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エル・カンターレ ファイト!

Alternative Routine Works-さとうふみや

幸福の科学が政党作ったけど、そういや、さとうふみやが広報漫画書いてるのを知ったときは、衝撃だった。講談社と幸福の科学って訴訟問題になってたけど、金田一描いてるのによく成立したもんだ。

5/27

神戸取材。三宮に早めに行き、インディアンプロビジョンストアでカレー粉買おうと思ったら閉まっててショック。その後、JR兵庫駅に移動。駅前のロータリーに座ってたら、電波丸出しのおっさんが近寄ってきて、一方的に気孔トークを繰り広げ、僕の体に両手をかざし始めた。冷たくあしらうのも悪い気がして、言われるがままにのってあげた。

取材終了後、三宮の八島食堂で飯。妙に色気のあるおばちゃんにサービスしてもらい、生ビールをしこたま飲む。その後、編集と我が家で朝までチャンピオンズリーグ鑑賞しながら泥酔。楽しい一日だった。

5/28

昼過ぎに置き、カレー作成。チリパウダーを大量に入れた結果、唇だけではなく手首まで痙攣し始めて、不安になる。味は無論旨かった。その後、ヤフオクで落とした『どくだみ荘』を読む。全35巻セットだけに、これからが楽しみ。金無し、職無し、女無しの主人公が、阿佐ヶ谷のボロアパートで自堕落な生活を送ると言う、どうしようもない内容。ただ、その切なくやるせない生き方に共鳴してしまう自分がいるのも事実。感傷的になるのは悪い癖だが、この感覚を失わず文章に落とし込んでいくしか勝ち目は無い。

夕刻。京橋で取材。その後、通天閣界隈をうろつき喫茶ドレミで、カメラマン残酷物語を拝聴。隣の席で坊主の白人親父二人が、パフェを食いながら愛し合っていた。21時から大国町に移動し25時まで酒場取材。店主の親父さんが土葬されたという古き良き慣習を肴に、日本酒を頂く。そして、カメラマンに送って貰い、只今帰宅。明日から12時間労働のアルバイト地獄の始まり。

いい事ばかりはありゃしない

Alternative Routine Works-清志郎


忌野清志郎。20歳の時に知人が、スペシャの制作会社で働いていて、RESPECT清志郎のTシャツをプレゼントされた。気に入ってずっと着ていた訳だが、生の清志郎は、生涯で三度見た事がある。その内の二回は、年末の年越しライブ。調度『KING』が発売された頃で、『Baby何もかも』に合わせマントショーを行う姿に歓声を挙げた。格好よかったし、その場で新年を迎えられる事に優越感を感じていた。

思い起こせば、高校の時に早熟な友達が『雨上がりの夜空に』を歌って、周囲をドン引きさせた事がある。TK全盛期で、まともに音楽と向き合ってる奴なんて誰一人いない中、途中で照れ笑いしながら歌うのを止めたアイツ。

そして、最後の一回。それは、2001年3月25日。忘れもしない新宿歌舞伎町。当時、大学を中退し東京の専門学校で自主映画を撮っていた僕は、ロフトプラスワンというサブカルのメッカで働いていた。そしてその日は、私生活でトラブルがあり、遅刻をしていたのである。高円寺から慌てて職場に飛び込み通路である楽屋の扉を開けた瞬間、一人の小さなおじさんが立っていた。そして、いきなりの乱入者である僕に一瞥をくれ、ひどい驚いた顔をした。その表情は今でも忘れない。同時に「この人誰だ?今日の出演者かな?」と失礼な事を思いながら僕は、その脇をすり抜けた。そして、その日は前述のトラブルが尾を引きひどく体調を崩した僕は「プラスワンベイベー!」という声を背に早退をしたのである。そう、清志郎を見た事が無く顔を知らなかったのだ。

追悼番組を含め、改めて色んな曲を聞きあさった。あんなに好きだった高田渡が亡くなった時より喪失感が大きかったのには、自分でも驚いた。武道館の復活ライブの1曲目。もう、ほとんど掛け声に合わせ飛べなくなっていた。NHKの『SONGS』が一番最初のTV復帰ライブなんだが、凄い汗だった。タオルで何度も顔を拭う姿が印象的だった。抗ガン剤で抜け落ちた髪がようやく伸び始めるも、まだ普段より短い印象が伺える。これは、個人的な意見だが、深刻な状況をわかっていて時間がないから無理やり復活したんじゃないだろうか……。観客は喜んでるけど、清志郎の何処か覚悟を決めた表情が、本当に切ない。


「悲しい嘘ばかり 俺には聞こえる」。







ずっと、別れた恋人への歌だと思っていた。若くして亡くなったお母さんへの歌やったんね。

特殊文筆-前衛の-道

Alternative Routine Works-特殊前衛


文筆なる時代と逆行も甚だしい仕事を生業にすべく、その生活から零れる戯言を記す。


現在のライフスタイルの割合は、バイト8文筆2。ただ文筆10になったからといって、面白いテキストが書けるわけでもなく、バイトも多少は大事な役目を果たしていると自覚している。生活して行く為だけに、バイトをしているわけではないのだ。

フリーキーな人物や、自分と合わせ鏡のようなダメ人間の群れ。そんな多少歪んだ時空の狭間で、大した事件も起きやしないが、彼らの人生の苦しみに耳を研ぎ澄ませ目を光らせる。それが、自分の文章への血となり肉となるのである。

無論、文筆と言う狂気の道を突き進む僕は、齢30前にしてひどく貧乏である。ただ、その常識を逸した貧乏を逆手に取り、清貧ライターなる地位を認められつるあるのも確かである。もう覚悟は決めている。決して幸せを諦めているわけではない。

ちなみに、上記の画像は根本敬先生が自身の人生を綴った著作『特殊まんが-前衛の-道』。国定教科書に認定すべき全人類必読書である。これは、ゴミ太郎文庫からも貸し出しは厳禁なので、是非購入する事をお勧めする。

Alternative Routine Works-稲田


現在は、先月号の取材も一段落付き、別冊ムックの取材に奔走する日々。中崎町の稲田酒店にお邪魔したわけだが、地酒で酩酊は最高の贅沢と痛感した次第だ。合成酒ばっかり飲んでたせいで日本酒には一方的な恨みしかなかったのだが、大吟醸や純米吟醸と勉強していくうちに、日本酒の奥深さの虜になった。


最近までは、アサヒスタウトと心中する心構えで生きていたわけだが、いやはや浮気モノで甲斐性無しの本領発揮。「麦とホップうまいんですよ!発泡酒の概念崩壊!」と、息巻いていたのが恥ずかしい。時代は、ジャパニーズ"SAKE"である。流石の文化である。いっそ、ビールの値段をもっと吊り上げて、日本酒しか呑めない状況を強引にでも構築すべきではないかと思う。
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