その「先輩」にまた呼び出されました。
とうとうお金がどうしようもないので肉体労働も始めたんだとか。
「親に大学まで出してもらってさ、何が悲しくてこんなことをしなくっちゃならないとも思ったよ。」先輩は話し始めた。先輩は何となく始めた会社のパートナーとのそりが合わず、というか、まったく当事者意識のない状況で、一人で背負い込むことになり、結局莫大な返済だけが毎月毎月のこるという状況になっていたのです。
「西麻布のお屋敷町の解体の仕事ね。内装の解体をするんだけど、洒落た建物だから2フロアーが大きな吹き抜けになっていて、その大きな窓ガラスからは六本木ヒルズの上層階が見えるわけさ。あの時格差社会を実感したね。全部内装をはがして、改装するから内部の壁、断熱材みたいなもの中に隠れていたベニヤ、たぶんアスベストもあるんだろうな。喘息になるんじゃないかとおもったよ。大きな大理石風の内装材の破砕したごみやなんかを運び出す仕事。延々と続くの。機械以下だね。あれは。機械じゃ入れないような急な階段もあるからそれを運ぶのは人間しかいないんだな。ああいう高級物件の工事、それなりに見積もってるのかと思うけど、あれは人足ケチっているんだよね。どう考えても少ない。それで朝から晩まで延々コンベアみたいに運び続けて、もらえるお金が7,000円なんだよね。」と話す先輩の顔は不思議と悲壮感はなかった。
「とてもいい勉強になったんだ。どんなに時給がいい仕事でも、僕らが個別に受ける仕事だって、ほとんどが早くても月末とかでしょ?入ってくるの。それがすぐにもらえるわけ。月末の3万より今の5000円、いや、1000円だって大事だよ。そういうことに今まで苦労してこなかったから。それを知ったのはとてもいい勉強になった。今更、なんだけどね。だいたい相方はそういうの頼める雰囲気でもないし、むしろ自分のことはやるけど、公共心の感じられない人、人にありがとう、とかおはようとか言わない人だから、一緒にいるとこちらもマイナス思考になってくるの。そういう人間と離れて体動かすと、何となく気も紛れて、案外不当なことをしている感じはなかったんだ。最初はあいつのせいでこんなことする羽目に、とも思ったけれど『こういうことができるのも何かのめぐり合わせ、しないとわからない経験もあったんだからよかった』と心の底から思えるようになったんだよね。」
「その間に入っている派遣会社からは今も連絡断らずにもらっているんだ。いつかまた必要なときにはやろうとね。」先輩は続けた。
「伝票に記入してもらって、上野の事務所にお金もらいに行くわけ。夕方にはなじみの工員さんたちたくさん来ていて、お疲れさん、何てね。労働としてはあれはあるべき姿、基本の姿なんだろうな。そういうことを感じたんだ。一日そんなだから、ビール一杯、焼き鳥一本で労ってやった、自分をね。なんかそうせずにはいられなかったというより、自然とそういう感じになった。コンクリのホコリで真っ白になったズボンのままね。あのビールはうまかったな。近年ないくらいうまかったよ。」
そして、表情からにこやかさが消え、厳しい表情になってこう続けた。
「でね、これと同時に、おれは決めたよ。あいつとは歓びも共有できないが、大変なときに一緒に汗できない。厳密には、もしすると言ってきても、俺が嫌だ。使われる以上に、ああいうやつに何かを頼み、一緒に歩んでいってほしいと思えない自分がいたんだ。あの男に会社から離れてもらい、彼は彼で、僕は僕一人でやっていこう、とね。」
先輩がこうしている中もその仲間の人は、携帯がどうしただのクルマがどうしただの、クルマ屋が行ったことが気に食わないだのそんな愚痴みたいなことを先輩にメッセージして来たりしていたそうだ。それに比べたら僕なんかいくらかましかもな、と思った。
相手に期待をしてはいけない。思った通りにはならない。ということなのかもしれない。そして苦境での体験、苦境で頭を下げた経験、僕が先輩でも、全然わかってくれない相棒にそんな貴重な体験までさせてたまるか!と思うに違いない。そんな風に思ったのです。
でも、しなくていい苦労をする、会社なんか興すものじゃない。つくづくそう感じた。