3月4日は父の命日

 

58年前の今日、羽田空港の飛行機事故で父は亡くなった。

27歳だった。

中国との国交がない時代に、中国との貿易をしている小さな商社で働いていたそうだ。

1年のほとんどを中国で過ごしていたらしい。

スマホもSNSもない時代。

連絡は電話か手紙の時代。

 

「祥子へのお土産を買ったよ。喜んでもらえると思う」

父からの手紙には母への愛が詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

3月4日、父は

国交がないせいで、直行便はないので

香港経由で、カナダ太平洋航空のD C -8型ジェット機に乗っていた。

 

その日の羽田空港は濃霧で覆われており、

視界不良のため、羽田空港発着の国内便はほぼ欠航。

国際線も羽田以外の空港へのダイバードや出発見合わせを余儀なくされていたらしい。

父が乗っている飛行機も、台北へのダイバードを決定、進路を変更したが、

管制塔から天候が回復したとの通信と、滑走路侵入許可が出たため

再び着陸を羽田空港へと変更した。

 

着陸を予定していた滑走路は、事故当時

視界不良時にも安全に滑走路まで誘導する計器システムが運用されていなかった。

そのため、管制官の誘導でパイロット自身の操縦で着陸しなければならなかった。

着陸直前、飛行機の高度が管制官の指示よりも下がり始めたため、管制官は警告を行ったが、

そのまま降下を続けてしまい、侵入高度が低すぎたせいで

防波堤に激突、炎上した。

乗員乗客の64名が犠牲となった。

助かったのは8人のみ。

 

視界不良の中の着陸のため、パイロットが自ら滑走路を視認するために

低い高度で侵入したそうだ。

その上、パイロットはフランス系カナダ人であったため、言語の影響などにより

管制官とうまく意思疎通が図れていなかったことも明らかになっている。

もしも

計器システムで着陸できる滑走路であれば、事故は回避できた可能性もあったのかもしれない。

日本人のパイロットなら、上手くコミュニケーションが取れていたら、事故は起きなかったのかもしれない。

何より、台北にダイバードしていれば安全に着陸できたかもしれない。

 

 

 

 

1966年は飛行機事故が続発した年だった

 

1966年は飛行機事故が続発していたそうだ。

2月4日に全日空

2月11日には日本航空

3月4日に父の乗っていたカナダ太平洋航空

3月5日に英国海外航空と

2月に墜落した全日空機の捜索中の海上保安庁のヘリコプター

3月10日には青森で自衛隊機が墜落。

8月26日に日本航空の訓練機

11月14日には全日空

7件の飛行機事故と、ヘリコプターが墜落した悪夢の年だった。

「空に呪われた年」と言われているそうだ。

 

アメリカの国家運輸安全委員会の行った調査によれば、

飛行機事故遭遇確率は0.0009%

10万分の1未満とされている。

世界中の専門家が

「飛行機は最も安全な乗り物だ」

というのも納得できる。

 

この呪われた年はなんだったのだろう。

 

多分、こんなに事故が多発したからこそこそ

飛行機の安全性を見直すきっかけになったのではないかと思う。

利益重視して無理な飛行はしないとか

欠航する決断をするとか

飛行機自体の安全な開発や整備の充実とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろんな不運や偶然が重なって迎える不幸な結末

 

 

父は、本当なら翌日の便に乗る予定だったらしい。

急遽、乗る飛行機を変更しての事故だった。

着陸失敗して炎上しても

早く逃げれば、もしかしたら助かったかもしれない。

乗客の救助をしていたせいで悲しい結末になったそうだ。

その多くは火災に巻き込まれ犠牲になったらしい。

 

 

乗る予定ではない飛行機に乗り

その上悪天候に見舞われて

台北に行く予定も変更になって

着陸滑走路が、パイロット自身の腕にかかっていたり

不運が不運を呼んだのかもしれない。

でも

優しい人だったらしいから、苦しんでいる人を置いて

自分だけ助かったとしたら、

その後の人生は辛い物になったのかもしれない。

 

事故の連絡を受け、私を抱いて呆然と立ち尽くす母に

「あんなことしてるから、助からへんねん」

助かった女性客が吐き捨てるように言ったらしい。

その言葉が今も忘れられないと話している。

5分前のことは忘れるのに、50年以上も前のことは覚えているようだ。

 

 

 

羽田空港に感じるもの

 

 

伊丹空港から東京に向かう時

富士山が間近に見える頃になると、なんだか落ち着かなくてソワソワする。

富士山の写真を撮ることに集中しようと思うのだが、うまくスマホを構えることができない。

別に霊感が強いわけではない。

でも、羽田空港には何かを感じてしまう。

良い気なのか、悪い気なのかもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

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