親に自己評価を低くもつようにしむけられ
かつ、自信をもつように、口では言われる。
親の言動が矛盾している。
愛という名の言葉にくるまれて、この矛盾したメッセージは
子供に届けられる。
自己評価が低い親のもとで育った人は、自己評価が低い。
自己評価が低い子供は、学校でなんとか価値ある人間になろうと
頑張りすぎる。成績、スポーツ、人間関係、いじめ。
行動の動機が、実は自己評価の低さからきていたりする。
どの方向を向いているかで、根は同じものであったりする。
自己評価が低い人間が、社会は入った時
運がいい人は、歩くべき道を訂正される。
すなわち自己評価の高い人間へと導いてくれる。
不運な者は、自己評価の低いまま、生きていく。
さらに不運なのは、自己評価の低い集団に囲まれること。
これは最悪の悲劇である。
自己評価はなくなり、自己蔑視へと変わる。
自己蔑視の人間をかろうじて支えているもの、それは肩書きかもしれない。100人100通りだろう。
それが取り払われた時、むき出しの自己蔑視が出てくるのである。
むき出しになった自己蔑視、究極の自己無価値観。
さらに、自分を自分たらしめている縦と横のつながりが
感じることができなくなった脳は、犯罪へと向かう。
「あんなに立派な人が何故?」を解くカギとなるものではないのだろうか。