言われたことを真に受ける
ご報告
昨日2017.2.20
大好きなおばあちゃんの葬儀でした。
岐阜県に住んでいるおばあちゃんとは、年に1・2回顔を見せに行ける程度でした。
子供のころからお正月に親戚とおばあちゃんの家に集まり、みんなでご飯を食べたり、
みんなでお墓参りをする。そんな時間がとても楽しく感じていました。
高校生になり、お笑い芸人になると告げると
とても心配してくれたことを覚えています。
おじさんが住職を務めるお寺を営んでいたおばあちゃんは
「芸人を目指して歩む道もお坊さんの修行と同じだ。無駄にはならないよ。」
と言ってくれました。
その後、少しずつテレビにも出演するようになると見てくれていたようでした。
昨年11月容体が悪くなり、入院したと連絡がありました。
岐阜に住む親せきと連絡を取り合い、様子を伺いながら年をまたぎ
1月に妻と一緒に岐阜に向かい、おばあちゃんの病院へ行きました。
おばあちゃんはベッドに寝ていましたが、顔をこちらに向けて会話をしてくれました。
数日後、今度は一人で会いに行きました。
おばあちゃんの部屋に行く前にリハビリの先生とお会いしたのですが、
「あなたの動画を見せるとおばあさんが喜んでくれるんですよ」
と言っていただきました。
おばあちゃんの部屋でおばあちゃんと話していると、おばあちゃんが
「いつも峻平の動画をみて笑っているよ。」
と言ってくれました。嬉しかったです。
帰り際、「また、顔を見せに来るね。」と言って帰りました。
それがおばあちゃんとの最後の会話になりました。
後から知ったのですが、
2月に入り容態が急変したようで、酸素呼吸器をつけ始め、かなり辛かったようです。
私がラスベガスに行っているときいとこから連絡があり、
容態が悪くなっているようだということ、現状は安定していることが告げられました。
予断を許さない状態であるとの認識は一致していたので
なるべく早く顔を見せに行こう・おばあちゃんを元気付けようということになりました。
14日に日本に帰り、15日には時差ぼけの回復、16日に妻の家族と温泉に出かけました。
正直、おばあちゃんがいなくなるなんてことを考えていませんでした。
17日朝9時頃、車に乗って岐阜へ向かいました。
12時頃に容態が急変したと連絡を受けました。
急いで向かっていたのですが、
13:15
おばあちゃんが亡くなりました。
私は、おばあちゃんに会うことが叶いませんでした。
今は葬儀も終え、気持ちも戻ってきましたが、
その時は訳が分からなくなり、とても苦しかったです。
お寺に向かい到着したあたりでおばあちゃんの乗った車が到着し
部屋の奥へ運びました。
花や御膳、焼香台などを用意し、御棺に入れるものなどを見立てました。
綺麗に色ごとに分けられたパズルなども入れることになりました。
住職を務めている叔父、次男の叔父が中心となり、葬送の準備が進められました。
死亡届を書くおじさんは担当の方と話しながら笑っていましたが、
堪え切れなかったのか、時折堰を切ったように泣いていました。
諸々これからのことが決まり、19日にお通夜・20日に葬儀となりました。
19日は替えがきかない仕事のため嫁に代わりに出席もらい
20日の朝に妻の父に運転してもらい車で葬儀場へ向かいました。
棺の中のおばあちゃんは化粧をしてもらったようで、とてもきれいでした。
出棺の際、我慢できず涙がこぼれました。
火葬の時には
おばあちゃんとの別れを強く意識し、涙があふれてきました。
お骨上げも終わり
葬儀をすべて終えるころには気持ちも落ち着き、帰りには車の運転ができるまでに回復しました。
今、心穏やかになり、
おばあちゃんのことを思いながらここに記します。
おばあちゃんありがとう。







