●可哀想な年代だ。
今は「筋ゆるトレーナー」古山です。
週末の試合に向けて猛特訓?のバドミントン部に。
アドバイスしていた選手も気になり、様子を見に行ったのだが。
足に痛みを感じていた選手は、痛みが引いて動けるようになっていた。
会話をしているうちに、自分の中で腑に落ちるものがあった。
『そうか!これか!!』
今まで気が付いていたと思っていたことが、まだ完璧ではなかったのだ。
目線がまだ高かった。
これまで何度も助言したのに、何故か次回には忘れている。
アホか...と思うこともある。
選手達は、私のアドバイスで成長しているのか?
アドバイスは的確なのか?役に立っているのか?
上手くなりたいから、練習している...はず。
上手い人と何が違うのか。どうすれば上手くなるのか。
そう考えると、先日のヨネックスジャパンオープンは超お手本だと。
選手に聞くと、誰も見ていない...。
は?試合があるのも知らなかった??
同じ高校生が、世界クラスの大会の決勝戦に出てるというのに。
興味がない訳が無いが、自分の世界とかけ離れているのだろうか。
ん~、伝わってないな。
でも、待てよ。もしかしたら、頭の次元が違うのか?
もっと目線を低くもって、根気よく言い続けると変わるか?
成長していないのは、選手ではなく私の方か?
そんな疑問符ばかりが浮かぶ練習だった。
バドミントンの競技上、どうしてもアドバイスはミスを指摘することになる。
そういうイヤラシいスポーツだから、素直な子達には難しいのかと。
それ以前に、もっとベーシックなことを教えるべきなんだと。
言われたことをすぐに理解し実践するだけの技量に欠けているのだ。
もっというと、礼儀さえも知らない。
いや、教えているけど、忘れている。
そういう生活環境に身を置いている...可哀想な年代だ。
自分と言う存在が何なのか。
何をしようとしているのか。
技術練習もさることながら、考え方の訓練も必要だ。
また、やれることが増えた。
有り難い環境に感謝である。