ジョン・ヒューストン・ストックトン(John Houston Stockton)プレイスタイル | gonbhelpのブログ

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NBA史上最高のPGと謳われる人物。終始冷静なゲームメイクと正確なシュート技術を有した、正統派PGであった。

「ストックトンはアメリカンフットボールのクォーターバックのように、インカムを使って選手に指示を出している」というジョークが生まれたほど、コート全体を把握できる広いフィールドヴィジョンを持ち、正確なパスでアシストを量産した。「僕達は目をつぶっていても、お互いがコートのどこにいるか分かる」と、ソウルメイトであるカール・マローンは語っている。

目立ちたがらない性格でプレイの華やかさに欠け、優勝経験もないため、史上最高PGのランキングの際にはマジック・ジョンソンやアイザイア・トーマスに次ぐことが多いが、通算アシスト数、通算スティール数、シーズン平均最多アシスト数、リーグ最多アシスト数連続年数、プレイオフ1試合最多アシスト数の記録等を保持していることから、史上最高PGの称号を贈られても決しておかしくないプレイヤーであった。一時期、NBA内でストックトンの数々のアシスト記録に敬意を表し、アシスト王を「ジョン・ストックトン賞」にすべきとの議論が起きたほどである。針の穴を通すような正確・確実なチームメイトへのパスは、チームメイトのシュート動作をすべて計算に入れた繊細なものであった。マジックが「尊敬に値する人物」と評し、傲慢で何者も恐れないトラッシュトーカーであったゲイリー・ペイトンが「唯一目標にするプレイヤーだ」「誰よりもマッチアップしづらい、ジョーダンよりも」と公言していることから、PGとしての能力は相当なものであったことは間違いない。

ゲームメイク、一つひとつのプレイの選択が非常に堅実・確実であったため、FG成功率が5割を超えたシーズンが12回もあるなど、ガードとしては極めて高い水準を残している。闇雲にシュートを放つことはせず、無駄・余分な動作をすべて削ぎ落とした洗練されたプレイが持ち味であり、バスケットボールIQの高さを活かし、要所でクレバーなプレイを見せる選手でもあった。リーグ屈指のクラッチ・シューターであり、顔色一つ変えることなくビッグ・ショットを幾度となく沈めるため、均衡した試合終了直前の時間帯はマローン以上に相手チームに恐れられていた。

ストックトンは非常に優秀なディフェンダーでもあった。185cm、80kgと決して大柄ではないものの、持ち前のクレバーさで臨機応変に相手をマークしていた。フィジカルなディフェンスを苦にせず、タイトなディフェンスから生み出される要所でのスティールは、チームの危機を幾度も救った。

長いキャリアの中で故障が極端に少ない選手で[1](当然ながら、万全のコンディションを保つように努力していた結果である)、現役時代19シーズンのうち17シーズンは1試合も欠場することがなかった。バスケットボールに対する真摯な取り組みから、しばしば「プロの鏡」と形容される。状況に応じた確実で的確なプレイの選択が故障を少なくし、長い間第一線で活躍できた要因といえる。609試合連続先発出場のNBA記録を保持し、盟友マローンも怪我に強かったため、ユタのファンは「太陽が昇らない日があっても、ストックトンとマローンが試合に出ない日はない」と二人を讃えた。

1990年代のNBAでは、バギーショーツと呼ばれる大きいサイズのショーツを穿くのが流行しており、今や主流となっているが、ストックトンは昔ながらの小さく短いショーツを引退まで使用し続けた。温厚な性格で、髪型もまったく洒落っ気がなく、その風貌は田舎の実直な青年そのものだった。しかし、そのような穏やかな印象とは裏腹に、選手達の間では「陰のダーティー・プレイヤー」としても名高く、審判の目を巧みにはぐらかしては、エルボーを打ち込む、ユニフォームや腕を掴むなどのラフプレーを多用しており、気も大変強かった[1]。NBAの問題児として名高い、あのデニス・ロッドマンをして「NBAで一番汚いガード」とコメントしている。穏やかな性格ながら、試合においては人並み外れた闘争心・競争心と勝利への執念を持ち合わせていたといえる。