翌朝、このミヤマカラスアゲハの゙卵を゙ルーペで丁寧に観察した。明らかに前日受精したことを示す、うっすらとした茶色の筋が見えている。これは予想外の゙事態である。


えっ何で?と言うことはもしかして?


多くの蝶がそうだが、交尾後の雌は、保有する精子を使って受精させた卵を腹端に一つ持っている。この雌が「精子切れ」に近い状態だとしても、まだ精子を゙持っていれば、初回の交尾で得た精子を使って2.3日前とかに受精させた卵が、腹端にあったはずなのだ。それが産卵されたとしたら、卵表面の孵化兆候はもっとはっきりしている。

たった1個の卵を受精させられないほど完璧な精子切れだとしたら、受精に失敗した未受精卵を゙腹端に持っていたということもありうる。実際、精子切れの゙少し前には、高率で未受精卵を゙産むため、それで精子切れに気づいて再交尾させることは、よくある。


私がこの1個の卵から得たかった情報は、昨日はすぐ再交尾させるべき状況だったかどうかと言うことである。

かなりはっきりした変化を゙起こした卵か、全く孵化兆候のない未受精卵か。

この1卵はどちらでもない。明らかに前日に受精した卵である。


前日とは、この個体が我が家に連れてこられた日の翌日、採卵を開始した日、昨日の゙ことであり゙、前日の受精とは、私が昼に行ったハンドペアリングの結果送り込まれた精子を゙用いた受精以外には考えられない。


この雌は、昨日昼に得た精子を使って、午後に1卵を゙産んだのである。それ以前には腹端に卵を持っていなかった。それ以前には保有する精子がなかったため、卵を゙腹端に運ぶ機能が作動していなかったのである。

つまり、昨日のハンドペアリング以前には交尾していない?


この雌は、未交尾雌だった。状況から見て、そういうことらしい。


擦り切れた個体だったので、未交尾は全く想定していなかった。あまりお腹が膨らんでいないので、産み尽くしに近いことは間違いないが、精子切れの程度はどの程度か、その゙情報が得られると考えていたのだが、全く違っていた。俗に言う「斜め上」とはこういうことか。


産卵用の゙雌の採集では、雄も採集してくることは絶対条件である。とはいえ、採集できないことはある。採集できて本当によかった、もしもこの雄を採集していなかったら、この雌が受精卵を産むことはなかったのだ。


今までに全く産卵していない雌と言うことは…。

もしかしたらこの雌は、とんでもない数の卵を産むの゙かも知れない。


産み尽くし直前の雌でなく、一生の間に産む予定の卵をすべて持っている雌を採集してしまったのである。産卵数は通常ゆうに100卵を超える。


幸か不幸か、今飼育している個体はいない。飼育余力は十分ある。卵、幼虫などの引き取り手もいる。20か30でストップなどという後ろ向きの考え方はやめ、徹底的に、死ぬまで産卵させてみようじゃないか。100卵越え?ノー・プロブレムだ。この貧弱な雌がいくつ産卵するかを見てみたい。限界まで行ってみよう。