今、京都大学の永益英敏先生によるヤクシマカラスザンショウの記載論文のコピーを横に置きながらこれを書いている。日本語で『ヤクシマカラスザンショウについて』と題され、1986年12月刊行の、日本植物分類学会の英文誌APGの137~143ページ。インターネット上でも容易に検索できる。
無知とは恐ろしい。この論文を知らなかったために何と遠回りをしたものか。
近年、DNAなどの分子的知見の蓄積により、分類学にも大きな変化が現れているようだが、この論文はそれ以前、古典的な格調の高さを感じさせる。1961年に屋久島固有の変種として記載されていたヤクシマカラスザンショウの葉や花序などの形態分析に加え、ヤクスギランドから安房周辺の現地調査の結果が記されている。その結果、ほぼ同所にヤクシマカラスザンショウとカラスザンショウが並んで生えている場合であっても両種ははっきり区別でき、生殖的隔離が見られることから、別種として扱うべきことが妥当と結論されている。
補足すると、植物の場合、コナラとミズナラ程度でも、野外では結構種間雑種は見かける。雑種個体は染色体の倍化を起こさない限り子孫を残すことはないとは言え、受精レベルでの隔離は植物では結構ルーズであり、この証拠は決定的と言って良いだろう。
この論文を読むまで、ミヤマカラスアゲハの生き残りの原因について、様々な要因の複合と偶然の産物と考えていた。例えば、本州での観察では、カラスアゲハは暗い林内に多いコクサギやカラスザンショウの幼木など、低い位置に産卵する傾向があり、卵の発見は比較的容易である。他方、ミヤマカラスアゲハはキハダのかなり高い所に産卵する傾向があり、卵の発見は容易ではない。更に屋久島のミヤマカラスアゲハでは、葉でなく、やや太い枝に産卵する様子を観察している。これらの性質は、火山灰に埋もれた木でも、ミヤマカラスアゲハの方が生き残りやすく、台風などで葉や細枝が失われやすい条件でも生き残りやすいことを示している。更に、これは台風の後に芽を吹くことの影響が大きいと思われるが、屋久島の秋のカラスザンショウの葉はとにかく美味しそうなのである。他の地域では、季節的に劣化しやすいカラスザンショウと言う資源を、一年を通じて使えると言うことは、カラスアゲハでも同じではあるが、コクサギと言うカラスアゲハの逃げ道がない条件であれば、ミヤマカラスアゲハにとってより有利に作用する可能性はある。
しかし、どれも絶対的ではない。「可能性がある」に留まる議論でしかない。しかし、低地のカラスザンショウ自生地と相対的に隔離されたヤクシマカラスザンショウの自生地を考えると、ミヤマカラスアゲハは生き残るべくして生き残ったと言えるように思う。
具体的には次回。