今日は日本から出張者が来て一緒に取引先へ価格交渉に出かけた。

この人、どうも「自慢しい」のようだ。
自分の大学の話に始まり、気がつくと姉、その夫・・・と話が広がっていく。
姉はピアノではちょっと名の知れた人。
その夫は医者でテレビに出たことがある。

そうですか。
でも、そんな話はあまり聞きたいものではない。
本人は言いたくて仕方ないようで、そのままどんどん話を続ける。
時折、思い出したようにこちらのことを聞いてくるが、人の話を聞くのは
2分が限度のようで、すぐに自分の話をはじめる。
段々面倒くさくなってきて適当に相槌を打ちたくなるが、時折こちらに話を振るので
あまりボーっと聞いている訳にもいかない。

彼と僕以外は日本語が分からないため、結局は僕が通訳。
つまらない話の通訳。
こちらの通訳に対してローカルスタッフには「で、それが何?」という顔をされる。
僕もそう思うんだから、僕にそんな顔をされても困る。
できれば本人にそう言いたいが、さすがに誰も言い出さない。
本人は子供のように話し続ける。きっと、これでもこの人なりに気を使って
いるのかもしれないので、そのままみんな適当に話を合わせている。

人の話を聞かない人。
自分のことばかり話す人。
目の前にみんないるのに、特定の相手としか話をしようとしない人。

会話はいったい何のためにするのだろう。
相対的な人間関係から自分の位置を確認?
ひまつぶし?
情報収集?

口は災いのもと。自分も気をつけなくては。



体調を崩した週末。何もしないで過ごす時間。


平日は時間に追われる仕事なので、この時間を気にしなくていいのが僕には最高の贅沢。

カゼを引いているとはいえ、やはりうれしい。

家の近くには一通りの買物ができる店がそろっているし、ちょっとクルマを運転すれば

クアラルンプールの中心街までも遠くない。


昨日、病院へ行った帰りに伊勢丹で日本食を仕入れて、紀伊國屋で日本の本を買ってある。

今日はひたすらに本を読んで過ごした1日。

さすがに腰が痛くなってきて、晩御飯だけは近所の洋食屋さん(日本式)に出てみる。

週に数回は行っているので声だけで「あれ、カゼひいたの?」と分かってもらえるのが

ちょっとうれしい。そういえば、今日は誰とも口をきいていなかった。


毎日の時間の早さに押し流されるのが嫌ではないけれど、なにか地に足がついていない。

そんな日々を重ねるにつれて「こんな人生でいいのか?」という思いがよぎる。

でも、そこから抜け出せる度胸も無い。


いつか自分が他界するとき、自信をもって「いい人生だった」って思えるのだろうか。

「ああ、もう、疲れた」って思うだけなのではないだろうか。

どんな日々を重ねれば、そう思わなくて済むのだろう。

道徳心、人間関係、責任。

それらをも投げ出して満足できるような何かを僕は死ぬまでに見つけられるのだろうか。


つくづく自分はめんどうくさい人間だな、と思う。