ食べている。チョコレート?食べたことあるしいらないわ。とカッコいいこともたまに言えるようになった。もちろん新製品の誘惑には弱い。
欲に翻弄されずに過ごすことで、体重は減っていっている。ウエストも。
気持ちも晴れやかで、貪る罪悪感などない。
●●にもこういう成功体験が一つでもあれば、結果は違ったのだろうか。