この分布が謎だと言われても、普通はどこが謎なのか分からないであろうかから、その点について補足説明をしておく。
まず、ミヤマカラスアゲハが暖地の海外近くに生息していること、これ自体はそれほど謎ではない。九州南部にいるし、関東周辺であれば、西伊豆のカラスザンショウの多い海岸近くの沢沿いにもいる。
ミヤマカラスアゲハの食樹はキハダ(類)、カラスザンショウ、ハマセンダンであるが、関東の平野部など、3種のうちカラスザンショウしかない場所で、ミヤマカラスアゲハを見ることはほとんどない。
この原因に関して、ミヤマカラスアゲハは、秋のカラスザンショウを餌にすることが難しいのではないかと思っている。春から初夏にかけてのカラスザンショウの葉は柔らかく、明るい緑色をしているが、秋のカラスザンショウの葉の表面は深緑、裏は白く、硬くごわごわした感じである。こんなカラスザンショウであっても、カラスザンショウのスペシャリストであるモンキアゲハは問題なく食べるだろうが、ミヤマカラスアゲハには難しい。多分カラスアゲハにとっても難しいが、ゼネラリスト的なカラスアゲハは、秋にカラスザンショウを食べる必要はなく、より葉が柔らかく、分布が広いコクサギを食べるという選択肢がある。その辺が、カラスザンショウが多い低山にミヤマカラスアゲハが分布しない原因ではあるまいか。温度の問題でミヤマカラスアゲハは暖地に生息できないのではなく、餌の問題だと思う。
では九州南部や西伊豆になぜミヤマカラスアゲハは棲めるのか。九州南部については、海岸線にもう一つの食樹であるハマセンダンが分布していることも大きいだろうし、通常そう説明される。しかし、これだけでは西伊豆海岸近くのミヤマカラスアゲハの分布が説明できない。
九州南部は実際に確認していないが、私はこれは発生時期が重要ではないかと思っている。本州中部の低山のカラスアゲハ、ミヤマカラスアゲハの発生時期は5月と8月の2回だが、西伊豆では4月、7月、そして部分的に9月の3回である。9月の個体が子孫を残すことはないであろうが、7月ならカラスザンショウもまだ柔らかい。だからカラスザンショウのみで世代を繋げることができているのではなかろうか。
問題は、海岸近くにミヤマカラスアゲハがいることではなく、カラスアゲハがいないことなのだ。ミヤマカラスアゲハよりもゼネラリスト的な性格の種であるカラスアゲハは、ミヤマカラスアゲハが多い場所にも必ずいる。ミヤマカラスアゲハが食べるキハダは、カラスアゲハにとっても好適な餌であるためである。日本全体で見ると、カラスアゲハが分布する広い範囲の中に点々とミヤマカラスアゲハもいるという状況であり、カラスアゲハしかいない場所はいくらでもあるが、ミヤマカラスアゲハしかいない場所など聞いたことがない。屋久島と種子島を除いては。
平べったく屋久島の近くにある種子島は屋久島からの飛来で説明できるであろうから、考察の対象から除いておく。問題は、小さなトカラの島々にさえ分布するカラスアゲハが、なぜ屋久島にいないのかということである。
この点に関して、私は昔は屋久島にもカラスアゲハはいたはずだ。しかし、ある理由で全滅したと考えている。

その話は次回に。