大河ドラマ「平清盛」第42話、「鹿ヶ谷の陰謀」見ました。
今年の大河も、とうとうここまで来ましたねー・・・・。
★鹿ヶ谷の陰謀 黒幕の皆サン★
真ん中:後白河法皇@松田翔太サン
真ん中:後白河法皇@松田翔太サン
左:西光法師@加藤虎之介サン
右:藤原成親@吉沢悠サン
ここまで来てしまうと、もう清盛の最期はすぐそこ。
平家滅亡も、もう目の前です。
ここまで見続けてきたんだなぁと、感慨深いものがあります。
そして、ここまで見続けてきた人へのご褒美・・・・という感じの、伏線の回収と悲しい感動が織り込まれていました。
毎週、見るたびに切なくなっていますね。最近。
これもドラマを見る醍醐味だと思っていますが・・・・。
で、歴史イベント「鹿ヶ谷の陰謀」。
ちゃんと「瓶子(へいし)が倒れた=平氏が倒れた」のダジャレ大会がありましたw
その瓶子を西光が「瓶子の首が取れたわ」とメッタメタに打ち壊して、酒席のメンバーから引かれてました(^^;
しかし、後白河法皇脚本、成親・西光総指揮、俊寛スポンサーのこの陰謀は、多田行綱の密告から企みが平家にバレて、一網打尽に捕らえられてしまいます。
なんで行綱は、裏切る気になったんだろう?
同じ攝津源氏の頼政は、法皇サイドから「あれをやれ、これをやれ」と、いとも簡単に命じられていました。
明雲を奪還された後に平家に平身低頭して謝った時、清盛は「いままでお世話になたことには変わらぬ」と、こともなげに許しています。
明雲を奪還された後に平家に平身低頭して謝った時、清盛は「いままでお世話になたことには変わらぬ」と、こともなげに許しています。
頼政は、これを「借り」だと思ったのか・・・・?
それとも、「器の差」だと思ったのか・・・・?
武士として、ゆるぎない平家の姿をそこに見たのか・・・・?
武士として、ゆるぎない平家の姿をそこに見たのか・・・・?
行綱の「打倒平家に立ち上がりましょう」の誘いを断って、放った忠告。
「やんごとなき方々が酒の席で思いつかれた企てで倒せるほど、平家はもろくない」
これ、すごく名言だとワタクシは思う。じわじわ来ます。
そう言われて、初めて行綱が振り返ってみると・・・・
自分以外全員ベンチで静観。DFやMFなしで、行綱ワントップの状態。
自分以外全員ベンチで静観。DFやMFなしで、行綱ワントップの状態。
これに気付いて「勝てるわけないじゃん!」と密告を決意した・・・・ってところなのかな(笑)
まぁ、白い源氏の旗を「さぁ、使え!」と下賜されて、「いやぁ、オラっちは源氏は源氏でも摂津源氏なんだけども・・・・」という思いもあったのかな(^^;
そして、この名台詞言った頼政も、平家打倒の兵を挙げて滅びちゃうのよね・・・・。
実際、頼政ってすごく微妙な政治的ポジションに立っているわけで。
源氏の棟梁である河内源氏とは、別の源氏(=摂津源氏)
清盛から信頼を置かれているという、平家との近さ。
伊豆守を任じられているから、東国の武士とも近い。
そして、主人・八条院は後白河法皇の実姉。つまり院とも近い。
この時代を彩る勢力それぞれにおいて、周縁的位置にいる微妙な立ち位置なんですよね。
よく「日和見」って言われるけれど、そうではなくてニュートラル(中立)なんだと思います。
そして、西光法師・・・・。
清盛の国作りは、信西入道のものとは違う!
そなたの国作りは、志ではなく復讐だからじゃ!
これに激怒し、燃えさかる三白眼をいからせた清盛に蹂躙されてしまいました。
その様子は、まるで瓶子を打ち壊したときの西光のよう。
ボッコボコ。もうボッコボコなのです。
あの清盛の目・・・・対象を焦がし尽くしそうなほどに燃えた炎の目。
「保元の乱」の後、「忠正を斬首せよ」と言われた時の、あの真っ黒な目と同じくらい怖かったです(-"-;
なんで清盛はあんなに激怒したのだろう?
これが図星だったのか・・・・?
それは違うという否定なのか・・・・?
ここで白状しますと、ワタクシ、清盛の志って、なんか足元がないなって思ってました。
「友のため」「師のため」「家のため」「父のため」
叔父の、友の、師の返り血を浴びて、その夢と志を少しずつ受け継いで・・・・
という様子が丁寧に描かれてきたけれども、いつの間にかそれは見えなくなってしまいました。
まるで、鮮やかに真っ赤な血が、固まってしまうと黒く沈んだ醜いものに変わってしまうように。
後白河法皇から「大きなものを食べたほうが勝ち」という勝負を持ちかけられたとき、
「自分の野望を食べまする」
これが自分の思う最も大きなものだと宣言した、このあたりから変わっていたような気がします。
直後の兎丸との決別があったあたりから、清盛は自分の志や夢を説明する言葉が足りないとも思っていました。
でも、これは清盛に説明する気がなかったのではなく、自分で見て見ぬふりをしていたのかも?
ならば、説明できなくて当然。自分で自分を騙しているのだから。
あの「お前の国作りは志じゃない!復讐じゃないか!」という言葉は、兎丸との別れのあたりから視聴者の胸中に渦巻いていたムカムカを、西光がぶつけてくれた!という感じがします。
だから、ここ1ヶ月くらいモヤモヤしていたのが、一気に晴れた感じ。
この台詞のための、長い長い清盛の迷走だったのか!とさえ思ってしまうほど、決め台詞でした。
もしも頼朝が、西光を足蹴にしている入道姿を見かけたとして。
それが、あの髭切を突き刺した、凛々しい、巨大な清盛と同一人物であると、気がつくだろうか・・・・?
雨の中、頼朝が髭切を政子に握らされたシーンと、清盛が西光を私刑しているシーンが、交互に映されたのは、それを視聴者に問いかける意図があったのではなかろうか・・・・?
「清盛はなぜ、その髭切をそなたに渡したのじゃ!」
「武士らしく生きよということではなかったのか!」
これも、視聴者がずっと思っていたことじゃないのかなぁ。
しかし、視聴者にたまっていたモヤモヤが、劇中の人物によってぶつけられた時。
自分の過ちを、ずばっと言ってのけた助言者が現われたとき。
清盛は西光を処刑し、頼朝は政子とともに生きる道を選びました。
頼朝は明日をみつけ、清盛は明日を見失いかけていた。
この差・・・・
清盛の国作りは、全部が復讐ではないと信じているけれど、衝撃的な事件はまだまだ続いていきますね。
それにしても、「平清盛」の新解釈・新描写による「鹿ヶ谷の陰謀」。
悲しいまでの清盛の動揺を、ここまで描ききるとは、すごいな!!
初回の「平清盛なくして武士の世はなかった」という頼朝の言葉。
信西入道のみじめな最期。
頼朝への「殺してなどやるものか!」という沙汰。
兎丸をみすみす死なせてしまった五条大橋。
これらの出来事をまざまざと見せられ、ここまでやってきた視聴者にとっては、たまらない回でしたねぇ・・・・。