尖閣諸島沖・中国漁船衝突事件のビデオ流出
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像がインターネット上に流出した問題で、今政権が揺れている。菅政権への支持率は急落し、国民は甚だ愛想を尽かしている。そんな中、首相は一向に指導力を発揮せず山積している問題のほとんどが先送りだ。
さて、今回の流出問題において政権が国民感情と乖離し独り歩きしていることを象徴するのが、犯人捜しの本格化と機密漏えいの厳罰化である。ビデオを流出させた人物の特定は、健全な法治国家の視点から考えればやむを得ない面もある。ここで、やむを得ないという表現を使用したのは国民の気持ちを代弁するためである。
8日の衆議院予算委員会において、仙谷官房長官は「国家公務員法の守秘義務違反に関する罰則規定は軽く、必ずしも抑止力が十分ではない。秘密保全に関する法制のあり方を早急に検討したい」と機密漏えいの厳罰化に言及した。勘違いも甚だしい。
今、本当にしなければいけないのは自分たちの情報管理体制の再検討ではないのか。また、映像でも鮮明になった中国という理不尽な国との向き合い方を転換することではないのか。自分たちの認識の甘さを棚に上げて、他人にその責任を押し付けるようなやり方に政権与党の面影は感じられない。
以前、小沢一郎氏に対して検察審査会が「起訴相当」議決を下したとき、検察審査会の是非を問う意見が小沢氏の周辺から噴出した。この時、責任転嫁だと指摘して小沢氏を批判したのは今の政権に所属する反小沢と呼ばれる者たちではなかったか。それが、自分たちが当事者になった時に堂々と同じようなことをする。厚顔無恥もいい加減にして頂きたい。
首相がころころ変わることが国益のためにならないことは重々承知している。だが、これ以上国益を損なわないためにも、指導力を発揮出来ないのであれば早急にお辞め頂きたいと思わずにはいられない。
耳かき店店員ら刺殺事件 無期懲役判決
2009年8月に耳かき店の店員とその祖母が殺害された事件で、殺人罪に問われた林被告に対し、11月1日に東京地裁は無期懲役の判決を言い渡した。裁判員制度が始まって以来初めて死刑が求刑されたケースであったが、極刑は回避される形となった。
今回の裁判が今後にもたらす様々な影響は非常に大きく、また議論を呼びそうだ。そこで、数回に分けて裁判員裁判・死刑などの今回の裁判で論点となった事柄について検討してみたい。
本ケースは、職業裁判官でも無期か死刑かの判断が非常に難しいと一般に言われている。しかし、裁判員はこの両者の判断に迷った末の決断として無期を選択したのであろうか。判決後の記者会見で裁判員の一人は、「人を殺せば当然、死刑と思っていたが、簡単にできるものではないと思った」と述べている。「死刑」は殺人と形は違うが「人が人を殺す」ことに代わりはない。裁判員は、己の選択で「人を殺す」ことを恐れたのではないか。無期判決は、その感情の中で達した結論ではないか。
裁判官のバッチと黒服には、「はっきりと曇りなく真実を映し出し、他の色に染まることのない」という意味が込められている。もし、今回の裁判において「死刑にするのは可哀想」という感情論が判決に影響を与えているとしたら、これは裁判の本旨から大きく逸脱することになる。
判決後の記者会見における裁判員の表情は、一様に重く疲れていたという。彼らにも、当事者にしか分からない様々な苦悩や葛藤があったのであろう。遺族が極刑を望む中で「無期懲役か、死刑か」の選択は、一般人にとってあまりにも重い。
裁判員制度は開始されたのは2009年の5月である。まだ日が浅く、この制度は完全ではない。これを機に、裁判員裁判のあり方について検討することが必要であろう。
