エバが死んで2日経った。少し気になることがある。翅に産んであった卵のことだ。



あの卵はすべてほぼ同時に孵化するだろう。ほぼ同時といっても僅かな時間差はある。最初に孵化した幼虫が未孵化の卵を食べてしまうことはないのだろうか?ツマベニチョウの幼虫に共食いの習性があるのかどうかは気になる。ツマキチョウ類のような、激しい共食いの習性があったら厄介だ。



ネット上で情報を探す。こういう情報は意外と少ないが、あった。やはり若齢幼虫は共食いの性質が強いようだ。孵化直後に周囲に卵があると食べるという説明とか、若齢幼虫が1枚の葉にいると戦いが起こることを示す写真があった。こういう時に頼りになるのは、O氏の観察レポだ。

 



あの翅に産んであった卵は今のままだと1卵しか育たず、残りは食べられてしまうことになる。バラバラにして、1卵ずつ別の葉につける必要がありそうだ。

若齢幼虫の共食いも気になるが、これは1卵ずつ別の葉に着ける以外に手はない。


卵が付いていた袋は、産卵に使った株とは別の株にかけてある。産卵された時点では白い袋に白い卵なので非常に見にくく、葉の多い株にこの袋をかけておけば、孵化後歩いて葉にたどり着くだろうと判断した。

しかし、本当にそれでいいのか。葉にたどり着けないで死ぬ個体も出るだろうし、同じ葉に複数の幼虫が到達して共食いする可能性もある。あれもこのままでは良くない。


今日は産卵から2日経っており、孵化はまだだろうが、受精卵はオレンジ色に変化しており、卵もかなり目立つ。翅に付いていた卵や袋に産んだ卵を1卵ずつに分けて葉に移すには丁度良いタイミングだ。それで卵の数も正確に分かる。


結果は次のようだった。なお、現時点で産卵後2日経過しており、色が変化した卵は受精卵、変化していない卵は無精卵と判断した。しかし、これは正確なものではない。


産卵木に着いていた受精卵は2個、後から付けた卵のうち受精卵は3個、合計5個。


内訳

芽に産卵した卵:1個

葉裏に産卵した卵:1個

下に落ちていた卵:1個

翅に産卵した卵:3個(内1個は無精卵)


別の木に付けた卵のうち、受精卵は合計8個。


内訳

下に落ちていた卵:1個

袋に産卵した卵:7個

腹端から絞り出した卵:1個(無精卵)


産卵した順序も大体想像できる。葉裏と芽に産んだ2個が最初だろう。更に木に産もうとしたが、葉に接着せずに落下した。卵を葉などに着ける粘液もほとんどなくなったと言うことか。一旦休憩した後、袋に止まる。袋の繊維には卵を接着させることができ、7個産み付ける。

その後、死が迫り朦朧とする意識の中で、翅に3卵産みつけた。最後の1個の時は精子も尽きていたから無精卵。

腹端から絞り出したのは、結果的には意味がなかった。腹部にはもう無精卵1個しか残っていなかった。


有精卵13個産卵の後、無精卵1卵を産んで絶命。卵切れだけでなく、粘液切れ、精子切れも重なっている。限界もいいところ、見事なまでの大往生だ。高平で産卵姿勢をとっていたこと、そしてここまで生きていたこと自体、不思議な気がする。


ところで、10卵を越えている。約束は果たされたわけだ。孵化しない卵があるかも知れないが、そこはもうエバの責任ではない。私の管理の問題と言う要素が出てくる。


待てよ。13卵?なんだこの数字は。


部屋に戻り、展翅板に載っているエバを見た。


お前、もしかしたら話を全部分かっていたの?

それはともかく、あそこで偶然私に会えて良かったな。うまくするとあと2頭、成虫になる子供が増える。全部育つかどうかは分からないが、飼育は頑張るよ。

展翅板のエバが言ったような気がした。


「いや…偶然じゃあない!」


「え?」

それ、エバの台詞じゃなくて、ゴルゴ13の台詞だからね。


自力ではもう産卵できないと判断し、私に産卵を手助けさせるため、産卵ポーズをとって採集する気にさせたと言いたいわけか。面白い話だが、そんな話誰が信じるかよ。偶然だ。偶然に決まっている。


「じゃあな…エバ…」


展翅板を元の位置に戻した。


「私の…名前を…」


その台詞はちょっと乗り過ぎ。私が名付けたんだから知っていて当たり前だろ。

そうか、名前を付けてくれてありがとうと言う意味か。それなら分かる。


どういたしまして。楽しかったよ。私の標本箱の中で、最も破損したツマベニチョウの標本として眠ってくれ。たまに見て思い出すから。


「さようなら…私の…ツマベニチョウ」


【一旦完結】