★TIMETUNNEL★ 四国のド田舎、高松に引越して体調は最悪、すべて大失敗‼

★TIMETUNNEL★ 四国のド田舎、高松に引越して体調は最悪、すべて大失敗‼

仕事も、趣味も、飲み友達も、飲めない友達も、すべて上手く行ってた環境を捨ててまで、高松に住む娘の出産というだけで、高松などというド田舎に引越して来ましたが、前後の作業で体調も悪化するばかりで、何もかもが上手く行かず、絶望と惰性だけの日々です・・・。

 

土台全幅2300㎜で組んだレイアウトやが・・・、

固定とはいえ両端には切込みを入れ、2段ベッドの中腹に鎮座している。

支柱の内側にセットして後側は棚の天板に乗せ、前側は吊り下げ式で、

作業するときは前側を200㎜ほど下げて工事を行っているが、

心臓をやってからは、頭を隙間に入れて線路掃除するのも辛い・・・。

 

そこで、まだ施設が少なかったヤード側を380㎜切断し、

前に引き出せるようにして、前側の下げ幅も100㎜ほど増やした。

 

操車場は短くなって最長で7両になってしまったが、

身体の負担を考えると仕方が無い・・・。

ヤードの切り返しの長さの関係で引き込み線やポイントの位置変更もした。

 

駅の右側にあったポイントは構内に移動し、引き込み線を設置、

以前はヤード側を前面にしていたが、180度回して駅側を前面にした。

 

また施設の移動や土台の塗装をボチボチやっていくか・・・・・・。

架線柱は、ほぼネコ型怪獣に引き抜かれてしまったので、

車輌は気動車・ディーゼル機関車・客車を基本に、非電化区間にするしかないな・・・。

 

 

少し暖かくなってきたが、なんか面白い列車は走らへんのかなぁ~~~。

高松なんぞと言う四国のクソ田舎に来てからはろくなことが無いし、

これという美味い肴も喰えてない・・・・・・、最低や・・・・・・。

 

写真は1997年の樽見鉄道。

 

 

 

 

なんか、娘と孫の受け入れに奮闘している・・・・・・。

 

物置代わりにしていた和室の荷物を整理し、

壊れた家電製品も捨てると優良なので、死んだスペースだらけの

玄関先エントランスやキッチン外のゴミ置きベランダなどに出し、

引越し後ホッタラカシにしていた緩衝材だけが入っていた段ボールや、

故障搬送に必要なPC関係の空箱も、この際やっつける・・・・・・。

 

大量のNゲージのプラケースや引越しの緩衝材(プチプチなど)、

製品保護の発泡スチロールは、デカいのを5袋ほど捨てた。

 

心臓に負担をかけないよう、ちょっとづつ疲れないように処理したが、

やっぱり足腰の痛みは辛い・・・・・・。

 

そんな作業中、エプソンのプリンター&スキャナー複合機PX-A650の移動で、

ちょっとショックを与えてしまいエラーコードしか出んようになってしもた・・・。

もうプリンターは死んでいたので、コピー機としてに使っていたが、

やっぱりフラットヘッドスキャナーは無いと困ってしまう・・・。

 

家電やPC関係は、何でもかんでもジョーシンウェブで買っているので即注文。

また1万弱の出費になる・・・、もうどうでもええわ・・・。

USB電源で、スタンド使用で縦置きも出来る、まあ仕方ないか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぁ~んか、変な具合になって来よった・・・・・・。

 

娘が、とりあえず旦那と距離を置いて、一旦アパートを引き払い、

家財は整理して、うちに帰って来るという・・・・・・、

もちろん、幼児型大怪獣(♀)を連れて・・・・・・。

 

俺は、結婚前からアホの旦那(俺はアホと呼ぶ)が、代謝が悪く疲れやすいので、

定職に就けて無いということが絶対的に気になっていたが、

娘や妻は、結婚したら何とかなるように思っていて、押し切られてしまった・・・・・・。

しかし、俺はあのアホの旦那は一切信用していなかった。

 

案の定、結婚して子供が出来たにもかかわらず、

なんだかんだと理屈をこねて、何もできないくせに高望みばっかりで、

そんなロクでも無いアホ人間を雇ってくれる会社など有る訳も無く、

産後数か月で職場復帰した娘の収入に頼るだけのヒモ野郎や!!!!

 

ウ○コの袋ぶら下げて、小便も近くて疲れやすく、

100m歩くのもやっと(京都に居たころ)やった俺でも、

マンションの管理人で時給1,000円もらえてたけど、

アホの旦那は、そういう仕事は下賤なものと決めつけてアクセスする気も無く。

いつまで経っても理想ばっかりで現実が伴わないクソ野郎や!!!!

 

子供が生まれて2年になろうというのに、何の進歩も責任感も感じられず、

さすがに娘も妻も、ようやく事の重大さに気がついたようで、

正式な離婚はまだ先にしても、一度あのアホの旦那に、

おのれの不甲斐無さを解からせてやらないという結論を出したみたいや。

 

情けないのは旦那の実家の両親!!!!

俺ごときがこんな事を言うのも変な話やけど、

あんたらのドラ息子に何を教育してきたのか、苦情のひとつも言ってやりたいが、

あの、田舎もんの顔なんか見たくも無いわ・・・。

 

そんなこんなで、和室を娘と幼児型大怪獣の住処にするべく荷物整理が始まった・・・。

これって俺の心不全の原因にもなった引越し作業の延長戦であり、

今度は心不全の心配に加えて、病院のベットで悪化した腰痛・股関節痛との闘いでもある!!!!

 

はぁ~・・・、なんでこんな目に遭わんといかんねん!!!!

ほんで、もう離婚やっちゅう事(たぶん99%)になったら、

こんな四国のド田舎の高松に住んでる意味も無くなってしまうやんけ!!!!

 

荷物は、妻の係を別にして8割くらいは片付いたが、

もう、コトデンなんか撮りに行く気も無くなってしもたわ・・・・・・。

はぁ~~~ぁ・・・、疲れた・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

EF65の前に、ちょっと寄り道・・・。

 

先日いただいた今年の立春朝搾りですが、

開封当初は発泡も無く、酸味が立つ感じでしたが、

次の日に呑んでみたところ、サワー感もあり、甘味も出ていました。

やっぱり半分くらいは残して、また1年寝かせてみましょう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて、先日の友人のブログに出ていたEF65のP形。

いや~、やっぱり良いですねEF65-500番代、EF58の次に好きな電関です。

 

では若い番号から順に記録を見て行きます。

 

武蔵野線などで貨物運用に入ってから初めて撮った501号機。

武蔵野線の浦和デルタ以西に居ると、臨時ダイヤで急襲され驚かされました。

この時も反対線のEF66にスタンバイしていたところ、

後ろから襲われて、あわててシャッターを切りました(新座)。

 

秩父鉄道から引き継いだ石炭列車の先頭に立つ506号機(東所沢)。

まことに残念なJR貨物色に塗られてしまい一般形との差はスカートくらい。

 

14系「さくら」の先頭に立ち川崎駅を通過する508号機。

 

鶴見近辺の貨物線沿いで、たまたま通りかかった20系「あさかぜ」を牽く528号機。

 

「はやぶさ」の先頭に立ち川崎駅を通過する528号機。

 

JR貨物色を塗られ武蔵野線などの運用に就く528号機。

 

特に500番代はJR貨物色に塗らんでも良かったとちゃうか???

武蔵野線の東川口付近を通過する530号機。

 

「みずほ」の先頭に立つ535号機(川崎駅)。

 

カメラがデジタルになっても、特急色で残ってくれていた535号機。

久しぶりに見たロクゴの特急色に感動しました・・・。

まあ、牽いているのは短いタンカーですけどね・・・。

 

夕方の鶴見付近を、20系「出雲」を従えて東海道を下る540号機。

 

品川で出番を待つ500番代の並び。

ブルートレイン「夜行寝台特急」が花形だった素敵な時代です・・・。

 

オマケ

武蔵野線で見かけた貨物用のF形最後の515号機ですが、

本来は特急色を身に纏い、山手貨物などを走っていました。

 

こうしてEF65を見返してみると、

やはり電気機関車の最高傑作と言える気がします・・・。

 

 

 

 

 

 

 

先日、毎年恒例になっているいつもの信濃錦の「立春朝搾り」を、

元酒屋の二代目さまより送っていただきました。

今回は私の退院祝いということで、ありがとうございました。

 

今年のは、発泡(サワー)しておらず、甘味は少なく酸味の立った出来上りで、

活け物(鯛・カンパチ・ヒラメなど)のプリプリの造りに合いそうな仕上がりです。

 

ちゅうことで1年冷蔵庫で寝かせた去年の「立春朝搾り」を飲み比べ。

うわぁ~~~、まだ発泡していて芳醇な甘味にサワーで美味い。

冷蔵保存していたので熟成はしていないと思うが、去年の方が美味い!!!!

 

これは別便で送っていただいた、今錦の「DE VILLE」デビル。

ウィスキー樽で熟成させた日本酒ということで、

入院前の作戦会議(京都本部)で気になっていたものです。

いや~、これが美味い!!!! 

ほんのりウイスキーの香りと甘みがあり、肴なしで飲めてしまうヤバイやつです。

これはクセになってしまいそうですね・・・・・・。

さすが今錦ちゅうことですな!!!!

 

入院中に博多から見舞いに来てくれたポンペイ氏からいただいた、新見の三光正宗。

常温販売の火入れ醸造酒ですが条件を合わすため冷蔵しておきました。

まあ、これはこれで醸造酒の切れがあり、いわゆる酒の肴(珍味・干物や焼き物)が良いですね。

 

ぐい吞みに少しづつでしたが、何杯か飲んでると良い感じになって来ました・・・。

退院後は酒の量も制限されているので、ここらで切り上げにしときましょう。

 

 

オマケの1カットは昔の近江長岡、

手前にしらさぎ、後ろに200系と700系新幹線。

 

 

 

 

 

 

退院してから20日ほど・・・、

まあ、無事に日々を過ごしている訳で・・・。

 

家で安静にしていろというのが病院(医師)の基本なんで、

家で大人しくして、以前からもそうやったが、もっとTVがお友達になっている。

 

リビングには2013年に買った40型が鎮座しているが、

だだっ広いリビングは冷暖房効率が悪く、

引越し直後に仮置きした変な場所から移動も出来てないので、

たいへん画面が見づらく落ち着かない・・・。

妻は、貰い物の大きなソファーをTVの見やすい場所に置いてしまっているので、

余計に、リビングに居ることが苦痛になっている。

 

当然のことながら狭い自室に閉じこもり、

お友達の新旧2台のブルーレイHDDデッキと、古いTVと仲よくしているが、

 

前に生きていたオヤジが見ていた16型の古いTV・・・。

小さい割にクソ重たいし、画面も美しくなく、

なにより番組予約などの文字が、至近距離まで寄らないと見えない。

どっちみち先も短そうなので、せめてTVくらい見やすいのを買おう。

 

今は安価になったTVモニタ-なんで、いろいろと迷ったが、

デッキがシャープ製なので、同じシャープの32型にした。

 

ちなみにリビングの40型TVを買った2013年と言えば・・・、

 

まだイゴマルが多客臨の先頭に立ってたり、

 

山陰本線や福知山線に正統派の特急が走ってたり、

 

水島臨海ではキハ20が定期運用してたり、

 

木更津から来た気動車が元色のまま試運転してたり、

 

チヌ釣りも絶好調やったりしてました・・・・・・。

 

ああ、懐かしいなぁ~。

 

 

 

 

 

昭和46年 新田辺車庫

  本年もよろしくお願いいたします

 

昨年10月16日に心不全で入院、どうにか年末の12月30日に退院。

すでに年末・年始行事なんか皆無になっていた家庭なので、

特にあれこれ準備することも無く、アホTVも見ず、単なる平日が過ぎて行きます。

 

心臓の調子は、そこそこ良くなりましたが、

もともと持っていた腰痛が、柔らかい病院のベッドで悪化、

途中で硬いマットにかえてもらったけど、時すでに遅し・・・。

30日に帰宅後は室内を歩くのがやっとで、

夜中のトイレや朝は起き上がるのも辛くトイレが間に合わない・・・。

一週間ほどそんな状態で、せめて部屋の整理だけしてました。

 

ようやく昼間は腰痛もマシになり、

8日に届いた、リハビリ用のエアロバイク(自転車こぎ)でリハビリ再開。

天気の良い日には電動アシストチャリで、

久しぶりに外の空気を吸いに行ってきました・・・。

 

今日(10日)も気温が上がり天気も良いので、

琴電の線路脇に行って見ようかとカメラを出してみました。

 

せっかくなのでニコンD610に火を入れて持ってみましたが・・・、

レンズ込みで2880gは重すぎて撮影など絶対に無理‼!!

 

ルミックスG6なら14~140のレンズ付けて1550g、

GF1に14~47付で975g・・・、やっぱりこれで行くか・・・。

 

さすがに心不全上りのヘラヘラじじいは腕も弱っているので、

2㎏以上の一眼の手持ちは苦行になる・・・。

午後には15℃くらいになるみたいなので、

長尾線の元山あたりに行って見ようか・・・。

 

 

 

 

 

もう、世間はクリスマスは騒ぎになってるんやろけど、
循環器病棟の3階に閉じ込められたまま2か月が経ち、
ちまたでは何が起こっているのかも知れず、
投薬治療とリハビリの、悶々とした日々を過ごしてきた。
まぁ~、自分で言うのも変な感じやけど、
老害患者だらけの所内では極めて優秀な模範囚だった(?!)と思う。
昼/夜&日替わりで美人の看護士さんが、いろんな(♡)お世話をしてくれるので、
そりゃ~、優等生にもなりますわなぁ~・・・。

とりあえず年内には退院決定ですが、細かい日時までは解りません。
しかし、正月恒例の箱根駅伝が家で観戦出来るのは何よりでした。

あとは天気次第で、琴電撮りや、制作途中のNゲージのレイアウトを造ります。

アアァ~、早くビール🍺が飲みたいよぅ~❗

また関係者各位には、大変ご心配いただき恐縮です。
2026年にはライン作戦会議をヨロシクお願い申し上げます。

ポンペイ様には、遠征途中に見舞っていただき、本当にありがとうございました。






いま、病床から投稿しています…………。
よりまして、誤字・脱字、改行、文の正確さなど、不備はお許しください。


高松への引っ越し後は体調を崩して、鉄も、釣りも、出来てなかった……。 

追い打ちのように今年の厳しい猛暑やった夏から、もっと体調を崩し、部屋の移動だけで息が辛い……。


涼しくなったら少しでも調子が良くなるかと勝手に思っていたが、

少しの動作で、呼吸が苦しくて、

サーキュレーターなどの風を直接顔に浴びて呼吸を補助しないと、息が苦しい。


10月は、1日中ほぼベッドの上で過ごすしかなかった...…。


さすがに妻も異変を感じ、近所の医院へ連れて行ってもろたのが10月14日。


医師はレントゲンを見て、ちょっと気になるので、CTを撮って、最短で来られる日に来なさいとのこと。


まあ、えらい豪華な造りのCTセンターで、撮影を済ませ帰宅。
妻の都合の良い、2 日後の10月16日、また医院に行くと、
CT画像を見るなり、心臓専門の医院を紹介するので、行くようにとのこと。
心臓専門医院では、診察室に入るなり鼻酸素をつけられて、
「今日は家にはかえれません。救急車を呼びますので。」って‼️
しかし、まだ、この時点では自分が「心不全」だとは思ってもいない……。

救急車で到着したのは、香川大学医学部附属病院のICU。

なんか、すごい数の点滴を繋がれて、絶対安静‼️

後ろの頭上のモニター。

ICUには一週間くらい、その後は循環器のCCUに移動し、ストレッチ~歩行のリハビリも始める。
まだ呼吸のストロークは短く、少し息も上り気味やったが調子は悪くない。
病院食も栄養士と相談して毎食フルーツを付けてもらったり、
昼は白米をうどんに、夜はお粥にしてもらって、そこそこ食べられるようにはしていて、
10月28日には一般病室に移り、このまま回復に向かう予定だった…………。

この時点で、体重は入院時から10キロ減っていて浮腫も、かなりマシにはなっていたが、
まだ鼻酸素は外せず、点滴も5 本……。
まだ出来るだけ安静にとは言われていたが、相部屋(4人で、私の区画は、2面が壁、2面がカーテン)は予想通りマイナスイメージしかなく、
果たして病気にどんな影響が出るか、少しストレスは感じていた。
特に相部屋と言うことで私個人の仕事が増えて安静どころではなく、
カテーテルを抜いた後は、ベッドの横に置いてもらった簡易トイレでの排尿、
ストーマのメンテナンス(排便の洗浄)は、他の患者に気をつかって、ナースコールしてから、洗浄用の水をペットボトルに準備してもらい、
点滴を連れて歩けるように、コンセントを外し(バッテリー自動切り替え)、
病室の外のトイレで丸椅子を借りて処理して、また病室に戻り、点滴のコンセントを差込み完了。
なかなかの仕事で、まだ呼吸の安定していない状態では息が切れる。
好みに変更してもらった病院食も日に日に食欲が落ち、
また入院前みたいに、食べ辛く咳き込むようになってきた。

看護士の責任とまでは言えないかも知れんが、この状況は毎日見ていたやろし、
悪化している状態を、もっと早めに医師に報告してくれていたらと、今になって思う。

結局、担当医師がデータを見てカテーテル検査(腕と首の動脈からカテーテルを入れて、直接心臓を検査)を11月4日に決定。

検査は、病状にプラス、姿勢の苦しさ、変な音、
何よりも顔が薬品や血で汚れないためなのか、秘密の機器を見られないためなのか、
頭部に掛けられたブルーシートが何よりも苦しくて、すき間を開けるための変な金具が顔に迫り、もっと不快だった。
やっぱり私は、完全に密閉恐怖症やった‼️

カテーテル検査後は、またCCUに逆戻り。
検査結果で、点滴は違うものを追加したり、いままでのものも量を調整したりする。

もちろん、今回の治療目的は老朽化した心臓のメンテナンスになるが、
まず身体中に溜まった余計な水を排出するため、
少し飲水制限し、飲水量も記録しながら、排水量をチェックする。
CCUに戻ったときに、なぜか強烈な喉の渇きを感じて、
また逆戻りした腹立たしさもあって、ガブガブと茶を飲んだ(3500ml)。
しかし、その日の排水量は4000ml あり、また新たな排水のスイッチが入ったようで、
普通の飲水量に戻ってからも、排水量は上回り、
体重は、もう10kgほど減って、60kgを下回るところまできた。
ただただ忠実に医者の言うことを聴くのも良いが、自分の身体の叫びを聴く事も大切かと実感した。

まあ細くなった足を見て、これが本来(不要物を排除した)の姿だったのかと驚きもあるが、
リハビリ中も苦しくなく、体も軽い感じで動きやすく、一般病室に戻る事(11月15日)になった。

前の悪い経験から個室を希望し、少しの間は別料金¥11000/1日を払い、相部屋でも環境の良い区画の空きを待つ。

11月19日、ようやく窓に面した奥の区画が空き、¥44000は無駄になったが、環境の良い相部屋に入る事が出来た。

何とか今の体調を維持するため、少し長期戦になりそうですが、
担当医師とも相談のうえ、12月中旬~下旬の退院をめざします。

きっと家に帰って最初の🍺ビールは、映画「幸せの黄色いハンカチ」で、
網走刑務所を出所した高倉健が、ラーメン屋か何かで、
久しぶりに飲むビール(瓶の赤星)みたいになるでしょうね‼️




 

おいおい・・・・・・、なんや、この暑さ・・・。

クソ高松も38℃台、岡山の何処かでは40℃やと・・・・・・。

もちろんエアコンはフル稼働やが、体調も見ながら28℃除湿+サーキュレーター。

 

せっかく届いたJRFコンテナ編成も、

小さな部品の取付けや、機関車のナンバープレート取付けをする気になれず、

ズルズルと放置しておりました・・・。

ジオラマ レイアウトは、初夏くらいから大規模清掃作業に入りましたが、

暑さの影響で、部分的な線路の配置換えや設備工事が中断し、全面運休中です。

 

よりまして走行Vは撮れないため、部分スチールでご紹介します。

 

先頭はEF510JRF機、ナックル連結器も付属していて、なかなかの仕上がりです。

 

新塗装20D・19D・旧塗装19D、コキ104で。

 

ランテックはコキ107.

 

JRF19D・20Dに混じる、白のJOT19A、コキ107。

 

日通ロングは、ちょっと古めかしいコキ50000で。

 

JOTの、ISO 20フィートはコキ104.

 

最後尾は、DOWA産廃コンテナ、コキ107。

うちの操車場(貨物ヤード)いっぱいの、8両+EF510としました。

 

とにかく暑さがマシになってから大規模清掃作業を再開しますので、

走行シーンは、また後日ということで・・・・・・。