キューバからメキシコのカンクンに戻る。カンクンは観光地となっていて、なんといってもカリブ海。青い空にBlueの海そしてビール。確かにきれい。 宿で旅人達と話をしているとカンクンでは世界でも珍しいジンベイザメと泳げるツアーがあるらしい。 え?サメと? これは興奮する参加するしかない。ジンベイサメは海中のプランクトンをエサにするらしく、人を食べることはないらしい。 値切れば1人約6000円で参加できるとのこと。安い?高い? 旅をしてると決して安くはない金額。でも冷静に考えれば安すぎでしょ。 オーストラリアで同じ事をすると400ドルくらいはかかるはず。 しかも食事付きビール(コロナ)飲み放題。酒好きの自分にはもってこい。 さっそく予約。 経験者の 話だと船酔いがきついらしい。まあ大丈夫でしょ。    当日の朝、ボート乗り場に集合。参加者は自分含めて日本人5人とイタリア人1人。 天気も最高。ボートを走らせること1時間ちょっとジンベイのスポットに到着。いるいるジンベイザメが!確実に10匹以上はいる。興奮をおさえ順番を待ち、そしてダイブ。 まさかこんな近くで泳げるとは。普通に触ることもできるし、むしろ向こうから突撃してきたりして。船酔いはつらかったけど、参加して良かったと思えた瞬間。 ボートの上でエビ料理セビッチェをつまみにビール。カリブ海の上でこれはかなり贅沢。  これで終わらない。その後は、コスメル島(離島だけあって海のキレイさが半端じゃない)に立ち寄りシュノーケリングタイム。人生で 初の挑戦。これは本当に感動した。テレビでみるようなカラフルな魚がたくさん。海の世界ってこんな感じなんだと感動。新しい世界を知った感じ。 いつか免許をとってダイビング!と最高の夕日を目の前におもう。    是非、メキシコに行く機会があれば挑戦してみてください!
またまたブログの更新を怠ってしまいました。すいません。 
あれから、社会主義国家キューバに10日間滞在。いや~キューバで走ってる車がかっこよ過ぎます。5,60年代のアメ車がです。味があって。 そして、キューバ革命の指導者チェゲバラの自宅やお墓など見学できたし。キューバ国内でもチェが未だに人気があるんだなと。あの、ジョンレノンも「1950年代で一番かっこいい男はチェゲバラだ」と言ったとか。。   キューバに中華街があったのは驚いたな!中国人は世界中どこにでもいる。商売上手なんだろうな〜  それから、キューバ人はスタイル良くてキレイでした!  前から行きたかった国、なかなか行く機会がないだろうキューバに行けたのは本当に良かった。 なぜかパスポートに入出国スタンプは押されない不思議な国。 キューバについてもっと書きたいですがこのぐらいにしときます。 

オラ!こうぞうです。 メキシコに来てから、もう1ヶ月がたった。何をしたかといえば、アステカスタジアム(収容人数11万人)でのサッカー観戦。この地は86年メキシコワールドカップの準々決勝でマラドーナの5人抜きと神の手ゴールが生まれた地でもある。日本と違い盛り上がり熱狂が半端ない。  メキシコでの一番の目的は遺跡観光。謎多きマヤ文明に興味があった自分はこの目で観たかったのだ。メキシコシティーからリゾート地のカンクンまでゆっくりバスで移動しながら遺跡観光をした。有名どころだとテオティワカン、パレンケ、チチェンイツアなど、パレンケ遺跡には当時の王様が宇宙船であろう乗り物に乗っている壁画があったり。本当に謎の多い文明。だからこそ人々を惹きつけるのだろう。その道中、予定もしてなかったシャーマンの儀式に参加するため奥地の村に数日間滞在したり。セノーテ(地下水が溜まった天然の泉や井戸)に泳ぎに行ったら、日本の有名な旅番組の撮影隊に遭遇したり。 旅は色々な事が起こるから楽しいですね。

そして、今日から10日間キューバへ行ってきます。情報の少ないキューバ。なんといっても自分の好きな革命家チェゲバラ! この国は、ネット環境も殆どないらしい。 事件だけには気をつけて、行って参ります。

日本との時差14時間。人生初の中米。ここに来るまでは想像できなかった。でも確実に人々の生活があり、そこにはリアルが存在している。そして自分が今この瞬間にここにいる事実。これらは、初めての国に訪れた時に必ず感じること。      日本人はメキシコという国に対してどんなイメージを持っているだろうか? きっと危険とか麻薬戦争とか途上国など悪いイメージが優先すると思う。実際周りにメキシコに行くと言うと、そんな危ない国大丈夫か?とか、よく行くなとか言われた。 自分も少なからず危険なイメージはあった。 しかし、こっちにきて3週間が過ぎ感じること。すごく良い国という印象しかない。自分自身は今のところ危険を感じたことはないし、自然もあり国民もすごく温かくフレンドリーで楽しそうだ。 もちろん危険な国なのは間違いないし、窃盗や犯罪もたくさんある。それは、どこの国も一緒。危ない場所に行かない、遅くに出歩かないなど、最低限は自分自身で守れる。    

この言葉は誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。ジョホールバル1997年11月16日アジア第3代表決定戦として、イランと戦い勝利しフランスへの切符を掴んだことで、この言葉が生まれた。サッカーファンとしては、このラルキン・スタジアムに行かなくてはいけない。ジョホールバルに来た一番の理由はこのため。ということで、まずタクシーを捉まえ行き先を伝える。タクシーの運ちゃんも当時を知っていた。気持ちが高ぶってくる。ここでお祈りをしなければいけない。と言い、タクシーを降りる。目の前にはスタジアム。1つ不安があった。中に入れるのか?簡単に入れた。中に入った第一印象は想像より小さいと思った。まあ、日本の日産、埼玉スタジアム、国立競技場になんかと比べちゃったらね~。さっそく写真撮影。それから観客席に座ってみたりして。当時の映像がよみがえる。いよいよピッチの上に、野人岡野が最後Vゴールを決めた場所へ。いろいろと感じるものがある。ここから日本代表の世界への挑戦がはじまった。 あのゴールで岡野は時の人となった。もし、ゴールを決めれず負けていたら… 間違いなく岡野はバッシングの標的にされていただろう。あの歓喜の数分前、何度も決定的な場面を外していたから。まさに天国と地獄。そして、マスコミの怖さ。そんな中プレーしてる選手は本当にすごいと思う。 あれこら14年。当時、僕は10歳。こうして、ここにいるのもサッカーファンの必然なんだろう。      次は、カタール、ドーハの悲劇のスタジアムに行ってみたいな。