Gomarz Blog Life

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盆栽を育むような、楽しみ。(^^

朝、阪神淡路大震災慰霊の報道番組を見ながらの画像編集をしていた。

当時はその地でも活躍していたであろう、元祖、新快速列車の117系近郊型電車。

今はもう、7000番台に改造されたWESTEXPRESS銀河の編成が残るのみで

一般営業車両からは引退」してしまっている。

自身、鉄道趣味を意識しはじめた1980年頃にデビューし、永きにわたって

関西で活躍してきた車両だけに、活躍末期のデジカメ時代にはたくさん撮影してきた。

インスタ用に編集した写真を、ここにもアップしておく。

 

1枚目は、#和歌山色 。

和歌山地区のローカル運用に転用された際に、専用色となって再デビュー。

 

 

2枚目は、活躍末期の#和歌山色 。

塗装作業の簡略化などから、各地の国鉄型近郊車両は「単色の地域色」となっていった。

和歌山地区は、水色。

 

 

3枚目は、#京都色 。
末期に琵琶湖線や草津線で活躍していたが、夏の天理臨 ではきのくに線でも見ることができた。
 

 

4枚目は、#岡山色 。
自身の仕事の都合があり、少しの間新倉敷界隈で撮影機会を得ることができた。

4連×2で走る姿はやっぱり壮観。

 

 

5枚目は、#原色
きのくに線界隈には天理臨して、当時唯一残った原色編成のT1編成がやってきたことが貴重な撮影記録となった。

コンデジ時代に湖西線や草津線でも撮影していた。

 


ラストは、#WESTEXPRESS銀河 。
もう、語るまい。この編成がいつまでも活躍してくれることを想い止まない。


自身もう、フィルムカメラ歴よりもデジタルカメラ歴のほうが長くなってきた。

20年前、紀州鉄道沿線で撮影した当時現役だったキハ603。

 

 

同じ場所で昨日、その日運転していたKR205を撮影した。

 

 

そしてその2枚をパソコン上で”切り貼り”してみた。

 

 

こんな芸当が、自身パソコン上でできてしまうのが、なんだか不思議。(^^;

愛車、CR-Z。

購入後、大きな故障もなく快適な運転をしてきたんだが、最近になって

寒くなってきたせいもあるのか、夜間、オートライトを点灯させた状態で

エンジンを始動させようとすると、機器点検の表示が点灯し始動できず、

しばらく経って再始動してようやくエンジンが始動してくれるといった症状が。

木曜日の帰社時にはとうとう、バッテリー切れのような始動状態となり、

このまま車を職場に置いて帰宅?と危ぶまれたがヘッドライトを消灯して

かろうじて始動ができ無事に帰宅。

その後はオートライトを使わず、始動時にはヘッドライトを消しすことに。

それでももう、バッテリーの劣化は目に見えているので、思い切って交換することに。

DIYで交換、と思いユーチューブで動画検索してみると、バッテリーを交換

する際に、車の電子部品への電流を断ち切らせないためにひと工夫が必要らしい。

ホームセンターでバッテリーを購入した際、そのための機器も販売されていたので

一緒に購入した。

 

 

バッテリー交換作業は何度か経験済みだったのだが、端子を外す前に買ってきた

機器を端子に結線してから交換し、新たなバッテリーへの接続を終えてからその

機器を外して完了。

 

 

 

 

 

エンジンも無事再始動し交換作業を終えることができた。

 

 

ちょっとした手順の違いも、ネット動画で簡単に知ることができる、いい時代。

 

朝に降った雨で、今朝の愛犬の散歩はクルマに乗って歩道付きトンネルへ。
早い時間の出勤の相方を見送ったあと、私も出かける準備。
自宅を出発する頃には雨があがり、私はクルマでの移動をやめ、

スクーターに乗って駅を目指す。
雨で濡れた路面は重い体重の私が乗るとたいそう不安定になる。
法定速度・・・くらい・・・の低速で、ゆっくりと駅に向かう。
クルマだと500円する1日駐車料金を、スクーターで150円に、

節約するために。(^^;

御坊からは、いつもの始発列車に乗り南下。
紀伊田辺で乗り換え、朝来駅で通学の乗客が降り、そして白浜駅からは

外国人観光客の方々が乗り込んでくる、
私がこの列車を利用しはじめ、そしてブログにこの記事を書き始めて、

ほんとうに、たぶんいつもの状況が今日もあるんだと感じる。
紀伊富田駅での特急列車との交換待ちの間にノートパソコンを取り出し、

今日はこれにヘッドホンを差してパソコン上でB’zの楽曲を聴きながら、

ここまでの文面を書き上げた。
列車は、椿駅を出発し、紀伊日置駅までの山間部を走っている。

今季のきのくに線WESTEXPRESS銀河の運転は、今月いっぱい。
ひと月前、今シーズン最後の乗車機会にと、ネットで座席予約をしていた。
前回に引き続き見事、海側指定席をゲットできていた。

月初め、実家所用で有給をとり、クルマ移動で実家に行ってきた。
10月に入ってもまだ、寒暖差激しい気候が続き、長袖半袖、上着の選択が日々難しく、
そのときも朝着て行った長袖シャツが昼間は暑くて実家で脱いで過ごし、

そのままそのシャツを置いてきてしまった。
今日は、WE銀河の今シーズン最後の乗車と、シャツ持ち帰りの2つの目的のための

移動、なのである。(^^;

列車は、もうすぐ周参見駅に到着する。
持ってきた、喜多嶋隆の小説は、たぶんあと30ページくらいで読み切る。
このあと、串本あたりまででちょうど読み切ってしまうだろう。
一旦パソコンを閉じ、視線を小説に切り替えることにする。

その予測どおり、小説は串本駅のひとつ手前の紀伊有田駅を出たところで読み終えた。
読書をする、ということはあまりしない私なのだが、なぜか「乗り鉄」のお供に

喜多嶋隆の小説を携行し愛読している。
列車に乗っている時間以外にその本を開けて読むことはほとんど無く、私的には

「青春18きっぷ」と「喜多嶋隆の小説」がセット。
20代の頃、ふと立ち寄った書店で買った氏の1冊の小説が、もうすぐ60歳に

なろうとしている私の生涯の愛読作家になるとは、そのときは思いもしなかったのだが。。。

さて、しばらくして列車は串本駅に到着した。
いつも、対向にやってくる特急列車をしばらく待っての出発なのだが、今日は

もうその列車が1番ホームに停車していた。
私が乗っている列車が、途中で下車した乗客との運賃支払いのトラブルかなにかで

ひどく遅れていた。
乗降扉が開き、乗客が入れ替わると、向かいの特急列車もこのローカル電車も

すぐに駅を出発した。
スマホで運転状況を調べてみると、串本出発でも5分ほど遅延している状況のよう。

朝の降雨をギリギリかわしてバイク移動してきたが、紀伊半島を迂回しここにきて

また空模様が怪しい。
普段の生活で傘を使うということがあまりないため、今日も傘は持ってきていない。
折り畳みの傘なども、持ってないが、今日はどこかで買わなきゃいけないかもしれない。

・・・と、ここまで書いて私はパソコンをかばんにしまい込む。
白浜から乗車してきた外国人観光客の方々も、紀伊勝浦や那智駅でそれぞれの

グループごとに下車していった。
私も、紀伊佐野駅で下車、そして霧雨の中実家へ歩をすすめた。

実家での用事は、先日忘れたシャツを取りに行くだけのこと。
シャツだけ持って、そそくさと移動しようと思っていたのだが、普段はゴルフ練習で

忙しい親父だったが、今日の荒天ではさすがに練習の集まりが無かったらしく、親父は実家に居た。
こんな天気だったので、外に行くことも億劫となり、結局、昼食をとって午後1時前まで実家に

滞在し、調子が悪くなった洗濯機の様子を見てみたり、たまってきた郵便物の内容を

確認したりして過ごした。

今日、WESTEXPRESS銀河の指定席は新宮~御坊駅間を確保。
そのために新宮駅へ移動しなければならないのだが、南紀末端区間のローカル列車は

極端に列車本数が少ない。
私が紀伊佐野駅で下車したのは午前10時22分。そして次の新宮行きローカル列車は、

午後2時すぎにしか無い。
14時ちょうどに新宮駅を出発するWE銀河に、列車で向かう手段が無いのである。

そこで、今日は自宅近くから新宮駅前までバス移動することに。
新宮駅と紀伊勝浦駅間は30分に1本程度のバス便がある。
実家到着後すぐに最寄りのバス停に行き、時刻表をスマホで撮る。
12:48発の新宮駅行きバスは、1分ほど遅れてやってきた。
思えば、地元の路線バスに乗ることなど、もう何十年ぶりのことだろうか、

などとふと考える。

 


思ったよりもたくさんの乗客が座っていた車内であったが、ここにも多くの

外国人観光客さんたちの姿。
皆、市内速玉大社前のバス停で下車していった。

終着の新宮駅前バス停で降り、駅横の踏切で横切る列車にシャッターを切っていき、

そして乗車するWE銀河編成がその踏切を通過するのもファインダー越しに見たあと、

私も駅へ向かう。

 


 

今日の指定席は、海側の2A。だけど天候は回復せず海の色はグレーっぽい。
私は早々にノートパソコンを取り出し、まわりの風景もそこそこに、ここまでの記事を打ち込んだ。
列車はもう、紀伊浦神駅を通過している。

串本駅と周参見駅の長時間停車は列車を降りていつもの撮影タイム。

 

 


 

特急くろしお号60周年記念イベントとして最近、特急列車のラッピング

など実施されてるのだが、その一環で先日から、特急くろしおに乗務する

車掌さんの制服が当時のものを模した白いスラックスで乗務しているらしい。
そして、今日の銀河の担当車掌さんも、その白い制服姿をしている。
不肖、人に声をかけて写真を撮らせてもらう、なんてことをしたことが

ほとんど無い私。
周参見駅停車中に最後尾車両に行き、思い切ってその車掌さんに銀河と並んで

の撮影をお願いしたところ、快諾いただき、自身渾身の(笑)1枚を撮らせていただいた。

 


まぁ、アングルや天候など関係なく、あくまで撮らせていただいた車掌さんの

制服姿だけは切れないようにとファインダーをのぞきながら1枚だけシャッターを押した。

周参見駅では、ひさしぶりにドリップコーヒーのパックを相方への土産に購入し、

自身もホットコーヒーを注文し車内でいただく。

周参見を出発したあとは白浜・紀伊田辺に停車するが、どちらも停車時間が短い。
三たびカバンからパソコンを取り出し、高橋幸宏の楽曲を聴きながら、

串本からここまでのことを書き綴る。



自身、今シーズンのWE銀河「乗り鉄」は今日で最後になる。
今シーズンは、2カ月ちょっとの運行期間内に、3度の乗車機会を得ることができた。
季節運転のシーズンが終わってしまう度に、来期はいかに?と危惧しながらも、

今期も、この117系の「末裔」に乗り、地元紀州路と時間を共にする時間を

得ることができてとても良かった。
車両の老朽化を否めない国鉄末期の車両ではあるが、その人気故に、来期もまた、

この路線に復帰してほしいと深く願ってやまない。
朝来駅での運転停車から動き出し、列車は紀伊田辺駅へ向け快走を続けている。
紀伊田辺駅から私が下車する御坊駅までは、複線区間をノンストップ。

すぐに到着してしまうだろう。
紀伊田辺駅を前に、私はシーズン最後の乗車を楽しむため、

パソコンをかばんにしまおう。

 



 

JTB時刻表 の巻末に、「たいむてーぶる 」という読者投稿欄があった頃。
北海道旅行に行った記事を書き投稿し、採用してもらった。
2000年10月号 は、一生モノの宝物。

 

 

・・・と、インスタグラムに昔の記事を書いた。

中身は、当時ひとり旅したときの感想、みたいなことを書いて送ったもの。

リクエストに応え、また自身の忘備録にも、と思い、今日は文面と表紙を

スキャナで取込んだ。

 


 

 

便利なもので、取り込んだ画像は、GoogleDriveを通し、文面をテキストで

拾いあげてくれる機能が。

 

憧れの北海道鉄道旅行

 

 学生時代に憧れ、でも成し得なかった、 夢の北海道旅
行に出かける機会を得た。 約1カ月の旅程の最後には、 
『北海道フリーきっぷ」を駆使しての、 一週間の 『鉄道
旅行』を敢行した。
 学生時代に憧れた北海道の鉄道は、赤字路線の撤廃が
あり、もはやその路線跡を車で見て歩くほうが多く、全
線乗車も一週間であり余るのが残念でもあったが、 そこ
には北海道特有の条件の厳しさがあったに違いない。 そ
の一端が、近年公開されたテレビドラマや映画に、よく
見られるようだ。
 昔のように、 鉄道車両を求めて乗り歩く事も、車両の
近代化・画一化が進む現在、 その関心も薄れようとして
います。 ただ、 北海道の大地に轟々と走るディーゼル車
両には、学生時代に追い求めていた鼓動を呼びさまされ
た気持ちです。
 時代が変わり、ノートパソコンを持ち歩き、 モバイル
をしながらの鉄道の旅に、 JR北海道のスーパー編成の
グリーン車は、100Vの電源が付いていて本当に有難い
ものでした。 多くの乗客のニーズに対応し、発展のある
鉄道として、頑張ってほしい。
             (和歌山県※※市 GOMARZ2000)