命の光 ーマムの旅立ちー | 豊島区『大塚・池袋』のカイロプラクティック

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カイロプラクティックとは、自然の法則に基づいた哲学、科学、芸術である。それは、手のみによるアジャストメントという方式で、dis-easeの原因となる椎骨の変位を正すことである。

数日前、母の元にいた猫が亡くなった。まだ九州にいた時に、当時住んでいたマンションの下で、ダンボールの中にミルクと一緒に捨てられていた子猫を妹と母が発見したのがうちとの最初の出会い。仕事中だった僕に、母から「小さな捨て猫がいるんだけどどうしようにゃー」という連絡が来た。当然「絶対に拾っておいて!」と答えた。「どんな猫なの?」と聞くと「うまく言えないんだけど毛が長い感じで白色に銀色の毛が入っているような、普通の感じの猫じゃないんだよ」という答えが返ってきた。
うまく想像ができないままワクワクしながら家に帰って、初めてその猫を見た瞬間の衝撃は今でもハッキリと覚えている。「嘘!!?なにこの可愛いの!!生きた小さなヌイグルミやんラブ
大袈裟でなく、その時の「可愛い!!」という感動は昨日のことのように鮮明に覚えている。

その猫はマムと名付けられた。当時先にいた先輩猫であるシロに、最初の頃はシャーッと威嚇されつつも噛みつかれることもなく、猫パンチすらされることもなく、平和に大きく立派に育っていった。
モンプチのジャケットになれそうなマム。
マムは雄猫で、人間の男と同じでいつまでも子供っぽく、雌猫のシロより体は大きくなっても気は小さく、すごく甘えん坊で、少しおバカで、ずっと可愛いままの猫だった。

動物病院に連れて行こうものならシロは烈火の如く獣医に怒り狂うのだが、マムはまさしく借りてきた猫のように大人しく縮んでしまい、注射をされようがまったく微動だにせずプルプル震えている、、そんな猫だった。あー、、そんな生前の姿を思い出すだけで胸が苦しくなる。
本当にヌイグルミのように可愛い猫だった。

マムは誰よりも何よりも母のことが大好きだった。残念ながら僕ではなくて(ノ_<)
のび太とドラえもんがセットであるように、母とマムはセットのようなものだった。だからマムはいつも母と一緒だった。うちの実家は色々あって、引っ越しが多かったり誰と誰が離れたりと複雑になってしまったのだが、マムのいる場所は当然いつも母の元だった。母の住んでいる家に行けば母の部屋のベッドの上、もしくは下に当たり前のようにマムがいる、そんな感じ。
けど気づけばマムに出会ってから18年もの歳月が流れていた。僕の人生のちょうど半分生きてきたことになる。

若い頃はまるで白フクロウのようにまん丸だった。
尻尾も体もモッフモフ

しかし徐々に毛もボリュームが落ち、体自体の大きさも小さくなっていく。だけど今は離れて暮らしていることもあってか、僕の中のマムのイメージはずっと甘えん坊で、母の小さな子供のような感じだった。
だけどここに至るまでは、高齢の猫のほとんどがなるように腎臓が弱っていったり、口内炎になって食べれなくなったりもした。だけど再び元気になっては相変わらず甘えん坊のまま母と一緒にいた。そして本当に本当に大切にされていた。これほど大切にされる猫も稀だと思う。

そんなマムも今月に入ってからだんだんと餌を食べなくなっていった。
母から話を聞くと今回はマムの年齢的なこともあって寿命が尽きていくのかなという予感がした。幸運なことに僕の職場から母の家までドアツードアで30分ほどで着く距離にあったので、仕事の合間に行ける時はマムに会いに行くようになった。

一切食べるということをしなくなり、弱々しく水しか飲まなくなっていってしまった。それでもほんの少しでも食べやすいように小さくしてマムに母は工夫しながら食べさせていたが、それも拒むようになっていった。マムが死んでしまう数日前は本当に痩せてしまって、歩く脚に力がないこと、水を飲むことすらも弱々しくなってしまったマムを見ると、もう残された時間が少ないと嫌でも悟ってしまう。今までは母の部屋のベッドの上から当たり前にこちらを見ていたり寝ていたマムだったのに、ベッドの下で弱々しくなっている姿を見ると…
もう少しでこの部屋からマムがいなくなってしまうかと思うと胸が苦しくなる。まだそこにいてくれて、目に映すことのできるマムの存在が奇跡のように感じる。マムを抱っこすると痩せてしまって、あんなに肉付きがよかったはずの抱き心地に骨を感じるようになり、呼吸音も変わってしまったことに目頭が熱くなる。母も本当に苦しそうで、優しく名前を呼びながら泣いていた。

命の灯火が小さくなって弱々しくなっていくのに、僕には命の光はより強く輝いていくように感じた。痩せて弱々しくなってしまったマムに触れると温かい。その温かさそのものがマムの命のぬくもりだとわかるから、愛おしくて愛おしくて涙が落ちる。数年前に旅立ったシロの最期を看取った経験のある僕は、そのぬくもりが本当に特別な奇跡なんだと痛いほど感じて、愛おしさと切なさが同時に湧いてくる。
弱々しく少しだけ水を舐めるマム、弱った体でヨロヨロしながらそれでも健気に自分でトイレに行くマム、名前を呼べば尻尾を少し動かしてくれるマム、、母もきっと同じような気持ちを抱いて見守り、だけど僕の何倍も苦しかったろうと思う。それくらい母とマムの繋がりと絆は強いのだから。

弱って痩せてしまったマムは、透き通ったような特別な美しさがあった。猫が最期の時に近くなるにつれてまとっていく、言葉でうまく表現できない美しさと気高さ。
もしかしたら生きてるマムに会える最期の時間になるかなと思った日、帰る前にありったけの愛と感謝の言葉を伝えて仕事に戻った。
マムは優しく大人しい、だけど最期はとても強くて立派な猫だった。悲鳴一つあげることなく、迷惑もかけることなく、ただジッと耐える姿は本当に偉かった。拾った直後は家のあちこちでオシッコをしてしまったマムが、本当に辛いはずなのにまったく粗相をしないのだ。そんな姿がよけいに胸にくる。ずっとそばにいてあげたい気持ちはあってもやはり仕事もあるし、僕は僕で帰るべき家がある。それにきっと、マムは最期の時は最愛の母とだけで静かにいたいよね…と思っていた。マムの最期を看取るべき母の心のダメージが心配だったけれど、それは飼い主もふり絞らなければならない最期の愛情でもあるのだから。。

最期になるかもしれないと思って別れた日の翌日の真夜中、マムはやっぱり最愛の母の前で旅立っていった。嗚咽しながら電話をかけてきた母の声に…母が語るマムの最期に涙が止まらなかった。僕の仕事中でもなく、息子達が起きてる時間でもない時に逝ったマム。我慢する必要なく思いっきり泣いてあげれるね。いろんな想いが吹き出してきて涙が止まらなかった。愛しくて悲しくてマムに触れたくて…

仕事の合間に急いで会いに行った。部屋への階段を登りながら涙が溢れてくる。部屋に入ると妹も来ていて死んでしまったマムを抱きながら愛おしそうに撫で続けていた。硬くなってしまったマムを妹から渡してもらうと…自分との戦いを終えて穏やかになったマムの顔を見ると、愛おしさと切なさが破裂してまた声を上げて泣いた。冷たくなって動かなくなってしまったマム。もう命のぬくもりはない。だけどそれがこんなにも愛おしい。苦しかったね、頑張ったね、本当に偉かったね、ありがとうねと色んな感情が涙と一緒に流れ出して止まらない。
晩年はマムと一緒に暮らしていなかった僕でこれほど涙が流れるのだから、マムを驚くほどのレベルで大切にして可愛がっていた母はどれほど苦しくて辛かったかと思う。言葉では表せない、看取った人、看取った経験のある人にしかわからない究極の感情ってある。愛おしさと悲しみがとめどなく強く押し寄せてくる。還暦過ぎた母にこれほどまでの心痛が起きていることに僕の胸も痛いが、それはマムを深く愛している故の痛みなのだから母も受け止めていくしかない。

どうして猫の死にはこれほどの涙が落ちるのだろう。それはやっぱり動物は、生まれて成長して老いて死んでいくまでずっと純真無垢なままだから。
ずっと飼い主に無償の愛を与えてくれる存在。母も言っていたが、救われていたのはこちらなんだ。僕も仕事柄、一方的な救いはないと常々思っている。先日患者さんから「ここへ来て健康を取り戻せて幸せになれました」という言葉をいただいた。その言葉が僕を幸せにしてくれる、この仕事を続けていこうという力を与えてくれる。だから救いというのは実はお互いが救われていて、猫や犬をはじめとするペットとの関係でだってそうなんだ。今まで母をずっと愛してきてくれてありがとうと、マムの魂に届くように想いを込めて抱きしめ続けた。
僕の仕事の都合と葬儀屋さんの都合から火葬は翌日の朝になった。

早起きをして再びマムの元へと向かった。母はいつも自分とマムがいたベッドで冷たくなってしまったマムを抱き締めて、たくさん話しかけて一晩過ごしたらしい。思い出や感謝や愛や…思いの丈を伝えたいものね。死んでしまったのに、マムは本当に綺麗で可愛くて…可愛くて可愛くて愛おしくて…もうどれだけ泣いただろう。マムの顔、、目、ヒゲ、耳、鼻、口、ゴロゴロいいながらモミモミしていた前脚、可愛い肉球、ゴムまりのように飛び跳ねていたウサギのような可愛い後脚、先っぽの方に向けて黒っぽい毛が増えていく太くて柔らかい愛しい尻尾、痩せてしまった体…マムの一つ一つがこんなにも愛おしい。マムにつけた頬や唇から伝わってくる冷たさや毛の感じが愛おしくて、これほど人の目から涙って落ちるのかというほど大切だった分だけ涙が落ちる。でももうあと少しで今でも美しいまま形を保っているマムに触れれなくなってしまう、、本当に胸が裂かれそうな苦しみとしか言えない…それなのに愛しくてたまらない。こういう涙は他にないと思う。こんな風に泣くのはシロが死んでしまった時以来だな、、、

個別で火葬してもらう家族で見送る葬儀にしたのだが、インターホンが鳴るのが怖い。けどその瞬間はどうしてもやってきてしまう。母の悲しみの深さたるや…マムが消えてしまう悲しみと同時に、そっちも心配になってしまう。火葬する前にする儀式中は初対面の業者さんの前だから僕はどうにか堪えたが。。
火葬する車に、母がマムをマムが使っていたタオルに包んで抱いて運んでいく姿を後ろから見ている切なさは・・・たまらなかった。
火葬する台の上にタオルに包んだまま乗せ、妹と僕からの花束を飾っていく時は外でも業者さんの前でも堪えることなんてできなかった。まず僕、そして母が最期の別れをした。火葬する扉が閉ざされる時の胸の潰れるような痛みは生涯忘れることができない。シロの時もそう。何度経験したって痛くて苦しくて悲しくてたまらない。なのに手を合わせて口から自然に漏れてくる言葉は「マムありがとう」という感謝の言葉。

火葬中に妻が、終わって骨を拾う時に妹が到着。二人も火葬する前にマムに会いたかったよね。マムが旅立ってしまう前は妻も妹も幾度か遠くからマムに会いに来てくれていた。シロの時もそう。シロもマムもみんなに愛されていた。2匹とも九州で拾った猫で家族そのものだったので、やっぱりいなくなってしまうのはどうしても寂しく感じてしまう。だけどマムが残してくれたものは悲しみや寂しさだけではなくて、一番大きなものは愛と感謝。シロの時もそうだったけど、やっぱりその二つなんだね。

骨になってしまったマムを見るのはやっぱりつらくて悲しい。だけど、「本当にお疲れ様、ありがとう」そういった想いを込めて骨を骨壷におさめていった。骨壷を入れる袋は、マムの毛色のように白をベースに銀色の刺繍がされた美しいものだった。

残された飼い主は色んな感情と思い出を抱きつつ、時間はかかっても立ち上がり、時にまた立ち止まったり、振り返ったりしながら歩いていかなければならない。いつの日か自分も還っていくその日まで、懸命に生きないとと思う。

これだけ多くの人間と猫がいる中で、あの日あの時あの場所で出会えた奇跡に、そんな運命に感謝しつつ、マムに愛を込めて。
マム、ありがとう✨