母が失明しました。

突然のことでした。

日曜日の午前中、市制50周年で表彰された後

市民ホールの椅子に座っている時に

左目がクシャクシャするな、と違和感を感じたそうです。何か見にくい。いや、見えてへん。

孫である私の息子に連絡したものの繋がらず、

仕方ないから帰ろう。

そう思いながら、家までの道のりを1人で歩き、電車に乗ったそうです。

 

家に着き昼ご飯を食べている時に息子から電話がかかってきたものの、「家でご飯食べてる」

そう言って母は電話を切りました。

心配になった息子は突然目が見えなくなる病気を調べ、そのリンクを彼の祖父母にLINEしました。

それを見たのはお昼ごはんを食べた後しばらくしてからだったそうです。

母は私にも「目が見えない」とLINEしていました。それが14時でした。

私は日勤で、その日は忙しく終業時間まで携帯を見ることができませんでした。

17時を回って、その画面を見た私は直ぐに母に連絡しました。LINEに既読が付かず携帯電話を鳴らしても取らないので、父に電話しました。

近大奈良病院に教えてもらった眼科に行った帰り道だと話す父の声には焦りの色が混じっていました。

『大きな病院じゃないとあかんらしい。明日の朝一に近大(近大奈良病院)に行くように言われたわ』と言います。横から『失明するって言われた』母の震える声が聞こえてきます。

何で?

先月20日に近大の眼科で診てもらって

緑内障はやや進んだけど大丈夫って言うてたやん。

息子に連絡してみると、網膜中心動脈閉塞症のリンクが送られてきました。

発症から12時間以内に治療しないと失明する、また、眼の動脈が詰まるということは、心臓や脳の血管も詰まる可能性があると書いています。

え?

目が見えなくなったのは何時?

11時頃。だとするともう、4時間半経ってる。

急いで大きな病院を探さねば。

近大奈良病院に電話してみる。

『そちらで診てもらってるのですが、突然目が見えなくなっしまったので、今日診てもらえる眼科を教えてください』

『お昼にも連絡くれた方ですね。5件ほどお伝えしてますよ』

『教えていただいた眼科に行ったら、処置のできる大きな病院に行ってくださいって言われたんです。眼科の処置ができる病院を教えてください』

『今日は日曜日ですからねえ。お伝えしたところだけですよ』

『だから、処置できないって言われたので、大きな病院を教えて欲しいです』

『奈良にはありません』

『では、大阪でも良いので教えてください』

『大阪は知りません』

拉致があかない。

『ありがとうございます。こちらで探します』

 

 

 

 

電話を切り、息子に連絡。

日曜日で眼科医のいる救急病院を探す。

程なく、彼は見つけてくれた。

大阪市西区の中央急病診療所。

夜の9時までに入れば診てもらえるらしい。

急いで父に連絡する。

昼間に眼科に行き、駐車場がえらく離れていたせいで迷子になっていたらしく、やっと車にたどり着いたようだった。

診てもらえる病院があったことを伝える。

大阪と聞いて、躊躇している。

横から母が『さっきの先生、1分でも早く(治療)したら、それだけ(治る)可能性があるって言うてた』父を急かすように言う。

『ほんなら、行こうか。そこ(私のいる駅)まで40分はかかると思うけど』

『待ってるよ。晩ごはんに食べれるもの買っておくから。急いで来て。気をつけて来て』

私も相当焦ってる。その時点で1810分だった。

きっちり60分後に父の車が見えた。

高速に乗れば40分程度で着くだろう。

その間も息子は心配して何度もLINEをくれる。

中央急病診療所は空いていた。

直ぐに事情を話し、昼間の眼科医の診療情報提供書を渡す。

看護師が悠長に問診し、視力検査をしようとすると、横から書類を見た医師が『いいから、早く診察!!』11秒を、争うのだということが伝わってくる。

診察室で母の眼を診る。

何度も左右の眼にレンズを当て、首をかしげる。

『首の血管が詰まってるって言われたことないですか?眼の血管がねー』

『言われた事ないです』

眼を見て首の血管のことがわかるの?

知らなかった。

そういえば、血管って繋がってますね。

『瞳孔開く目薬入れるから、それが効いてくるまでの間、眼のマッサージしてて。

網膜には1本しか動脈ないから、そこが詰まると網膜が壊死するのよ。マッサージして血流良くして、詰まりが取れたら良いのだけどね』

点眼後、眼球を押しながらマッサージする。

しかし、この時点でもう9時間も経ったのだけど。大丈夫なのか。不安を口にすると現実になりそうで、そこには触れずに誰もが一縷の望みにかけていたと思う。

長い20分が過ぎ

『とりあえず、角膜の端っこを突いて眼圧を下げて、眼球の血流を良くするクスリと血液サラサラにするクスリと目薬出したいのやけど、この病院に無いクスリやから、今日の当番の住友病院に行ってクスリをもらってください。そして明日の朝一で近大奈良病院に行ってくださいね』

『会計を済ませて住友病院まで救急車で行きますよ』

車で7分ぐらいのところを救急車に乗るのは

申し訳ない気持ちになるけど、それだけ急がないとダメなんだろうとも思った。

救急隊の人に

『どこから来たんですか』と聞かれ

『奈良からです』と答えると、怪訝そうな顔をした。奈良では何処も診てくれなかったんです、と説明する。

『ふうん』女性の救急隊員の視線と言い方に棘があるように感じた。

住友病院では特に処置はなく、処方箋を書いてもらい、クスリを出してもらうだけだった。

待つこと45分。

化膿止めの目薬と血流を良くするクスリを出してもらった。あれ?血液サラサラのクスリないけどなーと思ったけど、1種類で良いのかと出された薬だけをもらう。

会計は夜間診療のせいで預かり金を渡して後日精算のためにもう一度来るようにと言われた。

長い1日だった。

眼が見えなくなった時に救急車を呼べば

こんな事にならなかったと思う。

 

 

 

 

 

 

本来は次の日が近大奈良病院の受診日だった。

10時の予約ではなく、1番に診てもらうようにと

何度も中央急病診療所の医師が言っていたので、朝一に大学病院へと向かう。8時半からの受付の10分前に並んだ。

受付で『失明しそうです。なるべく早く診察してください』診療情報提供書とともにカルテを出す。

『先生は9時にならないと来ません』

いつもなら普通のことだと思える。でも今朝は特別なんだ。失明するかもしれないんだ、と思うと受付が冷たく感じる。

待合室で母と並んで待つ。突然、停電した。

しばらくして復旧したかと思ったら、また停電した。時計は9時を回っている。

看護師やスタッフが廊下に出てきて、停電を確認している。

大学病院だし、予備の電源に変わってすぐに診察してもらえると思っていたが、中々電気はつかない。

そのうちに『各科のドクター1名、2階の小会議室に集まってください』館内放送が流れ、医師が扉を開けて出てきた。

医師がいるなら、早く紹介状を見て母を見てよ!!叫びそうになるのを堪える。

隣の母は眼帯をしたまま眼をつぶり黙っている。

しばらくして、スタッフの人に名前を呼ばれた。

『今日は停電で診察はありません。

診てもらいたいなら、ご自分で他の病院を当たってください』

何を言われているのか分からなかった。理解するのに時間がかかる。

扉が開き、看護師が出てきて同じことを言われた。

『ちょっと待ってください。

何処か、診てもらえるところに救急搬送してもらえませんか。失明しそうなんです』

すがる思いで言うと

『救急搬送って。眼が見えなくなったのって昨日の11時ですよね。もう、1時間、2時間でどうにかなるってことはないです。おそらく失明だと思います。こっちも停電でパニックなんですよ』

『昨日の夜の先生が今日の朝一に大きな病院に行くように言ってたんです。じゃあ、他の病院で診てもらえる所を教えていただけませんか』

必死で尋ねると『奈良医大か永田眼科かな』と。

『こちらの病院から紹介してもらえないんですか』

『無理ですね。ご自分で予約してください』

看護師が言い終わる前に息子は奈良医大へ、私は永田眼科に電話する。

奈良医大は医師に代わるように言われ、看護師に息子の携帯を渡す。

永田眼科は午前の受付時間までに行けば診てくれると言う。今950分。受付時間は11時。車を飛ばせば間に合うだろう。

しかし、永田眼科は眼科のみ。

眼は診てもらえるだろうけど、血栓がどうなるかまでは診てもらえない。

そのことを看護師に聞くと、

『おそらく、うちも明日も診察は無理だから水曜日にまた来てください。眼科で診て、必要ならそこからエコーやCTなどの検査をして循環器に回します』

『どちらに行く方が良いですか』

『永田眼科が診てくれるなら永田眼科かな。奈良医大は遠いしね』

網膜中心動脈塞栓症は10万人に1人がなる珍しい病気らしい。

その上に大学病院が停電で診察できないって

どれぐらいの確率なんだろう。

不運過ぎる。

眼が見えなくなった時に救急車を呼んでたら。

私が昼間に母のLINEに気付いていたら。

息子からのLINEのリンクをもっと早く開いて

受診していたら。

色々と悔やまれることばかりが重なる。

母はただ椅子に座っていただけで、何が起こったのかわからない間に失明したことが受け入れられないでいるようで、『座ってただけやのに』と何度もつぶやいている。

それにしても、近大奈良病院の看護師の対応が冷たかった。

きっと、もう今さら治療しても無駄だと思っていたのだろう。

『この病気は失明します』

断言していた。

診察も受けないまま、看護師に断言されて納得する人っているのかな。

もしも、いま、この目の前にいる人が自分のお母さんでも同じことを言うのかな。

永田眼科では様々な検査を受けた。

2時間ぐらいかけて検査をしたけど、治療はなかった。

『網膜の、動脈と静脈が詰まっていますね。

おそらく、視力は回復することはないと思います。そして左眼球が腫れています。注射をすることもあるけど、水曜日に近大に行きますよね。

とりあえず、昨日は血液サラサラのクスリはもらってまよね。え?もらってない?じゃあそれを出しておきます。昨日のクスリと一緒に飲んでください』

母は淡々と話す医師の話を聞いていた。

何も話さない。

明日の朝一でもう一度近大奈良病院に行く。