今朝バンコクのバックパッカーが集まる安宿街カオサンロードに着いた。ここは今の自分と繋がっている場所。初めて訪れたのが4年前。きっかけは、何のために大学生活を送っているのかが分からなくなり、人生、世の中、生きる目的、自分自身に疑問を持ったから。あれは、自分にとって衝撃的なH君とのタイだった。初日に訳の分からないまま、ぼったくりに遭い、3日目にして財布の中身が空になり、さらに更に、最終日には就寝中に強盗に入られパスポート、財布、時計を盗まれる。完全に心がポキっと折れた。唖然としてる僕の傍らでH君は喜んでるし。どうやら日本に帰れなくなり滞在が伸びたことが嬉しいらしい。その夜にH君のおごりでヤケ酒したのが懐かしい。そんな旅行だったにも関わらず、どんどん海外に興味を持ちはじめた。それはきっと日本にはない刺激があったからだと思う。それから、知らない世界を知るためにたくさんの本を読むようになっていった。 今、自分がこの場所にいることが不思議に感じると同時に必然とも感じる。   なぜだろう。タイトルが浮かばない…

ルアンパバーン~バンビエン~首都ビエンチャンに到着。夕日をみようとメコン川沿いを歩いていたら、僧侶と出会う。彼(スワ)は、20歳で日本語を勉強中。普通に日本語で会話ができる。一年半前からはじめ毎日6時間は日本語を勉強してるとのこと。将来の夢はラオスで日本語の観光ガイドになることだそうだ。そこに、スワの友達(サン)が現れる。サンはもっと日本語がうまい。話を聞くとビエンチャンで開催された、去年の日本語スピーチコンテスで優勝し日本政府の奨学金で2ヶ月間埼玉県に滞在してたとのこと。そりゃあできるわね。サンの仕事はルアンパバーンで日本語の旅行ガイドをしてるらしい。しかも、いま日本人の彼女がいて来年の9月に結婚予定。結婚したら日本に住むらしい。 スワが今日は僕のお寺で泊まらないか?と誘ってくれた。泊まってもいいの?問題ない。 こんな経験は滅多にできないのでおじゃますることに。 部屋は2人部屋で自分が東京でルームシェアしてた部屋より広い。日本語の教科書がたくさん。 彼らのすごい所は、英語はもちろんできる。しかも、僕が話したことで分からない日本語があるとすぐにメモをして、どんどん質問をしてくる。そんな姿をみて感心するだけな自分…  彼らと、日本やラオスの事を語りあえて勉強になった。 一つ言えるのは、彼らは日本人の女性が好きみたい。理由を聞いてみると。背が小さい、肌が白い、優しい、そしてかわいいとのこと。そんな会話もしながら就寝。 僧侶のスワは、毎朝4時に起きお寺を清掃してから托鉢(たくはつ)に出る。托鉢とは、寺院の僧侶が喜捨を受けに町を歩く儀式。そのため僧侶は生活に困らない。 翌日、図々しくもスワが托鉢で頂いてきたご飯を一緒に食べ、バンコクに向かうためお寺を後にする。サン、スワありがとう。

山道を車に揺られること15時間、朝8時にルアンパバーンに到着。まずは、宿を探しチェックイン。シャワーを浴び、さっそく散歩に出発。ここルアンパバーンは町自体が世界遺産に登録されていて、大小あわせて70以上もの寺院がある。しかし、町自体は小さく一日もあれば見てまわれるほど。世界遺産だけあって欧米人はじめアジア人の観光客がたくさん。 川では、魚釣りや川遊びをしてる子供たちがいていい感じ。主要な寺院を巡り、最後に小高い山に登り夕日を眺める。山と町がマッチして最高! 夜は知り合った日本人みんなで食事に出かける。お酒も入り旅の話で盛り上がる。やっぱ、みんな何かしらの盗難被害にあっていて怖い。今までが順調なだけにもう一度気を引き締めよう。日本人とも話せて、たくさんの情報交換ができて良かった。 ちなみに、ラオスは大瓶ビールが100円でとても安いのです。 

ついさっきラオスに入国しました。ラオスは学生時代に一度来たことがあるけど滞在時間6時間でほとんど通過しただけ。ラオスを語るうえで興味の引くセンテンスを本で読んだことがある。日本よりも十倍も不便だが国民は日本人より十倍幸せを感じてるようだったとのこと。今回もゆっくりはできないが、こういったラオスの姿を自分自身の目で垣間見れたらと思う。これから、バスで12時間かけてルアンパバーンという町に移動します。
そーいえば、ここ4日ぐらい日本語喋ってないなー、独り言ぐらいでしか。やっぱ年末年始にこういう何もない町で過ごすバッパーは稀なのかな。 とりあえず、年明け4日目にして、あけおめ言葉を発したいです。日本人として~

といっても自分、年越し寝てました。ここにきて旅の疲れがどっときた感じ。ニュースやTVを見てないせいか,

これから2011年になるんだ!という実感がなかったですね。 元旦はというとラオスに渡ろうとしたが船着場までのバスが出てないとのこと。ここでもう一泊することに。ここのゲストハウスの息子と仲良くなる。彼は19歳でスイス人とタイ人のハーフとのこと。生まれも育ちもスイスのためタイ語は少ししかできない。母親の実家がここで休みで一ヶ月ぐらい滞在するとのこと。彼とはお寺巡りをし、夜には屋台街に繰り出し民族芸など見ながら乾杯!会話はというと僕の英語力がないので片言の英語が飛び交うだけ。そこはノリ。重要なのはその場を分かちあえてること。 こんな感じでタイ元旦を過しました。