カイロプラクティックの発展者といわれるB.J.パーマーの残した言葉に以下のような格言がある。
「人が偉大になるには一生を要し、その道は決して容易ではない。まず敗北を味わう必要があるが、そのはしごを登り続けなくてはならない。彼は、幻滅と落胆に直面しなければならないが、たじろいではならない。彼は、人生の間違いと虚偽の現実に立ち向かい、しっかりと真実に向かって登らなければならない。彼は嫌われるが愛を取り戻さなくてはならない。彼は、批判、誤解、嫉妬そして不寛容の刺すような攻撃に耐え、彼の信念のために戦うことを諦めてはならない。そして、人生最大の目標を決して妥協してはならない。」
この格言を見るたびにストレート・カイロプラクティックを実践し、それを貫いていく力を与えてくれる。
B.J.はカイロプラクティックに少しでも携わったことのある人ならば、その名を知らない者はいないほど有名なカイロプラクターである。「あなたが思う最も偉大なカイロプラクターは?」と聞かれれば彼の名を挙げるであろう。上記の格言から読み取れるようにB.J.も平穏な生涯を送ったわけではない。カイロプラクティックを守るための戦いの連続であった。それは当時カイロプラクティックを撲滅しようとする医師会だけでなく、カイロを治療行為、つまり医療の分野に傾倒し発展させていこうとする同業者達との戦いでもあった。簡単に言うと、医療としてカイロを発展させるのではなく、カイロをカイロとして発展させようとしたわけだ。
そんなわけでB.J.は未だに多くのミキサーカイロプラクター達からは非難・誹謗される。私自身業界に入ってずっと、ミキサーの中におり、そういった教育を受けてきた。しかし他の人達と違ったことがあるとすれば、「カイロプラクティックとは?」ということを真剣に考えてきたことだと思っている。そればっかり考えていたかもしれない。人は同じ文章や言葉であっても自分の価値観や哲学、所謂、色眼鏡をかけて解釈するため、理解の仕方は様々だ。というわけで、カイロプラクティックに対してだけはとにかく色眼鏡をかけず、あるがままの言葉をそのまま理解するように努めた。同じ内容でも繰り返し向き合っているとその本質が見えてくる。
「カイロプラクティックは誰もが理解できるものではない。ほんの一握りだ。」という言葉を聞いたことがあるが、たしかに業界の現状を見ればその通り。「カイロプラクティックとは?」このテーマを諦めずに追求していった者はB.J.の言葉や行動の意味がわかるのだろう。偏見を持ち、浅い部分しか見てこなかった者の口から出る誹謗は非常に不愉快であるし、残念極まりない。
B.J.Palmer
