放射能、PM2.5、黄砂…。


ここ数年、目に見えない恐怖に人々が怯えることが多くなった。


黄砂はまだしも、放射能やPM2.5などは人為的な被害であるということを忘れてはならない。


全てにおいてリスクヘッジをしっかりしろと言っても、それはそれで難しいのかもしれない。


しかし、誘発されるリスクがその序章で懸念される問題については、人間が人間の手においてしっかりと予防に努めなければならない。


各国の経済成長は確かに望ましいことである。


だからと言って、人体に直接影響を及ぼす被害をもたらしては「本末転倒」なのではないか。


高稼働率を誇る工場が有害物質を大量に垂れ流してしまったり、利益に奔走し不用意に廃棄物を投棄してしまったり…。


発展とは裏腹の「罪悪」は、実に枚挙にいとまがない。


自国の発展のためならば、モラルを捨て去ってもいいのか。


国際社会は、これを甘んじて許すのか。


世界平和って何だろう。共存って何だろう。


このままでは桜も泥を被ってくすんでしまう。


突っ走ってしまっている方々には、「健康」そして「生命」あっての経済発展であることをきちんと認識して行動してほしいと願う。


喝!

人は、起こり得る可能性の低いことに思い悩み、必ず訪れることの準備をしない。


その一つが『加齢』。


ああなったらどうしよう、こうしようと悩んでいるうちに過ぎ去っちゃう悩みも多いが、加齢だけは何人にも等しく訪れ、同時に必然的に、半ば恒久的な悩みをもたらす。


私のようにトライアスロンなんかに興じていると、ある日突然鏡を見てシミだらけ、しわだらけの顔にハッとさせられる。


そうなったら、すでに遅し。もうすべすべの肌になんか戻れはしない。


日焼けの代償にがっかり溜息となったわけだが、最近さらに気になりはじめたのが「関節」。


いままで痛くなかった膝や肩が痛みはじめた。


理由もなく肩がきしみ、走り出すと膝が痛かったりする。


こっちも「やっちまった…。時すでに遅し」だ。


思い起こせば、マラソンやトライアスロンを始めてから十数年。ほとんどストレッチなんかしたことがない。


そこには、「俺だけは大丈夫だ」というおごりがあった。


焦ってストレッチしてみるが、前屈すらまともにできない。しまった、遅かった…。


皆さん「必ずやってくる○○に対する準備」できてますか?


健やかに生きるためには賢く悩まねば。。。


反省!



GO MY LIFE ☆ りゅうのブログ




ロードレースは実に奥が深い。


私は年間20レース以上、マラソンやトライアスロンの大会に出場している。


そんな生活を続けて、はや12年。


スタートの乾いたピストルの音も250回以上聞いてきたことになる。


それでもなお、学ぶことは数多く、走ることの面白さと同時に、その奥深さをしみじみと感じている。


さて、レース結果は、内と外の2つの要因ではじき出される。


外的要因とは「環境」。いわゆる、レースコンディションである。天候、気温、風、起伏、路面、景色等々。毎度2つと同じ環境で走ることはない。


対して、内的要因とは「自分」。それまでの練習、当日の作戦や前日の睡眠、当日の体調管理など。これまた2度同じ状態で走ることはない。


これら複雑多岐にわたる要素が組み合わさってレースとなるわけだが、実はこのなかで私たちがコントロールできるのは後者の「自分」だけである。


こつこつと練習し、疲労を抜き、早目に食事をとり、慎重にスタートラインに立つ。当日の環境は、ままよと天に任すしかない。


何百レース出ても、人間の身体ってのはわからない。何も食べないで全速で走り切れることもあれば、周到な準備で臨んでも序盤で失速してしまうことさえある。


だが、わからないながらも、ケーススタディの積み重ねである程度の勝算は見込めるようになってくる。


時に例外がないわけでないが、概して言えるのは「健全な肉体は健全な精神に宿る」ということ。


どんなに練習ができていても、前日深夜まで残業でくたくたになってしまえば、結果はついてこない。正確に言えば、結果の出ない確率が非常に高くなる。


そりゃ眠い時にいやいや長時間走れば、自然の摂理に逆行するわけでレースへの集中力が湧いてくるはずもない。


「こころと身体をいかに健やかにドライブするか」は、おそらく私の人生をかけたテーマである。


その運転技術を体得するために、あれやこれや試行錯誤しながら日夜走り続けているのかもしれない。


これからも楽しみつつ、笑顔→スポーツ→ストレスフリー→アンチエイジングという理想のサイクルを重ねていきたい。


GO MY LIFE ☆ りゅうのブログ

2012年12月9日。 青島太平洋マラソンに参加するため宮崎へ。


せっかくの旅なのでレース前々日の金曜日に現地入りした。


何となく風邪気味かなあとは思いながらも、恒例の高鍋宴会に参加。 美味しい魚と楽しい酒に興じた。


翌朝、身体が重く昼までゴロゴロしていたが、次第に体調が怪しくなってきたため病院へ。


薬のせいか夜はよく眠れ、レース当日の朝は少し身体が軽くなっていた。


朝食をとり薬を飲んでから会場へ向かう。病み上がりというだけで、特に不調は感じない。 いや、感じてはいけないという暗示を自分自身にかけていたのかもしれない。


気を引き締めて走り出すが、なぜかスピードが出ない。5㎞あたりで両脚が鉛を入れたように重くなった。


それでも10㎞、15㎞と自分なりに走ったが、宮崎神宮に達した時点で気持ちが切れてしまった。 トイレに入り用を足し、靴紐を調整。再び走り出すが身体全体が重くなっていた。


20km地点で96分代という最悪の展開に心が折れる。


だんだんと呼吸が苦しくなり、時折地面がゆらゆらと揺れ始めた。 「こりゃやばい!」と思う度に立ち止まり、前傾して膝に両手をつきハアハアと背中を揺らす。


結局最後まで、走っては止まりの繰り返しとなってしまった。


気合いを入れて物事に臨む時、必ずといっていいほど邪魔が入る。


「自分の弱さ」は、邪魔を呼び込む。 体調不良を持ち出し、弱さ隠しをしようとする自分が痛く醜い。


風邪を引いたのは、自分がこころに隙間を作ったからに他ならない。 もっと努力すれば隙間も埋められたはず。


終わってから正道セオリーを感じても仕方ないのだが・・・。


かれこれ30回以上フルマラソンを走っているが、いまだこんな基本的なことを学びきれないでいる自分が情けない。


2012年はもうすぐ終わる。ことしは自分の弱点を思い知った一年だった。負の一年と言っても過言ではない。


だが、幸か不幸か、このマイナス成果でいま自分は樽の底に落ちている。


今いるここが2013年のスタート。誰と比較する訳でもなく、ひたすらに上を向いて走ろうじゃないか。

所属ランニングチームの大先輩の義父君が亡くなった。


今日は告別式とのこと。


ふと3年前に旅立った我が父との別れの時を回想してしまった。


あの日も爽やかな青空だった。


火葬場を出ると、そこは父のいない新しい時代が始まっていた。


生来そばにいた家族が存在しない空間。


殺風景ですぐには現実と受け容れることができなかった。


歳を重ねるにつれ、前を歩く人生の諸先輩方の数が減り、自らの立ち位置が前へ前へと先頭に近づいていく。


惜別に涙する度にページがめくられ、新しい歴史が刻まれていく。


別れはとても悲しい。だが力を抜いて別れに身を委ねれば、それがかけがえのない学びの場であることに気づく。


別れあれば出会いあり。


別れのあと真っ先に出会うのは、「強く生きていこうと決意した新しい自分」に他ならない。


今日からまさに新しい一歩を踏みだされる先輩とその家族に熱きエールを送りつつ合掌。