『カイロは個人の力量に差がある』
という言葉と共に、機械を使わず手で脊椎をアジャストして欲しいというリクエスト。
かなり前にアジャストが上手な気に入ったカイロプラクターがいたものの、いなくなってしまい、それからは色々なカイロに行ったとのことです。印象的な言葉に『アメリカの本場の大学を出たからっていいとは限らない。アジャストできなかったもの・・』というものがありました。
これはたしかにそうで、【学位持ちのカイロプラクター=アジャストが上手い】という方程式はまったく成り立ちません。アジャストが上手い・・などというのは大それた話で、ある程度のレベルのアジャストが出来るようになることですら、センスと練習量(努力)と手でアジャストをするという拘りが必要です。
カイロプラクティックに、そして手でアジャストを行うことに拘る僕としては、こんなリクエストをしてくれる患者さんに出会って嬉しくないわけがありません。なぜならカイロプラクティックを求めてるわけですから。しかし同時に話を聞いて残念にも思いました。カイロプラクティック発祥の地にある大学を出ているD.C.のやっている内容が金属で皮膚を擦って行う筋膜リリース、そして肝心のアジャストは出来なかったというんですから。。
やはりカイロプラクターのアジャスト技量に関してだけいえば、学んだ場所による優劣は虚しくなるほど関係ないですね。
さて、そんな日にもう一つ出会いが。今まさにカイロプラクティックを学んでいる学生です。曜日柄あまり長くは時間が取れませんでしたが、それでも治療ではなくカイロプラクティックに興味を持った彼に伝えるべきことのいくつかは伝えれたのではないかと思います。
カイロプラクティックの実践を冷たく感じるか、それともその裏にあるカイロプラクターにしかできない価値に気付き、そこにカイロプラクティックの魅力を感じ取れるかが、生き方の分かれ道になるでしょう。どちらが正解というわけではありませんが、後者の道を選択した場合、歩き続けることができるかどうかは、タフであるか、そしてカイロプラクティックへの想いが本物かどうかです。
カイロプラクティックは健康を害し、病める人、苦しむ人を救うキッカケを与える可能性に満ちた自然療法です。カイロプラクターはその点を忘れてはなりませんが、同時にカイロプラクティックという職業の本質を忘れて蔑ろにしてもいけません。
猫も杓子も安易に考えもせずにカイロプラクターを名乗っていますが、脊椎サブラクセーションを手によってアジャストし、自然の働きと時間に委ねる、、つまりカイロプラクティックを行う者のことをカイロプラクターというのです。
若い彼の今後の成長が楽しみです。彼と、そしてカイロプラクティックの為になると思える間は、微力ながらも関わっていきたいですね。
そんなこんなで今日は僕にとっても熱い一日になりました(^_^)
山手線・大塚駅から徒歩2分!
カイロプラクティックとは頭痛・腰痛などだけではない様々なお身体の不調を、根本から健康へと導く自然療法

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