極めて分布の広いカラスザンショウに対し、屋久島だけにヤクシマカラスザンショウと言う特産種が分布すると言うのは、実に不思議な話である。この原因に関するヨタ話的な推理などは、格調高い永益論文にはない。
突っ込み所満載ではあるが、こういう話の時によく出てくる説明に、「氷河期の生き残り」と言うのがある。氷河期の寒冷な気候に適応したカラスザンショウが、氷河期の温度上昇に伴って高標高地域に移動したと言う考え方だ。だとすると、その後屋久島に侵入した暖地型カラスザンショウとヤクシマカラスザンショウはかなり起源が異なると言うことになる。
屋久島での分布は、それで説明が付かないこともないが、何だか違う気がする。寒地型カラスザンショウが特に分化するとしたら、東北地方とかにもそういうのがいてよいし、なぜそれが屋久島か、釈然としない。
屋久島は、海上から突然二千メートル近い宮之浦岳がそびえる急峻な地形と、自らは火山でないにもかかわらず、近くにある鬼界カルデラの影響を受けると言う特徴がある。こちらに原因を求めた方が良いのではなかろうか。崩壊地などが出来やすいのである。
本州であれば、このような崩壊地に真っ先に定着する先駆種がいる。標高が低い所ではヤシャブシ、最も高い所ではダケカンバ。カバノキ科の植物は、山中の崩壊地のスペシャリストと言ってよい。屋久島には落葉性ブナ科植物が乏しいだけでなく、カバノキ科の植物も乏しい。ヤシャブシが多少ある程度であろうか。
恒常的に崩壊地が存在する急峻な斜面に加え、鬼界カルデラからの火砕流の飛来などによって新規の崩壊地も新たに出現する。それでいながらそこに真っ先に定着すべきカバノキ科の植物が乏しい。こういう空いたニッチへの適応型として、ヤクシマカラスザンショウが分岐したのではあるまいか。ヤクシマカラスザンショウは氷河期の生き残りと言うより、鬼界カルデラの落とし子であろう。
だとすると、アキリデス及びモンキアゲハの食糧事情はこうだ。まず、海岸線近くの低地や、そこから少し登った場所にはカラスザンショウとハマセンダンが見られる。それとやや離れた山中の崩壊地、沢沿いにヤクシマカラスザンショウが見られる。
これを本州と比較すると、低地のカラスザンショウは同じだが、低山のコクサギに当たる種が存在せず、山中のキハダが生える位置にヤクシマカラスザンショウが生えている。この状況で島に最大級の火砕流、幸屋火砕流が襲いかかる…。
それではまた明日。