ゴンゾーオフィシャルブログ「ゴンゾーの豚バリン日誌」Powered by Ameba -16ページ目

準備

今日はニューヨーク行きの準備。

 

前回は荷物が多すぎ痛い目を見たので、今回は減らすことを心掛ける。

 

レッドカーペットも含めて3度目のNY。

 

最初は番組の企画

 

2回目は路上での力試し

 

今回はどうしようか・・・

 

NYまではANAで行く予定です。

 

今回はエコノミーです。

 

一度でいいからファーストクラスに乗ってみたい。

 

実際には無理なので、JALファーストクラスでも採用されている

 

東京西川のAiRを買ってきました。

 

 

実際店頭で寝てみて、疲れが取れそうと思い購入。

 

一応、体を使った仕事なので体をいたわらねば・・・・

 

 

おまけ

 

前回千葉で撮った映像。

言われたことを真に受ける

今朝は、洗濯機の設置から。

先月の半ばに購入した日立ビートウォッシュ11kgタテ型。

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ドラム式も出ているのだが、

価格と設置面積の問題からタテ型を選択する。

洗濯機購入の決め手となったのは

家電量販店の店員さんからの助言、5〜6月はタテ型洗濯機の買い替え適正時期だということである。

ちなみに、ドラム式は7〜8月だという。

憶えておいて損はない。

作業員さんが来られ、寸法の確認、搬入などを行なっていただく。

途中、

作業員さんに「タンバリンの人ですよね?前に見たことがあります。頑張ってください!」と言っていただき、エールをもらう。

私は代わりに麦茶を差し入れる。

Give and Takeだ。

無事設置が完了し、一安心。

その後、義父母の家の大河くんに会いにカミさんの実家へ。

大河くんはとても可愛い。

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首回りを撫でるとぺろぺろ舐めてくる。

耳の後ろを触るとウットリし、

尻尾の付け根を触るとコロンと転がる。

カワイイ。

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こんな顔になるときもあるけど、

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可愛いのである。

大河くんを愛でながら、淹れていただいた珈琲を飲む。

珈琲は1日2〜3杯が適量。

私は最高で6杯飲んだことがありますが、海外ではカフェイン中毒で死んだ例(栄養ドリンクの飲み過ぎ)もあるそうなので、ほどほどがいい。

珈琲を飲みながら、義父と時計談話に花を咲かせ、機械式時計の魅力などを語り合う。

その中で以前購入した戦前の懐中時計を見せ、何十年も経っているようには思えない内部の機構、小気味良いチクタク音を楽しんだ。
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こちらの時計、カミさんに内緒だったのだが、購入したことを告白したところ

「そんなガラクタ買ってきて!!」

と一蹴。

トホホ。

そんなカミさんだが、不思議な力を持っている。

カミさんが「ラストフラワーズ見に行きたい」と言ったら、次の日にラストフラワーズのタンバリンの振り付けの仕事が決まり、

サザンオールスターズさんのDVDを突然借りてきて一緒に見た後「会えたらいいね」と言ったら、2日後メンバーの方の誕生日の余興で呼ばれたり、

「峻平君の芸は海外ウケんじゃない?」と言われてすぐ、Got Talentでセミファイナル進出したり...

口に出したことが仕事につながることが多々あった。

1年前に「もう大丈夫」と言われてから

会社も作り、芸で食えるようになった。

そんなカミさんがここ数日、しつこいくらいに言っていたこと。それは、

「ニューヨークへ行け」

そんな言葉を真に受けて、15日からニューヨークへ行ってまいります。
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ご報告

昨日2017.2.20

 

大好きなおばあちゃんの葬儀でした。

 

岐阜県に住んでいるおばあちゃんとは、年に1・2回顔を見せに行ける程度でした。

 

子供のころからお正月に親戚とおばあちゃんの家に集まり、みんなでご飯を食べたり、

 

みんなでお墓参りをする。そんな時間がとても楽しく感じていました。

 

高校生になり、お笑い芸人になると告げると

 

とても心配してくれたことを覚えています。

 

おじさんが住職を務めるお寺を営んでいたおばあちゃんは

 

「芸人を目指して歩む道もお坊さんの修行と同じだ。無駄にはならないよ。」

 

と言ってくれました。

 

その後、少しずつテレビにも出演するようになると見てくれていたようでした。

 

昨年11月容体が悪くなり、入院したと連絡がありました。

 

岐阜に住む親せきと連絡を取り合い、様子を伺いながら年をまたぎ

 

1月に妻と一緒に岐阜に向かい、おばあちゃんの病院へ行きました。

 

おばあちゃんはベッドに寝ていましたが、顔をこちらに向けて会話をしてくれました。

 

数日後、今度は一人で会いに行きました。

 

おばあちゃんの部屋に行く前にリハビリの先生とお会いしたのですが、

 

「あなたの動画を見せるとおばあさんが喜んでくれるんですよ」

 

と言っていただきました。

 

おばあちゃんの部屋でおばあちゃんと話していると、おばあちゃんが

「いつも峻平の動画をみて笑っているよ。」

 

と言ってくれました。嬉しかったです。

 

帰り際、「また、顔を見せに来るね。」と言って帰りました。

 

それがおばあちゃんとの最後の会話になりました。

 

後から知ったのですが、

 

2月に入り容態が急変したようで、酸素呼吸器をつけ始め、かなり辛かったようです。

 

私がラスベガスに行っているときいとこから連絡があり、

 

容態が悪くなっているようだということ、現状は安定していることが告げられました。

 

予断を許さない状態であるとの認識は一致していたので

 

なるべく早く顔を見せに行こう・おばあちゃんを元気付けようということになりました。

 

14日に日本に帰り、15日には時差ぼけの回復、16日に妻の家族と温泉に出かけました。

 

正直、おばあちゃんがいなくなるなんてことを考えていませんでした。

 

17日朝9時頃、車に乗って岐阜へ向かいました。

 

12時頃に容態が急変したと連絡を受けました。

 

急いで向かっていたのですが、

 

13:15

 

おばあちゃんが亡くなりました。

 

私は、おばあちゃんに会うことが叶いませんでした。

 

今は葬儀も終え、気持ちも戻ってきましたが、

 

その時は訳が分からなくなり、とても苦しかったです。

 

お寺に向かい到着したあたりでおばあちゃんの乗った車が到着し

 

部屋の奥へ運びました。

 

花や御膳、焼香台などを用意し、御棺に入れるものなどを見立てました。

 

綺麗に色ごとに分けられたパズルなども入れることになりました。

 

住職を務めている叔父、次男の叔父が中心となり、葬送の準備が進められました。

 

死亡届を書くおじさんは担当の方と話しながら笑っていましたが、

 

堪え切れなかったのか、時折堰を切ったように泣いていました。

 

諸々これからのことが決まり、19日にお通夜・20日に葬儀となりました。

 

19日は替えがきかない仕事のため嫁に代わりに出席もらい

 

20日の朝に妻の父に運転してもらい車で葬儀場へ向かいました。

 

棺の中のおばあちゃんは化粧をしてもらったようで、とてもきれいでした。

 

出棺の際、我慢できず涙がこぼれました。

 

火葬の時には

 

おばあちゃんとの別れを強く意識し、涙があふれてきました。

 

お骨上げも終わり

 

葬儀をすべて終えるころには気持ちも落ち着き、帰りには車の運転ができるまでに回復しました。

 

今、心穏やかになり、

 

おばあちゃんのことを思いながらここに記します。

 

おばあちゃんありがとう。