先日、SNSのほうで、中国語の調理法の表現(独立した言葉)についてのコメントを見かけて、面白かったのでメモっておこうかなと。
曰く、日本語で「煮る」という調理法は、中国語では「煮」「燉」「煲」「滷」「封」「燴」「燙」の区別があるんだそうで。
これ全部、日本では「煮」だけらしいよ?というのを、中国人が「えー!?」と驚く…というようなネタツイでしたw
ほえー。すごいですな。煮るだけで7種類も独立した言葉があるんですか…。
むかし、国語の科目か何かで「雪深い地域で暮らすエスキモーには『雪』を状態毎に表す言葉が100以上ある。生活文化と言葉は密接に関係している」という内容の授業がありました(実際には、100以上ではなく「4つ」らしいのですが、その時はそう習ったのだから仕方がないw)
多雨の気候な日本の言葉で『雨』を表す言葉が多いのと同じ(あめ、あられ、みぞれ、ゆき、ひょう、しぐれ、さみだれ、つゆ、ゆうだち、かんだち、むらさめ、おにあらい、等々)
中国は食文化が奥深く、調理法に対するこだわりが強い…そうした「文化」を反映して、「煮る」にもこれほどの言葉がある…ということなんでしょうね。
例えると、英語だと「米」「稲」「米殻」「うるち米」「もち米」「ご飯」「釜めし」の区別が無くて、すべて「rice」と言う…というのを、日本人が「えー!?」と言ってしまうようなものでしょうか。
で、7つ挙げられているうち、ワタクシ分かるのは「煮」と「燴」だけ…
これで「なるほどねー」で終わりというのも、なんだかモヤっとするので、せっかくだから調べてみよう!となったわけです。
というわけで、さっそく調べてみた結果を…。
「煮」zhǔ-にる
煮る、茹でること。
米を炊くのも、中国語では「煮」と表すようです。
日本だと「煮る」だけだってよー、というSNSのコメントですが、日本語でいう「煮る(味付けした汁で加熱)」と「茹でる(液体で加熱)」と「炊く(水分を飛ばすように煮る)」は、ぜんぶ「煮」になるみたい? なーんだ(何)
「燉」dùn-あぶる、ふかす
肉を水に入れてとろ火で柔らかくなるまで長時間ぐつぐつ煮込むこと。
「肉」に限定しているっぽい所が潔い…というか、中華料理と言ったら肉よね(異論は認める)
なお、湯煎するのも「燉」と言うようです(熱燗=「燉酒」、熱茶=「燉茶」、煎じ薬=「燉薬」)。
ってことは肉に限定しないんじゃん…どうなってるんだろうかに。
「煲」bāo-該当日本語しらず
原意は円筒形の深底鍋。とろとろと長時間煮ることを表すみたい。
「燉」と変わらないような…?
「煲」は肉以外を煮る場合に使えるってことなのかな…?
ちなみに、「電飯煲」で「電子炊飯器」を表すようです。
ということは、「炊く」の意味も含まれているのかな。
「海陸煲」という浙江省の料理があるようで、検索してみたら「薬膳鍋」といったかんじ。深底鍋ではなく土鍋(らしきもの)を使った料理っぽいです(原意もない…)
「滷」lǔ-しおからい、にがり
直接の意味は、どうやら「しおからい」。
「苦汁(にがり)」や「ハロゲン」、「塩分を含んだ痩せた土地」などを表すようです。
調理法としては「でん粉を加えてとろみをつける」「鶏肉を塩水に香料やしょうゆを入れたもので煮る」ことを指すみたい。
「あんかけ」と「鶏の味付け煮」では、随分とやっていることが違うような気がしますが…。
後で出てくる「燴」が「あんかけ」的な意味なので、ここでは「味付け煮(それも、おそらく濃い目の塩味系)」なのかなぁ…といった印象。
(あるいは、あちらは「炒めてあんかけ」で、こちらは「煮てあんかけ」なのか)
ちなみに、「ハロゲン」って化学で習ったはずなんですが、覚えてます?
周期表の第17族の元素(右から2番目←ネバーランドみたいな言い方ですな)
フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)、アスタチン(At)。
価電子が7個で電気陰性度が強く(=酸化力が高く)、アルカリ類と典型的な塩を化合物として作る…と習いましたね。
(ワタクシは化学好きな学生だったので覚えているだけで、別に覚えてなくても何の支障もないですがw)
「ハロ」は「塩」、「ゲン」は「生み出す(ジェネレート)」を意味して、繋げて「ハロゲン」。
「滷(しおからい)」を「ハロゲン」の意味に充てているのは、中々に上手な字選というかんじがしますなー。
(ただ、「にがり」はナトリウムとマグネシウムの「アルカリ類」で「ハロゲン」ではないので、そこはちと外れてしまっていますかな…)
「封」fēng-ふうじる
明らかに調理法ではない、借りて来た字というかんじの言葉。
「封じる」という字面から「煮る」を想像すると、蓋をして閉じ込めてしまう、蒸し煮的なことを意味するんでしょうかねー。
「燴」huì-該当日本語しらず
材料を炒めた後、少量の水とでんぷんを加えてとろみをつけ、あんかけにする調理法。
「燴什錦(八宝菜)」や「燴蝦仁(エビのあんかけ)」などに使われます。
ワタクシは、この字は見たことがありました。
何処で…というと自信を持って「ここ!」と言えるのはなく…(^^;
中華料理店だったんじゃないかなぁ…という、ざっくりした記憶しかないんですが(それこそ、エビのあんかけ)
ちなみに原意は「煮えやすい食材」だったようです。
「燙」tàng-あたためる
熱いお茶を飲んで「熱っ!」となった時のような「やけどするほど熱い」という意味。他にも「足湯で温まる」「アイロンを当てる」「お酒の熱燗」などにも使われるみたい。
料理としては「マーラータン」が本来は「麻辣燙」という字なんだそうな(「麻辣湯」は、漢字変換が出来なかった当時の工夫の結果らしい)
熱々に煮ること、あるいは熱湯に食材を潜らせる(湯通し)のことを「燙」と呼ぶようです。
というわけで、SNSで見かけた「煮る」については以上。
ところで、ここには「烹」という字がないですね…?
「狡兎死して走狗烹らる」の「烹」って、「煮る」の意味じゃないのかな?
「狡兎死して走狗烹らる」は、中国の古典『史記』に出て来るお話。
時は春秋時代の「呉越戦争」のお話の1つ。
宿敵の呉を討ち果たし、一時は落ちる所まで落ちた越王・勾践を覇王に押し上げた名軍師・范蠡(はんれい)が、同僚だった文種(ぶんしゅ)に送った手紙に出てくる言葉です。
勾践が覇王となったことを見届けた范蠡は、勾践が高官につけようとするのを振り払うかのように断り、野に下ってしまいます。
ある日、まだ勾践のもとにいた文種に范蠡からの手紙が届き、喜んで封を開けてみるのですが、それを読んだ文種の表情が凍り付きます。
そこには、このように書かれていました。
蜚鳥盡 良弓藏
狡兎死 走狗烹
「越王は苦労を共にすることはできるが、安楽を分かち合うことはできません。鳥が居なくなると、どんな優れた弓も蔵に仕舞われてしまうように、ウサギが居なくなると、用事のなくなった猟犬は煮て食べられてしまうように、呉が居なくなった今、貴方も用済みの身でいるのは、危険なのではありませんか」
文種はこの言葉の通り、勾践によって処分されてしまうことになったのでした…というお話(よくよく読んでみると、実際には范蠡の手紙のせいで疑われてしまっているのですがw)
「烹」という字も「煮る」ということではないのかなぁ…と調べてみたら。
「烹」pēng-にる
「食材を煮る」「お茶を沸かす」の他に、「熱した油でさっと炒め、調味料を加えて手早くかき混ぜる」という意味の言葉みたい。
当時は煮る意味だったけど、今では「油で手早く炒める」の意味に変化したから、ここでは取りあげられなかった…ということなんですかねぇ。
ちなみに、「烹」といえば日本では「割烹(かっぽう)」でお馴染みの字。
「割烹」の意味は「割=食材を裂き」「烹=煮る」なので、日本だと伝わった時の「煮る」の意味で今でも使われている…ということになるのかな。
というわけで、メモなんで取りとめもないままですが、本日はこれまでと致しとうございます。
おまけ、その1。
中国語では、食べ物の「柔らかさ」も4つくらい言葉があるそうな。
軟:ふんわりして柔らかい
爛:長時間煮込んで柔らかい
嫩:水分が多くて柔らかい
綿:もっちりとして柔らかい
「嫩(nèn)」だけ見たことない字ですね…(原意は「若い草などの柔らかさ」のようです)
おまけ、その2。
中国では、ヒゲもいくつか種類があって、英語でも同じらしいです。
髭:くちヒゲ(Mustache)
鬚:あごヒゲ(Goatee、Beard。Beardはヒゲ全般も指す)
髯:ほおヒゲ(Whisker。なお、動物のヒゲもこれ)
関羽を「美髯公」とも呼ぶけれど、あれ"あごヒゲ"じゃなくて"ほおヒゲ"なんですね。
ナマズも「美髯公」と呼ばれていたりして。あれは"くちヒゲ"な気がするんですが…。
しかし、あまりヒゲを生やす文化ではなかった日本人は「髭」しか使わなくなっていき、現在でも「髭」以外は馴染みが薄い…ということのようですね。