インチキ坊主、権蔵の独り言 -2ページ目

河鍋暁斎展

明日から京都国立博物館で河鍋暁斎展が開かれます。
僕の大好きな画家で
近年、京極夏彦さんの妖怪ブームで一躍有名になりましたが
江戸明治の錦絵界では超大物。
何故、妖怪なんかを絵にするか?
姿の見えない恐怖よりは
形に描かれた妖怪の姿の方が親しみが感じられて
恐怖感が和らぐのだそうです。
阿弥陀様も御本尊や御軸みたいに形になっている方がお側にいてくださるという実感がありますよね。
法然上人も仏像は道の先達であることを伝えて下さってます。
仏画家としても有名な暁斎。
身近の仏(住持仏宝)として大切に拝ませていただきましょう。

伝えたい気持ち

私の最も慕う布教の恩師、A本先生は非常に熱い人で
叱られてると思う程、気迫が篭っている。
私の説教も先生と似ていて熱苦しいと言われる。
以前は話の内容も似ていた。
というより何を話してよいのか、自分らしい話もなくて恩師のコピーをしていたのだ。 
その頃、突然に恩師から
早田哲雄先生の勅伝全講を貸していただき

これコピーして勉強せえ
と言われた。


それ以来、僕なりに勉強してきたつもり。

師匠の話に対する疑問の部分や違う理解をする所も出てきた。

しかし、それでもやはり師匠の話が一番だと思う。

何故か?

これを伝えたい!という気持ちがひしひしと伝わってくるからだ。

やはり大切なのは伝えずにはおかぬ!という想いではないか。

イッポさんの尊敬する寺田先生の

果たしてこれで良いのでしょうか?本当にこれでよいのでしょうか!

という熱き想い、

羽田先生が静かな口調の中に見せるあの間合いにも
熱き想いが込められていた。

その伝えようという想いこそが布教否、僧侶にとって最も大切なものであると
師匠から教えられた次第である。

二つのお蔭様

イッポ上人のお言葉を拝見して
最近気付いたことを書いてみたいと思います。
お蔭様には二つの理解があるということです。
つまり誰の御蔭かということです。
我々が今日こうして食事もし無事に生きながらえさせていただくことで念仏申せる身でいられる

これは過去世の因縁のお蔭様です。
いわゆる宿縁を喜ぶことを指します。

気を付けるべきなのは
この宿縁を阿弥陀様の御蔭と混同してしないこと。

災いに出合った人にとっては
阿弥陀様が災いをもたらしたのか
と言いたくなります。

過去世の因縁には良いお蔭様もあり悪いお蔭様もあるのです。
その内の、良い因縁を宿善、良縁と呼び
それをお蔭様と呼んでいるというのが第一のお蔭様。

今一つは念仏の信仰に目覚めた時から
阿弥陀様の光明に照らされ護念を被ること。
親縁近縁増上縁等も同じで
まさしく阿弥陀様との御縁のお蔭様です。

二つのお蔭様はどちらも大切な法然上人の御教えですが
トイレの洗剤に例えると(例えたらあかん!m(._.)m)
混ぜるな危険!って感じです。