成功した人と成功しない人との差は?って投げ掛けられた。
私は、『ちょっとした気遣いができているかどうかだ』と即答した。

ある友達は、成功可否自体が、そもそも自分が決めることだから、そんな要因なんてない。結果として、成功出来ているか決めればイイっと。

また、ある友達は言う。
運があるかどうかだと。
でも努力はしていないとと補足した。

一挙の億万長者だったり、カネを持ってたりすれば、成功者だとは言えないことは互いに理解し合った。

スケール感のある成功も、先ずは、小さな事の成功の積み重ねだと思う。

まずは、出来ることから始めたい。
きっと、大きな事が出来るはず。
その時の強さは計り知れない大きな力になり、いつか大きな事が出来るようになってるはず。

一方で、じゃあ、政治家になればって発想がでること自体が、他力本願だと感じざるをえない。
今日は、実習の集合作業(議論)を終え、五反田でフレンチをやっている友達の店に行く約束になっている。
中学校時代の友達なので、懐かしい話しだ。
店舗移転後、一周年のお誘いだ。おそらく、プレミアもあるだろうと期待してるのだが、呼んでいる顧客も中学校時代の方々らしい。思い出話しになるだろうが、忘れていることもあるだろうし、粗相のないようにしなければ...

ちなみに、オススメのフレンチ屋さんなので、次回、ご紹介したい。
『腑に落ちない。』良く聞く言葉である。なんとも納得できない、モヤモヤっとした感じだろうか。
スッと入ってきたとき、スッキリとする。

全体像が見えて、細部までブレークダウンする。あるいは、細部を、いろんな方向から見て、見る範囲を拡げていく。

つまり、モノやコトの、なぜってことが見えて、それが芋づる的に繋がっていくことである。

そういうことかって理解できれば、じゃあ、こういうことが起こりうるんではないのって、次のことまで想定することができる。

そうした過去~現在~将来を繋げることで、将来のなりたい姿が、見えやすくなる。

そのための、準備だったり、予防が必要となる。

もし、予想もしてなかったことが起こったとしても、予め準備する、あるいは整えることをしていれば、何も考えていない人に比べても、その変化に柔軟に対応することができる。

これをチーム全員が共有して腑に落ちることができれば、一人ではできないことでも出来るようになり、大きな力になることは明らかである。
この乗数的な効果は大きい。

そのためにも全体を俯瞰する、鳥瞰することは重要である。
国分寺で、降りるはずが、寝過ごした。
よりによって、三人も乗ってるのに、終点の立川である。
みんな、疲れてたんだね。苦笑いしながら、モノレールに乗り込む我ら。
金曜日の夜。
昨日は、公務員の賞与も出て、電車は、赤ら顔の方々が、多い。
疲れた顔、本を読んでる顔、無表情の顔。
比較的、笑い声は、少ない。
今週は、暑くて疲れた。
早く、帰って寝たいぐぅぐぅ

明日もグループ討議が待っている。