Gomarz Blog Life

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盆栽を育むような、楽しみ。(^^

2026/4/12 津山行き

 

青春18きっぷが連続日程でしか使えなくなり、オークションなどでの購入も困難と

なったこともあり、高齢となってしまった自身単独で「乗り鉄」を楽しむ機会が

ほとんどなくなってしまった。
一昨日、JR西日本のネットニュースで、今期もまた、きのくに線南紀方面への

WESTEXPRESS銀河運転がアナウンスされた。
この夏もまた、”推し”の水曜日指定席獲得に向けての楽しみと乗り鉄の楽しみが増えた。
さて、本題はここから。
今朝、御坊駅始発の和歌山駅行き列車から乗り継ぎ、現在、和歌山駅発6:28天王寺行き

快速列車のシングルシートに座り、ノートパソコンを開けてひさしぶりにテキストを

打っている。
列車は、もうすぐ発車。
今日は、これから岡山県津山市に行く予定。
「津山まなびの鉄道館」の扇状庫に保存されているディーゼル機関車DF5018に、

この土日限定で、かつて紀勢本線を走っていた寝台特急「紀伊」号のヘッドマークが

取り付けられ展示されるという。
自身、この寝台特急の活躍末期に、この列車の存在から鉄道趣味に没入した経緯も

あったため、この知らせにココロを動かされてしまった。
かつて華形であった東海道筋などの長距離ブルートレインを牽引する機関車には

誇らしげに取り付けられていた丸い形のヘッドマーク。
南紀に向かう「紀伊」号の機関車にそれが付くことはイベント時以外無く、今回

取り付けられるものは、亀山から借りてきた「実物」が取り付けられているらしい。
津山にあるDF5018は、生粋の四国在籍車でブルートレインの牽引歴が無い機関車

ではあるのだが、それでも今では2両しか現存しない保存機関車へのヘッドマーク

取り付けイベントは、私を動かす十分な動力源となった。
御坊からは遠方となるため、イベントに合わせ、他の楽しみもスケジュールに加えた

ゆっくりとした訪問としたかったのだがそれは叶わず、日曜日の日帰り行程となってしまった。

 


予定は、添付ファイルのとおりで、このあと天王寺で列車を乗り換え、大阪駅から

高速バスで津山に行く予定にしている。
乗り継ぎ時間があまりなく、乗り継ぎがたいへんかもしれないけれど、往路はぜひ

スケジュールどおり運行され定時に津山に到着できるよう願っている。
DF50の屋外展示イベントのみをターゲットに行程を組んではみたものの、

片道約6時間の移動。
何かもうひとつ楽しみを、と思い考えたのは、帰路。
往路と同じく高速バスを選択すれば費用を節約することができたのだが、あと数年で

引退するという500系新幹線に乗っておきたいと思い時刻表を検索しながら帰路の

行程を組んで、こだまの指定席を確保した。
列車は、日根野駅に到着。そろそろ、車内のシートが埋まってきた。
高速バスは車酔いになる恐れがあり、そして現地イベント見学中は撮影に夢中となる

だろうから、次にこの画面を見ながらキーを叩くのはおそらく帰路の列車内になると思う。
朝、御坊駅を出発してすぐ読み始めた喜多嶋隆の文庫本に持ち替えることにします。

そのあと、パソコンの電源を入れたのは、津山から岡山へ向かう列車の中。
乗客で混み合っているかと思ったが、2両編成の国鉄型気動車の車内では今のところ

ボックス席を占有させてもらっている。
岡山までの乗車が、1時間半近くあることを知って、キーボードに向かうことにした。

和歌山からの快速列車は天王寺駅2番ホームに到着。そして次に乗る大阪環状線を

走る大和路快速列車は17番ホームから出発する。
駅の北端ホームから南端ホームへの移動である。
速足気味で歩く都会の人たちに歩調を合わせ、私も連絡橋を急ぎ無事、次の列車に

乗ることができた。
ひさしぶりに乗車する221系電車、なのだが、着座していることで精いっぱい状態で、

大阪駅まで移動した。
大阪駅には、約2分延着の7:54頃に到着。高速バスターミナルへは中央改札口を出て

左折し直進したところにあることを調べていたので、その通り移動すると、なるほど

正面の停留所には高速バスらしい車両が並んでいた。
時刻にして7:58。なんとか間に合った・・・かと思ったが、電光掲示板に示された

バス乗り場は1番。
私がたどり着いたところはずっと後方の7番乗り場あたりだった。
ホーム番号の若いほうへ小走りで移動していくと、1番乗り場で改札をしていた。

手荷物を車体下に置き、指定席へ向かう。
座席を予約したときはまだ、空席のほうが多い状態だったが、発車間際の車内はほぼ満席状態。
私が座った窓側7Dの座席のまわりにも、学生らしき若い女性客が、ぎりぎりで

予約したのか通路側に分かれて座ってしゃべり合っている。
津山までずっとこの混雑が続くのか、と少しげんなりしていたのだが、兵庫県を越えた

あたりからはこの学生さんたちも含め乗客は半減し、私の隣も空いて楽な状態となった。

 

 


 

桜の時期は過ぎてしまった感があるが、原生林が広がる山陽の山並みは木々の新緑が

綺麗で、山と空の雲模様を眺めながら、津山までの時間は過ぎていった。

高速バスがJR津山駅に到着したのが午前11時25分頃。高速道路の工事渋滞の

影響などもありこれは仕方ない。
駅前のバスターミナルからは、見慣れた景色の中一目散に津山まなびの鉄道館へ歩を進めた。
津山線の線路沿いの道を南下するのだが、そこに建つ古い空き建物が崩落する危険が

あって道路が通行止めとなっている場所があった。
そんなところを小迂回して、無事目的地に到着した。

 


目的のディーゼル機関車「DF5018」は扇状庫から出されターンテーブルの向こう側、

ちょっと遠方にもう1両のDE10型ディーゼル機関車とともに、鎮座していた。
そして、ターンテーブル手前にはすでにたくさんのギャラリー。

 


DF50と、紀伊をキーワードに集まる輩は、私のような還暦かそれ以上の年代であろう。
他にもたくさんの家族連れでにぎわっていた園内だが、ターンテーブル周りを陣取って

いた人達は皆、似たような年代だった。

 


ターンテーブルにDF5018を載せ、ターンテーブルを一周する披露の1回目が行われ、

同じようなイベントを午後1時からも1回行われた。

 


同様のイベントは私も以前にここへ来て堪能しているのだが、今回は機関車の顔となる

場所に寝台特急「紀伊」のヘッドマークが取り付けられているということ。

 


DF50+紀伊という組み合わせは、私のように実際にDF50が牽引するブルートレイン

「紀伊」を見ながら鉄道趣味の道を歩んできた者にとっては見逃せない話題だった。
DE10に押されターンテーブルに乗り、目の前に「紀伊」のヘッドマークを冠する

DF50の顔つきは、凛々しささえ感じられるものであった。

 


園内をあちらこちら移動しながら、たくさんシャッターを切り、そして2回目の

イベントが終わる頃にはお客さんの数も半減した。
私も、その姿をギリギリまで見ておこうと、イベント終了後に機関車からヘッドマークが

外されるその時間まで、DF5018に向き合っていた。

 

 


そして午後2時すぎになって、ようやくその場を後にし、帰路につく。

レンズやノートパソコンなどなどを詰め込んで重くなっていたリュックが、イベントで

デジカメのレンズを雑に交換したりするものだから、持ってきた荷物が入らなく

なってしまいそうな状態に。
津山駅で、列車の発車時刻に30分ほど時間があったため、駅前のベンチに座り込み、

一旦リュックの中身を総て出して、帰路に必要にならないであろう品目から順に、

リュックに並べて放り込んでいった。
昼食をとっていなかったので、駅構内にあるコンビニでおにぎり2個とお茶を購入し、

それらもリュックに入るほどには片付いた。
14時35分、定時に列車は津山駅を出発し、私はリュックからおにぎりとお茶を

取り出し遅い昼食をとる。
そしてそのあとこれを取り出して、ここまでのことを書き加えた。
昼くらいまでの快晴はなくなり、空は雲に覆われてしまった。
懐かしいディーゼル音と、ほんのり独特な暖かさが漂ってくると国鉄型気動車に

乗っているなぁと実感する。
列車は、牧山駅に到着。岡山まであとどのくらいなのだろうか。。。

とにかく、津山での時間はほんとうに行って良かったと思う。
今度は、津山線の撮影も含めゆっくり時間がとれればとも、この列車に乗り風景を

見ながら感じている。

岡山駅では、8分の乗り継ぎ時間で新幹線に乗り換え中ればならない。
このあとのことはまた特急くろしおの車内あたりで書ければ。。。
と、いうことでふたたびパソコンの電源を落とすことに。

三度目は、特急くろしおが大阪駅を出発したあたり。
新大阪駅で買ったカ~ルを列車に着席してすぐにほおばっておなかを満たしたあと。

岡山駅のひとつ手前駅で外国人らしい人を含む大勢の乗客が乗り込んで、

終点岡山駅で降りていった。
津山線の狭い階段通路をゆっくりと歩く人々を追い越すことはできず、

少し焦りながら私は新幹線乗換口へ急いだ。
ホームへの階段を上がり、列車に乗り込む前に8号車先頭部をコンデジでパシャリ。
そして6号車指定席の座席番号13Dへ。
こだま924号は、週末を中心に500系新幹線が使われているようで、

私もネットで調べてこの列車に乗ることに決めていた。
8両編成の中で唯一指定席の6号車指定席車は、かつてひかりやのぞみで

活躍していた時代にはグリーン車であった車両。
もう、幾度かこの「格落ち指定席」に乗車しているが、機会があれば、やっぱり狙ってしまう。

相生駅で、2本の後続に追い越される長時間停車では、またホームに出て先頭部の

カッコイイ「顔」を記録。

 


それ以外は大きくてシート厚の深い元グリーン車シートに座り、乗り心地と、次は無いかもしれない機会を堪能してきた。
それでも、津山~岡山間より短い約1時間の快適乗り鉄はすぐ終わってしまい、

終点新大阪駅到着のアナウンスののち、駅ホームに静かにすべり込んだ。
往路行程を節約していったぶん、復路はふつうに、と考え新大阪からは特急くろしおに

乗り継ぐことにしていた。
新幹線の車内でスマホから新大阪発18:15の特急くろしお指定席を予約。
新大阪駅では乗り換え時間に余裕があったため、500系こだまが折り返し

新大阪駅を出発するのをホームで見届けてから乗り換え口へ向かった。

 


新幹線コンコースは、私が普段利用するローカル駅には全然ない人混み。
自宅向けに手土産、そして自分がこのあと特急の車内でつまもうと、飲み物と

駄菓子2品を購入し、乗り換え口を経て特急くろしおが来る2番ホームに降りた。
和歌山方面から遅れて到着した特急が回送列車として出発したあとすぐ、

京都方面から乗車する289系の特急くろしおがやってきた。
予約した4号車7番D席に着座し、早速購入した駄菓子のひとつを平らげ

おなかを満たした後、カバンからノートパソコンを取り出してキーボードに向かいはじめた。
東貝塚駅を通過する頃には、ここまでの文章を綴り終わっている。

天王寺から隣の席に乗客。なのでパソコンは日根野あたりで電源を落とし、

しばらくは飲み物を頂戴しながら外の景色を眺めていた。
今回は目的がハッキリしており、また普段使わないルート選択やイベントを

経ていたためキーボードからの書き込みも比較的スムーズに終わった気がする。
列車は、海南駅を出発してもうすぐ箕島駅に到着する。
今日の旅程のラストスパート。
自宅に無事たどり着き、明日からまた仕事頑張ろう。

朝、阪神淡路大震災慰霊の報道番組を見ながらの画像編集をしていた。

当時はその地でも活躍していたであろう、元祖、新快速列車の117系近郊型電車。

今はもう、7000番台に改造されたWESTEXPRESS銀河の編成が残るのみで

一般営業車両からは引退」してしまっている。

自身、鉄道趣味を意識しはじめた1980年頃にデビューし、永きにわたって

関西で活躍してきた車両だけに、活躍末期のデジカメ時代にはたくさん撮影してきた。

インスタ用に編集した写真を、ここにもアップしておく。

 

1枚目は、#和歌山色 。

和歌山地区のローカル運用に転用された際に、専用色となって再デビュー。

 

 

2枚目は、活躍末期の#和歌山色 。

塗装作業の簡略化などから、各地の国鉄型近郊車両は「単色の地域色」となっていった。

和歌山地区は、水色。

 

 

3枚目は、#京都色 。
末期に琵琶湖線や草津線で活躍していたが、夏の天理臨 ではきのくに線でも見ることができた。
 

 

4枚目は、#岡山色 。
自身の仕事の都合があり、少しの間新倉敷界隈で撮影機会を得ることができた。

4連×2で走る姿はやっぱり壮観。

 

 

5枚目は、#原色
きのくに線界隈には天理臨して、当時唯一残った原色編成のT1編成がやってきたことが貴重な撮影記録となった。

コンデジ時代に湖西線や草津線でも撮影していた。

 


ラストは、#WESTEXPRESS銀河 。
もう、語るまい。この編成がいつまでも活躍してくれることを想い止まない。


自身もう、フィルムカメラ歴よりもデジタルカメラ歴のほうが長くなってきた。

20年前、紀州鉄道沿線で撮影した当時現役だったキハ603。

 

 

同じ場所で昨日、その日運転していたKR205を撮影した。

 

 

そしてその2枚をパソコン上で”切り貼り”してみた。

 

 

こんな芸当が、自身パソコン上でできてしまうのが、なんだか不思議。(^^;

愛車、CR-Z。

購入後、大きな故障もなく快適な運転をしてきたんだが、最近になって

寒くなってきたせいもあるのか、夜間、オートライトを点灯させた状態で

エンジンを始動させようとすると、機器点検の表示が点灯し始動できず、

しばらく経って再始動してようやくエンジンが始動してくれるといった症状が。

木曜日の帰社時にはとうとう、バッテリー切れのような始動状態となり、

このまま車を職場に置いて帰宅?と危ぶまれたがヘッドライトを消灯して

かろうじて始動ができ無事に帰宅。

その後はオートライトを使わず、始動時にはヘッドライトを消しすことに。

それでももう、バッテリーの劣化は目に見えているので、思い切って交換することに。

DIYで交換、と思いユーチューブで動画検索してみると、バッテリーを交換

する際に、車の電子部品への電流を断ち切らせないためにひと工夫が必要らしい。

ホームセンターでバッテリーを購入した際、そのための機器も販売されていたので

一緒に購入した。

 

 

バッテリー交換作業は何度か経験済みだったのだが、端子を外す前に買ってきた

機器を端子に結線してから交換し、新たなバッテリーへの接続を終えてからその

機器を外して完了。

 

 

 

 

 

エンジンも無事再始動し交換作業を終えることができた。

 

 

ちょっとした手順の違いも、ネット動画で簡単に知ることができる、いい時代。

 

朝に降った雨で、今朝の愛犬の散歩はクルマに乗って歩道付きトンネルへ。
早い時間の出勤の相方を見送ったあと、私も出かける準備。
自宅を出発する頃には雨があがり、私はクルマでの移動をやめ、

スクーターに乗って駅を目指す。
雨で濡れた路面は重い体重の私が乗るとたいそう不安定になる。
法定速度・・・くらい・・・の低速で、ゆっくりと駅に向かう。
クルマだと500円する1日駐車料金を、スクーターで150円に、

節約するために。(^^;

御坊からは、いつもの始発列車に乗り南下。
紀伊田辺で乗り換え、朝来駅で通学の乗客が降り、そして白浜駅からは

外国人観光客の方々が乗り込んでくる、
私がこの列車を利用しはじめ、そしてブログにこの記事を書き始めて、

ほんとうに、たぶんいつもの状況が今日もあるんだと感じる。
紀伊富田駅での特急列車との交換待ちの間にノートパソコンを取り出し、

今日はこれにヘッドホンを差してパソコン上でB’zの楽曲を聴きながら、

ここまでの文面を書き上げた。
列車は、椿駅を出発し、紀伊日置駅までの山間部を走っている。

今季のきのくに線WESTEXPRESS銀河の運転は、今月いっぱい。
ひと月前、今シーズン最後の乗車機会にと、ネットで座席予約をしていた。
前回に引き続き見事、海側指定席をゲットできていた。

月初め、実家所用で有給をとり、クルマ移動で実家に行ってきた。
10月に入ってもまだ、寒暖差激しい気候が続き、長袖半袖、上着の選択が日々難しく、
そのときも朝着て行った長袖シャツが昼間は暑くて実家で脱いで過ごし、

そのままそのシャツを置いてきてしまった。
今日は、WE銀河の今シーズン最後の乗車と、シャツ持ち帰りの2つの目的のための

移動、なのである。(^^;

列車は、もうすぐ周参見駅に到着する。
持ってきた、喜多嶋隆の小説は、たぶんあと30ページくらいで読み切る。
このあと、串本あたりまででちょうど読み切ってしまうだろう。
一旦パソコンを閉じ、視線を小説に切り替えることにする。

その予測どおり、小説は串本駅のひとつ手前の紀伊有田駅を出たところで読み終えた。
読書をする、ということはあまりしない私なのだが、なぜか「乗り鉄」のお供に

喜多嶋隆の小説を携行し愛読している。
列車に乗っている時間以外にその本を開けて読むことはほとんど無く、私的には

「青春18きっぷ」と「喜多嶋隆の小説」がセット。
20代の頃、ふと立ち寄った書店で買った氏の1冊の小説が、もうすぐ60歳に

なろうとしている私の生涯の愛読作家になるとは、そのときは思いもしなかったのだが。。。

さて、しばらくして列車は串本駅に到着した。
いつも、対向にやってくる特急列車をしばらく待っての出発なのだが、今日は

もうその列車が1番ホームに停車していた。
私が乗っている列車が、途中で下車した乗客との運賃支払いのトラブルかなにかで

ひどく遅れていた。
乗降扉が開き、乗客が入れ替わると、向かいの特急列車もこのローカル電車も

すぐに駅を出発した。
スマホで運転状況を調べてみると、串本出発でも5分ほど遅延している状況のよう。

朝の降雨をギリギリかわしてバイク移動してきたが、紀伊半島を迂回しここにきて

また空模様が怪しい。
普段の生活で傘を使うということがあまりないため、今日も傘は持ってきていない。
折り畳みの傘なども、持ってないが、今日はどこかで買わなきゃいけないかもしれない。

・・・と、ここまで書いて私はパソコンをかばんにしまい込む。
白浜から乗車してきた外国人観光客の方々も、紀伊勝浦や那智駅でそれぞれの

グループごとに下車していった。
私も、紀伊佐野駅で下車、そして霧雨の中実家へ歩をすすめた。

実家での用事は、先日忘れたシャツを取りに行くだけのこと。
シャツだけ持って、そそくさと移動しようと思っていたのだが、普段はゴルフ練習で

忙しい親父だったが、今日の荒天ではさすがに練習の集まりが無かったらしく、親父は実家に居た。
こんな天気だったので、外に行くことも億劫となり、結局、昼食をとって午後1時前まで実家に

滞在し、調子が悪くなった洗濯機の様子を見てみたり、たまってきた郵便物の内容を

確認したりして過ごした。

今日、WESTEXPRESS銀河の指定席は新宮~御坊駅間を確保。
そのために新宮駅へ移動しなければならないのだが、南紀末端区間のローカル列車は

極端に列車本数が少ない。
私が紀伊佐野駅で下車したのは午前10時22分。そして次の新宮行きローカル列車は、

午後2時すぎにしか無い。
14時ちょうどに新宮駅を出発するWE銀河に、列車で向かう手段が無いのである。

そこで、今日は自宅近くから新宮駅前までバス移動することに。
新宮駅と紀伊勝浦駅間は30分に1本程度のバス便がある。
実家到着後すぐに最寄りのバス停に行き、時刻表をスマホで撮る。
12:48発の新宮駅行きバスは、1分ほど遅れてやってきた。
思えば、地元の路線バスに乗ることなど、もう何十年ぶりのことだろうか、

などとふと考える。

 


思ったよりもたくさんの乗客が座っていた車内であったが、ここにも多くの

外国人観光客さんたちの姿。
皆、市内速玉大社前のバス停で下車していった。

終着の新宮駅前バス停で降り、駅横の踏切で横切る列車にシャッターを切っていき、

そして乗車するWE銀河編成がその踏切を通過するのもファインダー越しに見たあと、

私も駅へ向かう。

 


 

今日の指定席は、海側の2A。だけど天候は回復せず海の色はグレーっぽい。
私は早々にノートパソコンを取り出し、まわりの風景もそこそこに、ここまでの記事を打ち込んだ。
列車はもう、紀伊浦神駅を通過している。

串本駅と周参見駅の長時間停車は列車を降りていつもの撮影タイム。

 

 


 

特急くろしお号60周年記念イベントとして最近、特急列車のラッピング

など実施されてるのだが、その一環で先日から、特急くろしおに乗務する

車掌さんの制服が当時のものを模した白いスラックスで乗務しているらしい。
そして、今日の銀河の担当車掌さんも、その白い制服姿をしている。
不肖、人に声をかけて写真を撮らせてもらう、なんてことをしたことが

ほとんど無い私。
周参見駅停車中に最後尾車両に行き、思い切ってその車掌さんに銀河と並んで

の撮影をお願いしたところ、快諾いただき、自身渾身の(笑)1枚を撮らせていただいた。

 


まぁ、アングルや天候など関係なく、あくまで撮らせていただいた車掌さんの

制服姿だけは切れないようにとファインダーをのぞきながら1枚だけシャッターを押した。

周参見駅では、ひさしぶりにドリップコーヒーのパックを相方への土産に購入し、

自身もホットコーヒーを注文し車内でいただく。

周参見を出発したあとは白浜・紀伊田辺に停車するが、どちらも停車時間が短い。
三たびカバンからパソコンを取り出し、高橋幸宏の楽曲を聴きながら、

串本からここまでのことを書き綴る。



自身、今シーズンのWE銀河「乗り鉄」は今日で最後になる。
今シーズンは、2カ月ちょっとの運行期間内に、3度の乗車機会を得ることができた。
季節運転のシーズンが終わってしまう度に、来期はいかに?と危惧しながらも、

今期も、この117系の「末裔」に乗り、地元紀州路と時間を共にする時間を

得ることができてとても良かった。
車両の老朽化を否めない国鉄末期の車両ではあるが、その人気故に、来期もまた、

この路線に復帰してほしいと深く願ってやまない。
朝来駅での運転停車から動き出し、列車は紀伊田辺駅へ向け快走を続けている。
紀伊田辺駅から私が下車する御坊駅までは、複線区間をノンストップ。

すぐに到着してしまうだろう。
紀伊田辺駅を前に、私はシーズン最後の乗車を楽しむため、

パソコンをかばんにしまおう。