浮世絵が縁で生まれた、日本のホテル
帝国ホテルの新しい本館を、アメリカ人建築家のフランクロイドライトが手掛けた。
当時の帝国ホテルの総支配人が、アメリカで古美術商をしていたときに
浮世絵のコレクションをしていたライトと会っていて、それが縁で、1923年に
新しい西洋文化を生んだ。
大正の世に、それは驚きのニュースだった。
知ることは大切だ。
いろいろ知るとその先にある現実と向き合わねばならないこともある。
そこから目をそらすのは、簡単だ。
しかし、しっかりと見つめてきた人間だけが、本当に人生を変えるようなインスピレーションと出会える。
だからこそ、知ることに関して、貪欲でありたい。
そんな考えもあり、仕事をする上で、容姿をキレイにすることは必要ないと思っていた時期もある。
いいものを着て、髪をきちんとセットすれば意識は変わる。
魅力も倍増する。
これからの日本の男性には、贅沢なくらい水をやって、どんどん輝いてほしい。
うわー大きい、ほんとに金色だ、光ってる。屏風が開かれると、子供たちから一斉に歓声があがった。
輝く金色を背景に、咲き誇るかきつばた、幾何学的な直線の橋、尾形の傑作「八橋図屏風」
まずは、大きさに圧倒され、次に細部に目がいくようになる。
その生き生きとした好奇心に、鑑賞だけに留まらない新しい、美術教育の可能性を見た。
美と対面する感動を、ひとりでも多くの人に。
記憶の中の夫婦岩。
夫婦岩は遠く遠くから受け継がれてきた、霊験あらたかな岩。
寄せては返す波は美しく荒々しい。岩と岩の間の茶色の海の藻屑たちは
集まったかと思えば、潮の流れによって姿を消す。
さて、この岩、見る人によってさまざまな違う印象を与える、ロールシャッハテストのようなところがある。
今まで知らなかった潜在意識での夫婦像を知ることができる。
愛の気配が、境内に漂う感じは、熱いねえといいたくなる。
さっきは、熱いなんて冷やかしてごめんなさい。
亀戸天神
平安時代の政治家で文人だった菅原道真を祀る天満宮。当時、隆盛を誇った藤原一族のねたみをかい
九州大宰府に左遷された学問の神様。
大宰府天満宮がその墓であり、京都、北野天満宮は、道真の怨霊を沈めるために建てられた。
江戸時代、徳川家綱は、天神様を崇拝。亀戸の土地を寄進し、亀戸天神が建つ。
池をとおる二つの橋がある。男橋が過去、女橋が未来、それをつなぐ平橋が現在をあらわす。
橋の上から境内を眺めると、梅の木が見事。秋には菊も咲く。
四季を通じて、花を楽しめる。
油を売る。
無駄話をして、時間を浪費し、仕事を怠けるという意味で使われる。
江戸時代、油売りは、行灯用の油を天秤棒で担いで配達。桶に油をいれてるから
ゆっくり歩く。顧客の家で、油を容器を移すのにも、時間がかかるので、世間話をする。
そんな油売りののんびりした様子から、油を売るという慣用句が生まれた。
陽気な酒は何よりだ。
つらいなら、愚痴もこぼせばいい、
弱音も吐けばいい、素直になればいい。
日本酒は、深く優しく
あなたの全てをうけとめる。
東京駅前にあった旧東京中央郵便局が、再開発されてJPタワーという高層ビルになった。
旧局舎は、戦前の名建築。重要文化財として残すべきという声が、建築家からさかんにあがった。
時の総務大臣、鳩山邦夫もあの文化財をつぶすのは、「トキを焼き鳥にして食べるようなもの」と批判。
しかし、つぶして出来たビルは以外に評判が良かった。
商業施設、ビジネスオフィスは普通、だが、2、3Fが面白い。
一目めただけで、これは何だというものが、たくさん並んでいる。
説明はほとんどない、お勉強空間じゃなく、見て驚くだけの空間。
絶滅巨大鳥エピオルニスの骨格。モアの卵。世界最大のワニ、マチカネワニ。
ペルーで発見された南北アメリカ最古の金製王冠。世界最大金塊と、世界最大白金塊。
19世紀に存在した世界著名ダイヤモンド全レプリカ。ラミダス原始人の歯。
弥生式土器の第一号。
あらゆる学問が、コレクションを背景にしている。
動物学は動物の、植物学は植物の、鉱物学は鉱物の。
東大は、コレクションの宝庫だった。学問に役立たないものは、廃棄処分された。
ある人が、そのゴミを発見。それらを集積すれば、すごいことになる。
研究者に無用でも、博物的には価値がある。
そして、小石川植物園内にある博物館の分館にためこんでいったら、どんどん成長していった。
そして、それがJPタワーの展示へと受け継がれている。
発端は、個人的ゴミ集めだった。
マンモスYUKA展
シベリアのサハ共和国の永久凍土帯で、2010年に3万9000年前の少女マンモスの遺体が発見された。
完全冷凍状態でほとんど全身そのまま、掘り出された。柔らかい肉も残っており、頭蓋骨を切り開くと
脳をまるごととりだせた。この取り出す作業も映像で見られる。胃腸の中身も残っている。
マンモスの毛も展示してあり、触ることができる。
数万年前の時空が一瞬のうちに圧縮され、自分の指にマンモスを実感できる。
36代木村庄之助
今年の5月場所で49年間の行司人生が終わった。
千秋楽の後、サプライズで横綱と大関から、花束を渡された。
中学3年で見習い行司になるため、鹿児島から上京。厳しい下積み時代を踏む。
理想の所作を研究するために、歌舞伎なども見た。取り組み前は、何度もシミュレーションを重ねる。
相撲とりの動きや自分の動き、所作をイメージする。
行司泣かせなのが、安美錦や豊ノ島。どういう相撲をとるか分からない。
彼にとっての痛恨の一番。昨年5月場所の一番。差し違えた。
行司は短刀を携えて土俵にあがっている。差し違えた場合、切腹するという意味がある。
理事長に会い、進退の伺いをたてたが、許された。
1日も休まず、49年行司を勤めた。
一瞬の決断の重圧から解放された。
今は、のんびり釣りをしたいらしい。
奈良県の東吉野村
150年前に明治維新のさきがけになって、亡くなった人のお墓がたくさんある。
歴史上はマイナーな存在。皆、坂本竜馬や西郷隆盛は知っているが
吉野寅太郎は、知らないだろう。
当時、人々は飢饉に苦しみ、国家は不安定な状態だった。幕府も権力を誇示できない。
寅太郎は、そんな現状を嘆き、倒幕を決意。命をささげても作りたい世の中がある。
しかし、志半ば、27歳で死ぬ。切腹を望んだにも関わらず、鉄砲で乱射されて死んだ。
最後の言葉は、「残念無念」。
その地には、残念サンの名で祭られ、今に至る。
未完成でもサマになるのは、シューベルトくらい。
道路も費用のメドが立たなくなったという理由で、中断されたら、道路と呼べない。
カネを軽視するものは、カネに復讐される。
明治維新が成功したのは、イデオロギー不在だったから、と塩野七生はいう。
維新の志士も、反対側にいた勝海舟もイデオロギー不在だ。
昨日までは、攘夷と言っていた人が、一転開国になる。
終始一貫という視点で見れば、全員落第。
彼らは、このままじゃ日本はヤバイという危機感をもっていた。
イデオロギーは人を分断させるが、危機意識は団結させる。
ゆっくり下降しながら、いずれは海中に墜落しそうな日本。
もうだめかと思われた矢先、再浮上のチャンスを与えられた。
靖国参拝阻止勢力
朝日、毎日、NHKが、まず靖国参拝を取り囲む。
財界も日中経済交流の妨げとして反対。その輪に外務省が加わる。
そこに中韓両国が加わる。同盟国の米国も、同調しがちになる。
安部首相が祈りをささげようとすると、幾重にもわたる圧力がかかる構図。
明治時代
小村寿太郎は、日露戦争の早期終戦を実現するため、戦勝によう国民を尻目に
ポーツマス条約を締結した。
腰抜け、売国奴と言われた。小村寿太郎も、一生汚名を着せられていい覚悟でやった。
そういう覚悟があるものこそ、愛国者。
平塚らいてうの雑誌
明治の女の人は、結婚前に処女を失うと自殺した。
平塚の雑誌の身の上相談は、処女をなくした、死にたいといったものがほとんど。
また雑誌の中では、生活のために貞操を売ってもいいか否か真剣に論じ合っている。
もう今じゃ、貞操なんて言葉は死後。
そうすると、こんなふじだらな性道徳はよくないといった論調が出てくる。
安藤ミキさんの出産に対しても、風当たりが強い。
今は初体験は中学から始まる。
高2で経験がないっていうのは、よっぽど魅力がないんじゃないか。
出遭ったから苦しむ、愛したから悲しい。
誰も愛さず、愛されなければ、苦しみも悲しみもない。
それじゃ、人生はつまらない。
苦しくても、誰かを本気で愛したという人生のほうが
生きたという感じがする。
色恋沙汰なんて理屈ではない。
わっちゃいるけど、やめられない。
それが恋。
人の亭主をとるのは悪いのは決まっている。
けど、やめられないのが人間。
おしん
日本は、ちょうど高度経済成長のさなか。橋田は、「このまま続くわけがない」と思い
そして本当の幸せを失っているから、おしんを書きたいと、身の丈にあった幸せが一番幸せなんだということで
書いた。平均視聴率が52%。その後、日本はバブルに突入。
聖子ちゃん
ザベストテンやスター水泳大会、日本レコード大賞などで、トロフィを受賞した聖子ちゃんが、感極まって泣き出した。
けれども、涙は一滴も流れていないということで、ぶりっこという言葉が生まれた。
流行語の寿命は短いが、このぶりっ子と言う言葉は、今も生き続ける。日本語として定着した。
山口百恵
怨念や貧しさをまとった70年代のスターだった。それと行き違いにでてきたのが、聖子。
バブルの頃の原宿
ラフォーレの前に古くて大きなアパートがあった。そこに有名なクリエータたちが事務所を構えていた。
カメラマン、コピーライター、デザイナー。仕事に飽きると、一階のレオンに行き、パックマンというゲームをやる。
1983年ファミコン発売
日本の娯楽にとって、画期的なことが起こった。
子供の遊びを変えた。85年、スーパーマリオのヒットで、ファミコンの販売台数は400万台から1000万台を越す。
サブカルチャーのうねりも、連動し始める。
戸塚ヨットスクール事件
1979年から1982年にかけて、訓練生5名が死亡、行方不明になった。
戸塚校長は、6年の懲役。出所後も、同じ信念の元、活動を続ける。
戸塚ヨットスクールにくる子の多くは、学校に見放され、親の手にも負えなくなった子供。
しかも、あらゆる専門家に裏切られて、最後の希望が、ここだった。
それを、ゼロからしかりつけ、殴りつけ、更正させていく。
生ぬるい環境で育った子供を、生きるか死ぬかの状況において、負荷をかける。
600人を更正させた。
30年前、「戸塚みたいな人間がいなくなれば、子供は良くなる」といわれていた。
さて、現在はどうなのだろう。
江青
中国の歴史に名を刻む悪女。毛沢東の妻。文化大革命で、10年にわたる大混乱に陥れた。
毛沢東の権力をかさに、大虐殺を行い、国家主席や目障りな党幹部を獄中に送り殺した。
毛沢東自身も、私の死後、あの女が問題を起こすと予言。そのとおりになった。
1980年、逮捕。判決は死刑、しかし、政治判断でのちに、無期懲役になった。
江青の名をしる中国人は多くない。
1963年11月23日
史上初の日米テレビ宇宙中継が行われた。
いきなり飛び込んできた映像は、ケネディ大統領の暗殺。
NHKにいたある人が、デジタルは凄いと反応する。
で、隠れて、録音をデジタル化する技術を開発。おおっぴらな研究は憚られたので
仕事が終わった5時から、同志で集まって、プロジェクトを進めた。
その人は、ソニーに移り、ソニーで開発。76年、完成。
77年に、来日していたカラヤンを呼んで、カラヤンの練習時の録音音声を聞かせた。
カラヤンは激怒、練習を無断でとったと怒った、ソニー幹部はひたすら謝った。
しかし、曲がすすむうちに、カラヤンは驚く。
「デジタルとはどんな仕組みか?この技術をディスクにつくれたら、自分が宣伝してやる」
やがて完成し、カラヤンが宣伝した。
「これは、音楽愛好家へのギフトです」
携帯用CDプレーヤーが84年発売。
4万9800円。原価は7万だった。
判断を下したのは、ソニーの盛田。
大衆相手の商品である以上、5万円以下にしなくてはならないとのこと。
やがて、爆発的に売れ、量産によるコスト削減効果もあり、利益が出るようになった。