大河ドラマ「平清盛」、第30話「平家納経」見ました。


放送予定がオリンピックの次ってことで、イヤな予感はしていたんですけどねー。
試合が延びて、夜9時からの放送予定が、10時からに延期されました。

おかげで、1ミリも興味ない(というか「分からない」)オリンピックを見るハメに・・・・。
そして、放送当日に感想をアップすることもできず・・・・。


おのれのれのれのれ
なぜ誰もが五輪に興味があると決めつけておるのかのかのかのか
なぜわしが清盛を見れぬのか
のかのかのか
はやく清盛をやらぬかぬか
ぬかぬか


あまりの横暴にムカついたので、崇徳院より一足先に怒り狂って、今朝の食卓に並ぶ予定だったコンニャクに八つ当たりしました。
チョップチョップ!(またつまらぬものをチョプってしまった)

その、清盛を押してでも放送された柔道の試合では、判定で妙な現象が起きたりしておりましたね。

審判三人が全員一致した判定で、会場中がブーイング。
物言いがついて再度判定の流れとなり、結果が180度変更されました。
アナウンサー&解説員の話では前代未聞の珍事だったようです。

破ーッ破ッ破ッ破ッ
見よ!結果が正反対に回向しおったわ!
世界運動会なんぞで我の視聴を阻みおって!
これぞ、因果の報いじゃぁ!
苦ーッ苦ッ苦ッ苦ッ苦ッ!

そうそう、昨日の海老沼サンの試合。
視聴率のうち6%くらいは大河ドラマ待機組だったと思いまするよ。


というわけで、今週の感想を、いつものように列挙していきますw


いつしかと 荻の葉むけの片よりに そそや秋とぞ 風も聞こゆる 

讃岐に流された崇徳上皇(出家したけど、法皇とは呼ばれないらしい)が、地元の庶民から野菜を差し入れされ(どうも「献上」には見えない)「今夜はこれでご飯作りますねー」と声をかけられております。

「ここに流されてよかった。自分はなんと、愚かな戦乱を起こしたものか・・・・」

その気高い表情を見て、庶民もウルリときていたり。

本来ならば、会話できないどころか顔を見ることも近寄ることも許されない身分とのコミュニケーション。

4歳で天皇になり、23歳で退位して上皇となり、37歳で流謫の御身に
交わるはずのなかった庶民との触れ合いは、崇徳院には新鮮だっただろうなぁ。

そして、ここではまだ穏やかです。


■平家コントと清盛説教タイム

滋子と後白河上皇の間に憲仁親王(のりひと)が誕生。
後白河上皇への出産祝いを届けるため、献上物が届くのを心待ちにしている清盛のところに、兎丸がどかどかとやってきます。

兎丸のハスキーボイスが飛んだ時。
それは平家コント始まりの合図(笑)

「遅い!婚礼の貢物は急ぐというに!」
「博多まで行ってたんだよ!お前も行ったことあるだろ!どんだけ遠いか知ってるだろ!文句があんのやったらな、博多を都の隣に持って来んかい!
「「「持って来んかい!!」」」
「減らず口を叩きおって!(むきー!)」 

この台詞が出た時、家族中で顔を見合わせましたよ。「神戸?」ってw
分かりやす過ぎるフラグは嫌いではないw


一方、子供たちに弓の稽古をつけていた基盛が、庭から屋敷に上がると、時忠にコイコイされます。

教盛を入れて3人になったところで、時忠から振られたのが「滋子と後白河の子(憲仁親王)を即位させようぜ」の相談。

「どうやってやんの?」という教盛の疑問に、まずは成親どのの伝手を頼るしかあるまい」と、あごをなでながら。

「まずは」成親を踏み台に・・・・ですか。時忠始まったな(笑)

この悪だくみが二条天皇のお耳に入り、帝激怒。
基盛、教盛、時忠解官せよとなりました。
(確か、成親と坊門信隆も解官だったような) 

わーわーと騒ぐ一門に対して、清盛激怒。

「ほかに帝の信用を取り戻せる方法があるか!?あるというなら申してみよ!!」
「流罪とならずに
(解官で)済んだだけでも、ありがたいと思え!!」 


平家コントに続き、今度は清盛の説教タイム(笑) 
語尾に「このボケがっ!」が略されているのが見えるようですw


その後、基盛が清盛に謝りにきていたのですが、交わされている会話の意味がよく分からなかった。

「優秀な兄弟がいると、頼りにし過ぎてしまう」
「お前はわしの若い頃に似ている」


清盛、若い頃そんな人物だった・・・・?
「悪平太」って誰のことだったっけ?(笑)

平家は今日も平常運行ですね・・・・ここまでは。


■基盛死去

時忠に巻き込まれた基盛は、汚名返上すべく紫宸殿の造営に力を入れておりました。

・・・・が。途中宇治川で溺死
あっけない最期となり、清盛や時子の前に変わり果てた姿を横たわらせて・・・・。

じっと我が子の骸を見つめていた清盛は、池禅尼に「ただの父として泣いてもよい」と声をかけられ、大粒の涙を流して泣かれました。

頼朝の助命の時もそうだったよね。
池禅尼に背中を押されて、「自分らしい自分」に戻れるっていう構図。

池禅尼の死去から「自分らしさ」が出せなくなり、あのダーティな清盛になっていく・・・・ということなんでしょうか。

だとしたら、本当の母子になれたのが美しくもあり、そして哀れですね・・・・。


ちなみに、基盛の死は、西行の誤審で(笑)崇徳院の怨霊の仕業になっちゃいました。

いやいや、違うでしょ!関係ないでしょ!
崇徳院まだ死んでないよ!生きているよ!
どちらかというと頼長さまの怨霊でしょ!?
つーか、頼長さまの出番はー!?
誰かー!ビデオ判定をばー!
物言いつけさせてくれー!!


■時忠ログアウト(1回目)

ええと、彼は無事です。安心してください。
彼は生涯で3回ほどログアウト(流罪)してますので、1度くらい序の口です(笑)

それにしても、このシーン。

先程の3人が二条帝の激怒を蒙ったシーンでは「流罪にならずに済んだだけでもありがたいと思え!」だったのに、時忠1人には「時忠、達者でな」と、なんだかぞんざいな感じ(笑)

そのうち助けてやるからと告げられた時の、時忠の返事。

「きっとにござりまするよ」

そ、その言葉・・・・宗盛が竹馬作ってもらう約束した時の・・・・助からない意味の言葉じゃないのか?(笑)

とまぁ、ふつうに見ると時忠ツイテナイになるんですが、この流罪のおかげで、時忠は瀬戸内海にて荒らぶる崇徳院の呼び寄せし嵐を食らわずに済んでいます。

なんというか、悪運が強いw さすが時忠!


■法性寺さま・・・・

藤原摂関家の重鎮・藤原忠通さまがお亡くなりになりました。

藤原摂関家を守るために、武家に頭を下げるという。
これが彼が選んだ最後の仕事。

この人ばかりは、手放しに勝者と呼べない。この悲しさ、やるせなさね。
時代の変わり目に生まれたものの宿命なんですよね・・・・。 

第1話から第30話までの長きに渡り物語を牽引されていた忠通さまの最期。寂しい限りです。


■荒らぶりし神

都に送った写経が「呪いがかかってるかもしれないから」と送り返されました。
しかも、破かれています(←憲仁親王がやった)

崇徳院、慟哭。

そこに、足の病にて23才で亡くなられた、崇徳院の息子・重仁親王の訃報が届き・・・・。
これがスイッチとなって、ついに異例を授くることに。

その様子は・・・・うん。
実際にテレビで見るといいと思う。
NHKが本気で子供を泣かそうとしていると。
そんな恐るべきクオリティです。

そして、崇徳院もこの時代を生き切られました。
最後は朝日を浴びて、ね・・・・。


それにしても、息子を失って怨霊となり果てた崇徳院と、生まれたばかりの息子に大はしゃぎする後白河院

ここでも対比が光っておりますなぁ・・・・。


そして、崇徳院の召喚した嵐の中を突き進む平家の船。

ここだけ裏でやっていたナ●ニア王国物語みたい(笑)

西行が船底で、真言を唱えて鎮めるための調伏を必死で行っていて、ああそう言えばこの人って密教僧だったなと、思わせてくれて嬉しかったです(笑)
(でも、あの誤審はダメですぞ!)

そして、船底で耐える平家一門のなかで、重盛が子供を守っているところに萌えましたw
さすが跡取り息子w


以上、ここまで。

今回の見所は、なんといっても崇徳上皇の最終形態ですね。

特殊メイクとはいえ、あれ井浦サンなのかと。本気で疑いましたよ(^^;


そして、このただものではないホラー回を断じてゴールデンタイムに流させなかった。
この不思議なパワーに、想いを馳せずにはいられませんw