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森川プラスのブログ

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日本に 戻ったら 退屈な 学校生活はまるで 受刑者の よぅだった。


受験戦争にむけた兵士の養成所にしか思えなかった。


頭の中は 常に オレゴンのことで いっぱぃでした。


『あぁ、帰りたい。』『あぁ、帰りたい。』…


そればかり 考えていた。


心 ここに あらず。

英語の授業と 部活(バスケ)だけは 大丈夫だったっちゃ。

クラスのみんなへの 御土産は ワンペニィ。1セント硬貨を 配った。

英語の先生には 発音に なまりが ある。 って 誉められたゼ!

しゃあないやん、田舎に おったんやから。 ニュウヨォクやロスエンヂェルスと ちゃいまんねん。


日本は 親子で キャッチボォルするけど 米国では ガレッジにバスケのゴォル (リング)があって


ポピュラァだから かなり上達したで~♪

エキセントリックなシュウトやフェイントを覚えて 部活だけは 楽しかった。

当時アメリカで大人気だった ガンズンロォゼズの音楽が 最高にクゥゥルだったから 教室の机に

ピストルと薔薇を描いたり ファ○キングクレイジィ ってロオマ字で書いたりしながら 授業中

あの娘の ことばかり考えていた。 文通してたんだ。 彼女やファミリィと。


手紙が届いた時、少年は 生き返った。

魂は 完全に 宙に 浮いていた。


彼女とは 月日と共にフェイドアウトしてしまう訳なんだけど、クリスマス

シャネルの口紅を送ったら メチャクチャ 喜んでくれて 嬉しかった。

そんな訳で オレゴンへのホォムスティは 僕にとって ものすごい

影響を与えてくれた 貴重な体験となったのです。


オレゴンから愛 ってドラマは観てないけれど、

たくさんの 愛を ありがとぅ!


そして ひとつ年上の美しぃあの人、青春を ありがとぅ!