321号の目の前がしだいに明るくなり開けてきました。目の前には廊下が果てしなく続いています。「きっと錯覚なのかもしれないな。でもおかしいぞやはりしっかりと見えているぞ」壁の一部を触ってみますとやはりしっかりと弾力があります。321号は足元に落ちていた石ころを拾って力いっぱい前方へ投げてみました。するとしばらくして「カーン」という音が返ってきました。何かに当たった気配です。「もうどうにでもなれ」すべてをゆだねる気持ちでもう一つを拾って投げました。しばらくするとオゾイ声で唸るような地響きがしてから、シーンと静まり返ったかと思うと徐に「ヒーゃ」という人の声、いや人か動物か怪物かわかりません。321号は怖くなって震えて座り込んでしまいました。

 

 

 

 

近頃のニュースを観ていると日本も世界も実に混迷の世の中になっているように見えます。加えて天変地異があちこちで見られます。このような中で暮らしを営む人間もかなり疲れてきているのではないかと思う時があります。人はどのように心を穏やかに保つかというのも大きな課題であると思います。心が乱れた時など読書や写経をして心を落ち着けるというのがありますが、仏教のお経も読んでみるのが良いのかなと思う時があります。皆さまには、教学(仏教)をやってない不届き者が嘗て学んだ古代インド文学の知識だけで読むというのはブログの上だけでのこととしてご容赦いただきたいと思います。折に触れて「般若心経」を少しづつ検討していきたいと思います。



अथ   प्रज्ञापारमिताहृदयसूत्रम्  । अीम् नम: स्सर्वज्ञाय ।  आर्यावलोकितेश्वरबोधिसत्त्वो  गम्भीरायां प्रज्ञापारमितायां  चर्यां  चरमाणो  व्यवलोकयति स्म    पञ्च  स्कन्धाः, तांश्च स्वभावशून्यान्  पश्यति स्म ।


超越した英知の本質である経典をとく。 全ての知者(その方向)に敬礼。 観られた最高の主(観音たる仏陀)は、深遠な知恵の境地に身を置きながら日常生活を行う中で、何らかの五つの根幹が存在し、そしてそれらはもともと実体が存在しないものであると見抜かれた。



  इह शारिपुत्र रूपं शून्यता, शून्यतैव रूपम् । रूपान् न  पृथक् शून्यता शून्यताया  न  पृथग् रूपम्  ।   यद्  रूपं सा शून्यता, या शून्यता तद्  रूपम्। एवमेव वेदनासंज्ञासंस्कारविज्ञानानि ।

シャーリプトラ(仏弟子の舎利弗)よ、この世界ではルーパ(形)はシューニャター(空)であり、空が形にほかならない。空は形と別々のものではなく、形は空と別々のものではない。およそ形あるものは空であり、空であるものは形である。 全く同じことは、知覚作用、名前を付けて考えること、体験の印象、経験から来る意識についても言える。

 

 

次回に続く