1.累代飼育について

累代飼育を考える場合、何と言っても一年目、野外産個体の飼育と翌春の゙交尾産卵が難しい。2年目からは3月中に羽化させ、通常5月中に幼虫飼育を完了できる。しかし、野外で採集してきた卵からの゙飼育は通常6月にかかる。幼虫の期間が累代飼育とは1ヶ月近く違うため、特に若齢幼虫の゙期間が短くなり、摂食ピーク時の゙餌の質も悪くなる。翌春も虚弱な成虫しか得られず、交尾器を゙開かない雄や産卵しないで死亡する雌が出やすい。

この困難さは発生の遅い産地のギフチョウやヒメギフチョウなど、発生時期が5月の゙もので特に顕著である。


これに対する適切な対応方法は思い浮かばない。冷温庫の゙中で飼育すると言う方法もありそうだが、暗所でずっと飼育するのが良いの゙か、疑問は残る。やったことがないので勧められない。

累代飼育初年度だけは蛹を冷蔵庫から遅めに出し、羽化を4月にするのは一つの手だ。4月になると、3月よりも格段に気候は安定し、交尾産卵はさせやすくなる。それでも野外からの採卵よりも2週間程度は早く始められるだろう。以前は私も4月になってから蛹を冷蔵庫から出していた。温度が高くなっているため、その方がずっと交尾産卵はスムーズだ。次世代の強壮さでは3月羽化のほうがいくらか勝ると思うが。


まあ、結局は数打てば当たるで打開するしかない。幸いギフチョウは、どんなに下手なやり方を゙しても一応蛹にまではなるし、翅が伸びないとか飼育色とか気にしなければ、ある程度の数が成虫になる。交配可能な個体も少しは混じっているものだ。翅が伸びなくても交尾産卵が可能な個体はいる。

累代飼育までするなら、初年度は標本にしようなどと考えず、雄はすべての個体を羽化後4日程度十分な餌を飲ませながら保存し、ハンドペアリングを゙実行して1雌でも交尾が成立すれば良いと考えるべきである。飼育した個体の全部を累代飼育に使う位の覚悟がいると思う。


累代飼育は2年目からは簡単である。特別な工夫なしで、現地よりも早い時期に幼虫の゙飼育を完了させられるため、温度的に現地に近い条件で飼育できる。強壮な個体が得られるため、交尾、産卵も容易である。


すでに書いたように、累代飼育は毎年1雌1雄だけを゙使ってやると、どんどん弱くなる。最低でも毎年2ペアないし3ペア作って羽化した個体をランダムに交配させれば、どんどん楽に交尾、産卵するようになる。ただ、飼育できる以上の数は「産卵させない勇気」も゙必要だと思う。30頭しか飼育余力がない人が100卵も産卵させるような多頭飼いを゙するのは、全滅に繋がる。ある程度の゙数を飼育したいと思ったら、カンアオイの゙鉢植えを゙多数保有することも゙必要になる。


日本の゙蝶はギフチョウに始まりギフチョウに終わると思うが、私のようにカンアオイを゙18cmポットで60個以上持ち、更に小さなポットに種を蒔いている人はそれほど多くないと思う。このくらいカンアオイ鉢を持っていても、終齢幼虫の゙時期は奥多摩近郊などにカントウカンアオイの゙葉を採りに行って、やっとのことで飼育している。


2,餌切れの゙影響について

その昔、多分『昆虫と自然』に載っていたギフチョウの゙飼育法の゙記事だったと思うが、読んで愕然としたことがある、次のような内容が書かれていた。


「飼育で最も大事なことは、決して餌を切らさないこと。少しでも餌を切らすと、小さな個体になる」


ギフチョウは株の゙葉を食い尽くし、新たな株を探して地表を歩く。半日や1日餌を食べられないことは普通に起こる筈である。飼育では、なぜ全く餌を切らしてはいけないのか?そこは不思議だった。


多分この記事の著者は、決して餌を切らさないつもりで、十分な餌を常に用意しながら飼育しなさい、という意味でこれを書いたのだと思う。それでは、少しは餌を切らしても良いのだろうか?


現在の私の考え方は、ずるいようだが「場合による」と考えている。


ギフチョウの゙老齢幼虫の摂食量は、脱皮後半日程度からスパイク状に急上昇し、その後緩やかに低下し、やがて全く食べなくなって脱皮(終齢幼虫の゙場合は蛹化)に至る。このスパイク状の゙急上昇の期間は半日程度餌を切らしても、新たに餌を見い出せば平気であり、そこからまた猛然と食べ続けるようだ。

十分餌を入れてあったはずなのに、帰宅して飼育容器を゙見たら、葉の緑色の部分どころか葉柄もなく、糞と幼虫しかない。ギフチョウを゙飼育する人が誰でも一度は経験することだと思う。それはいいのだ。綺麗に糞を取り除き、大量の餌を入れてやれば多分問題はない。

しかし、摂食量が減り始めてから餌がなくなると、「諦め脱皮」(終齢幼虫の゙場合は諦め蛹化)に入ることがあるようだ。この段階だと、もう全く食べなくても脱皮や蛹化は可能なのだろう。この場合、小さな個体になるのかも知れない。

4齢末期で諦め脱皮をした影響が、終齢幼虫や成虫の大きさに影響するのか、そこは分からない。少しは影響が残るのではないかと思う。


終齢幼虫で言えば、4枚食べるとしたら、3枚食べたあたりまでは意地でも餌を探し、見つかるまで蛹になることはないため、この時期に半日や1日絶食させても問題はない。しかし、残り1枚程度なら諦めて、少し小さな蛹、成虫になることがあるため、この時期に絶食させてはいけないと思う。


「終齢幼虫の゙最後は少しでも餌が残っている条件にすべき」と書くべき所を、昆虫少年向きの記事として、「絶対に餌を切らすな」と書いてしまったのではないかと思う。


3.飼育条件と飼育の゙際に出る「ゴミ」について

幼虫は過湿に耐えるが、過湿を゙好む訳ではない。

無風の゙ほぼ密閉された容器内では、葉などから出る水分があるため、特に注意しなくても過湿気味であり、過乾燥はありえない。容器内はできるだけ乾燥させた条件を゙維持したい。


過去には木質の゙ペレット状のペットトイレの゙砂のような物を試したこともあるが、交換に難がある。やはりペットシーツが一番使いやすいと思う。ペットシーツを゙指で弾いて糞がパラパラと落ちる程度の゙乾燥状態を゙維持すべきで、糞がベトッとするようでは過湿だろう。8枚とか10枚で税込み110円程度の値段の゙ものだ。ケチケチせずに少し汚れたと思ったら新しいものにどんどん取り替えるべきだ。


さて、「ゴミ」について。

時々ギフチョウ飼育の゙ノウハウを゙書いた記事を読むことがあるが、いくつかわからないことがある。「容器内の゙ゴミを捨てて清潔に保ち…」、等と書いてあるが、何をゴミと呼んでいるのか、そこが分からない。


本当はこだわる必要はないかなと思いつつ、私は葉がピンと張った状態にするが好きであり、萎れた葉を与えるのは好まない。そのため、葉柄の゙切り口に付ける濡れた小さなティッシュペーパー片とそれを覆うアルミケースを多用する。アルミケースは解いて何度も使うとはいえ、この2つは確かにゴミとして出る。しかし、それ以外にゴミなど出るのだろうか?どうも葉柄や葉の断片や糞をゴミと呼んでいるように見えるが、これらは断じてゴミではない。


新しい葉を入れた時、葉の上に葉柄や葉の断片を乗せて置けば。葉柄や葉の断片は、しばらくするとほとんどなくなっている。これをゴミとして捨てるのはもったいない。飼育に大量の葉を必要とする主要原因である。私はキャベツを゙刻んで食べることが多いのだが、丸のままかじる人が多いのだろうか?ギフチョウの゙幼虫も゙、カンアオイの゙小さな葉片を゙器用に掴んで食べている。


糞も゙ゴミではない。極めて貴重なカンアオイの゙肥料であるから、すべてカンアオイの゙ポットに撒くべきだろう。


対照実験を゙設定するようなきちんとした実験はやっていないが、ほとんど葉を食べ尽くされた株でも、ギフチョウの゙糞という肥料を゙撒きさえすれば、翌年は何事もなかったように葉を出してくれる。


葉柄や葉の断片を捨てるのは餌の無駄遣いであり。糞を捨ててしまうのは貴重な肥料を゙捨てるに等しい。どちらも大変もったいないことである。


実例を゙挙げる。以下の話は肥料を゙与えた区と与えていない区をするような。科学的な根拠を゙もつものではない。すべての鉢にほぼ均等に肥料としてのギフチョウの゙糞をかけている。その条件での結果である。


最初の写真の゙株では、古葉4枚と新葉1枚のみが残っていた。この株では古葉がやや薄いながらも緑色を゙保っており、小さな新葉も出始めている。

新葉が失われると古葉が維持され、古葉の゙光合成によって新たに新葉を作るための栄養分が供給されるのだろう。



次の株は古葉はなかったが、新葉にはわずかながら緑色の部分があった。新たな葉の成長は遅いが、少しずつは進んでいる。僅かに残った新葉の光合成産物も利用しながら新たな葉が作られていると言うことだろう。


最後の株の゙葉は緑色の゙部分はすべて食べられ、葉柄のみが残っていた。

流石にここまで食べ尽くされてしまうと、葉が出るのは遅かったが、新葉の成長が始まった後の成長はかなり速かった。



エネルギー的には、光合成産物はないため、葉柄や根に蓄積されていた物質のエネルギーを゙用いていると言うことだろうが、根が土壌中から吸収した有機栄養分が使われている可能性もあるかも知れない。


なお、少なくとも私の環境では、ヒメカンアオイやランヨウアオイは食べられた後に葉を再生させるが、ウスバサイシンの゙葉が再生することは稀であり、ほとんどの゙場合、再生しない。それではウスバサイシンは食べられると枯れてしまうのかというとそうではなく、春になると大きな芽をつくる。つまり、ウスバサイシンは無駄な抵抗はせず、葉を食べられたらその年は基本的に新たな葉をつくらないようだ。ウスバサイシンの゙方が極相としての夏緑樹林に良く適応している証と言ってよいのかも知れない。
初夏から冬までの間、葉が全くない状態で、翌春つくる芽の形成に必要な有機物の゙エネルギーはどこから得ているのか、ここでもまたもや(ウスバサイシン含む)カンアオイ類の゙根の有機栄養説が顔を出す。


我が家の゙カンアオイは、カンアオイマニアの゙保有するものとは異なる困難に直面している。毎年ギフチョウに葉を食べられて丸坊主にされているのである。しかし、それが原因で枯れてしまうとことはない。大体夏前までには葉を取り戻し、元の形になるし、興味深いのは、これらの゙株の゙すべてで実が維持されていたことである。株が枯れそうになると、種子が未熟な段階で実が萎縮して種ができないことがあるが、上の3つの鉢の株ではそれが起こっておらず、実が維持され、種子の゙形成は続いていた。
実はこれらの゙株は、沢山保有している雲紋の゙株でなく、葉の゙質が良いと感じる無紋ないし亀甲紋の゙葉を付ける株なのだが、何とか種子を゙播いて増やせそうだ。

幼虫の゙飼育が終了した時期になると、カンアオイの゙鉢植えにはギフチョウとは別の敵も゙出現する。ナメクジだ。ナメクジは夜になるとどこからともなく現れ、雑食性で、鉢にギフチョウの゙糞があれば新芽より先にギフチョウの゙糞を゙食べる。この時間差を゙使ってナメクジを゙かなり退治することが可能である。


私が内心疑っているように、カンアオイ類の゙根がかなり有機栄養分を゙吸収しているのかどうか、そこは分からない。仮にそれがあるとしたら、葉を細かく刻んだ糞は葉をつくるための最高の材料となる。それがないとしても糞は無機栄養分の゙供給源として有用だし、ナメクジ除けにもなる。


ギフチョウの゙糞は捨てずに鉢植えに撒くことを推奨したい。鉢植えの゙株の葉の゙量を゙かなり超える量の葉を外部から調達しているため、糞になった葉の量は食べられた葉の゙量の数倍に達する。ナメクジに食べられていると言う面はあろうが、過剰散布の゙害は、今の所確認していない。


今春の゙ギフチョウの幼虫の゙話題はこれにて終了。次回から、少し『伊豆の踊子』を゙意識しながら、ミヤマカラスアゲハの゙話題に入る。