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毎日が実験。人の気持ちがわかる人になるブログ

人の気持ちがわかるようになりたい人に教えています。
趣味はビールを飲むことと、和服を着ることと、自分の子を観察すること。
聴くチカラ検定の開発担当。

アイコンママブロネタ「子どもの病気・アレルギー」からの投稿


木曜夜に嘔吐があった娘2ちゃん。

金曜は遠足だったんですが、
到着早々熱を出してお迎えに呼ばれました。

土曜の今日は、熱も下がってそこそこ元気も戻ったんですが、食べると吐いちゃうので本日病院に。
ケトン体が出てるって。。。
先月、タイに遊びに行って戻ってからずっと、発表会のお稽古が続いている上に、
入学準備で保育園の御昼寝がなくなってるんですよね。



要するに、疲れによるおなかの風邪で、嘔吐が続いたので脱水状態のようです。
今朝は、トゥルシーとクミンシードをグラグラしたお茶と大根おろしで炊いたおかゆ。
トゥルシーとクミンシードのお茶は、飲むとおなかが痛いのが和らぎますよ~。

おやつには焼きりんごに、クローブとメープルを少々。


夜はうどんです。
嘔吐があるときは動物性のものは避けます。かつお節も牛乳もダメ。
ということで今日は、がごめ昆布と干し椎茸の出汁に、海苔・豆腐・大根をぐつぐつ。
真っ黒でフォトジェニックとは言えませんが、よく食べてましたー。




結局、わたしが長年追求してきたのは、

「人の気持ちを知る」こと。


わたし、どうやら空気が読めないようなんです。

でも人の気持ちはわかる。


いわゆる「同調圧力」のような空気を理解することと、

誰か特定の人の気持ちを理解することは別なんです。


そんなの知ってるよ、という人は、

たぶん、空気が読める人。

なのに、人の気持ちがわからなさすぎて苦悶したり諦めたりしてる人、かな?


わたし自身は、空気を読むって、比喩だと思ってたんですよ。

同調圧力っていう言葉は知ってるけど、

個人の受け取り方だって思ってた。

反発か無関心かで誰も手をあげない教室で、

自分だけ賛成だったら平気で賛成するわけです。


こういう場面で、

「いつも声の大きいあの子と威張ってるあの子が、不満な顔をしているな」とか「数人が居心地悪そうに下を向いている」とか、

観察でわかることで、多くの人の気持ちを「推察する」ことはしているんだけど、

これと空気を読むことって、厳密には違うみたいなんですよね。


だから特に集団の場の空気で「重~い雰囲気だったね」とか言われて頷くけど、

実はそんなにピンときていないの。


でも、わたしは観察が昔から好きなんです。

行動やその人が使う言葉や、人と人の関係性(好きか嫌いか、主か従か、上か下か)っていうのに反応して、データとして蓄積されていく。


たぶんわたしだけじゃなくて、

空気を感じる人と、人の反応を観察によって理解する人の二種類がいるんだと思う。


これは逆に言うと、

人への観察力が高くて個々の気持ちを理解しやすい人と、

空気は感じるけど人の言葉とか行動とかから意味を推察することに不慣れな人がいるってことでもありそう。


カウンセラー育成をして10年くらいになるけど、

個人の気持ちを理解することがすごく苦手な人っているんです。

でも空気は読もうとする。本当に読めてるのかは、わたしにはわかりませんけど。


スピリチュアルな人と付き合うと、

確かに空気から「良いもの」「悪いもの」を感じるっていうことってありそうなのよね。

そういう人には、言葉や観察力はもしかしたらあまり必要ないのかもしれない。


というか、「人の気持ちを理解する」という方法以外で、

相手に良い影響を与えることができるなら、

人を理解するっていうプロセスもそんなにいらなくなっちゃうかもしれない。


わたしも、多少スピリチュアルな勉強とか興味あってかじったけど、

でもやっぱり何か「感じる」ようになる気がしない!

不感症か?!と思うくらい、よくわからない笑


わからないだけで、何かできていることがあると言ってくれる人もいるんですが、

やっぱり自分がわかるようになりたいので引き続き修行することにして、

お仕事としては観察と言語感覚を磨いて「人の気持ちがわかる」を追求していきたいと思いまーす。


facebookでも、
聴くチカラで人を助ける」というページをつくりました。

ブログのサイドバーにもリンク貼ったよ。

プチ工事。


厳密に言うと、

わたし自身のモチベーションは、

自分の聴くチカラで人を助けたいというよりも

聴くチカラを磨いて人を助けたい人を、育てることに向いているんだけどね!


人の気持ちがわかると、人生楽しいよ。

結果的に、人を助けることになったら、それもいいよね。


わたしが教えているのは、

「ことば」を通して人の気持ちがわかるようになるスキル。


人は言語で思考する生き物なので、

ことばとして表現されるのは「気持ち」というより「考え」。

でも、考えと一緒に、実は気持ちつまり感情の断片が表れていて、

わたしたちはそれを読み解くトレーニングを日々重ねているのです。


気持ちを言語化すると、

より多面的に自分がわかるようになります。

カウンセラーはクライアントのことばをよく聴いて、

感情を言語化するお手伝いをします。


カウンセラーは、人の感情に対するセンスを磨く必要があり、

トレーニングの過程で自分の気持ちもわかるようになります。

同時に、開かれた自分でないと人の内面に触れることが困難になるため、

自分を開くことにもチャレンジし始めます。


ってことで、聴くチカラをつけると人を助けられるだけでなく、

もれなく自分を助けることにもつながります。


このブログでは、今年は、

人の気持ちがわかるようになりたい人に向けて記事を書いていきまーす。


心理の業界には昔からいる、

そして最近は児童発達の関係でたまに接する福祉業界にもうじゃうじゃといる、

自己犠牲の精神が過ぎる人。


いい人すぎて、苦言を申し上げる気も、なかなか起こらないですが・・・

でも、自分を大事にできない人はほんとの意味では人を大事にはできないですよ。

わかっててやってる人は、悪くはないけどね。

人生の修行という意味でね。


わたしだったら、そういう人に癒されたいっておもわないっていうだけ。

ノーサンキュー。


これを裏返すとさ、

癒されたい人は、自分ってかわいそうな人、って位置付けじゃない?

それを手伝う癒したい人は・・・さもありなん。



自分を探したい、の人は、

こわがりさんが多いかな。

だって、普通に生活して、自分の役割を果たしてたら、

自分がなんなのか、どういう人間なのか、何が好きで何が嫌いで、

どうやって世の中の役に立てばいいのか、

ヒントはいっぱい集まってくるはずでしょ。


わからないってことは、トライが少ないってこと。

傷つくのがこわいと、

安全で無難な場所にずっといちゃって、

自分についての判断材料が少ないよね。


人に迷惑かけちゃいけないって、強く思うのは日本人的で美しいところもあるけど、

迷惑かけてもお互い様っていう美しさもあるんだよ。

少しくらい嫌われても死にゃーしないんだから、

人生トライしまくってみるほうがおもしろいんじゃないの。



対人援助職として、勉強したり仕事してる人は、

まがりなりにもそのこと、つまり自己肯定感が低い自分のことはわかってるはず。

でも、目を背けてるのかもしれないね。


何年も続けてきて、そろそろちゃんと自分に向き合いたいなって思ったら、

わたしのところに来てね。


自分の心理カウンセラーとしての立ち位置を、

よく考えています。


大学は心理学科だったんですが、

専攻の理由について当時から周囲と全然合ってないことをわりと、

はっきり知っていたわたし。


その頃は、心理学関係学科乱立の時代と言われていまして、

いろんな大学に心理学科が新設されて、

女子がかなりがっさり入学していました。

文系だったから笑


自分を探したいとか、

人を癒したいという可愛いオンナノコがいっぱい、いーっぱいいました。

あれ、でも社会に出たらとんと見かけないんですけど?

文系女子は軒並み心理統計の授業でこけてたからかなー。


たぶん世の中的にも、まださほど、心理学で就職できる会社少なかったんですよね。

一部の、成績優秀で院に進学した子達をのぞいて、みんな普通の会社員になったんだと思います。


その後わたしは、社内教育とかキャリアカウンセリングとか心理マーケティングを、

会社員としてやりつつ、

週末は大きい産業心理系の団体で修行して、資格を取って、勉強会を主催して、
途中結婚して子どもを二人産んだので児童教育にも軸足を置きつつ、
自営で大学や役所や企業で相談業をしてるわけですが。

細く長く続けていく中で知り合ったいろんなカウンセラーさんたちとも、

「なんでこの仕事をしてるのか」

はほとんど一致したことがないです。


カウンセラーしてて、自分を発見したことはいっぱいあります。

そしてたぶん、たぶんですが、人をスッキリさせたこともホッとさせたことも、
なんならがぁーーーん・・・! くらいの洞察をさせたこともあると思います。たまたまね。(どんだけ修行しても、たまたま感が拭い去れない)


でも、わたしの場合、それは結果であって目的じゃない。

目的は・・・


ずっと変わらず、「人を知りたい」だったなーと思います。

なぜなら、おもしろいから。


自分を知りたい、なぜならおもしろいから。

目の前の人を知りたい、なぜならおもしろいから。

自分の子どもを知りたい、なぜなら超絶おもしろいから!


人ってね、他者からの深い理解を得られると、

他者を通して自己理解と洞察が進み、

迷いや不安が腫れて前に進めるようになるんですよ。


これは心理学の基礎から応用からいろんな教科書に書かれていますし

長年の修行で自分も周囲も実際にそうだった場面に軽く千回くらい遭遇しているので

きっと真実だと思います。


ということはですよ、

おもしろいから相手のことを一生懸命知ろうとすると、

そのことが結果的に相手を助けるわけです。


人を助けることは、わたしの人生の目的ではないんですけど、

でもおもしろくてやってることが、人を助けて、感謝されて、お金がもらえたら最高じゃないですか?


だからどっちかというと、

病気になりそうな人を減らしたいとか

病気になっちゃった人を癒して再出発に付き合いたいとか

パワハラの人に教育しなきゃとか、

そういうのにはモチベーションがもうわかないんです。。。


もともと、なかった。そんなモチベーション。

だって業務設計が「病気」「パワハラ」にフォーカスされてるとね、

マイナスがゼロに近づくことはあるけど、多少ね、

だけどプラスになることはないんです。


教育心理学でも、よく言うでしょ。

短所を治そうとしても事態は良くならないんですよ。

【誰が見てもわかる問題】にフォーカスすると問題は形を変えてずっとそこにあり続けるんですよ。

人を育てたかったら、長所を探す過程で、長所を発揮できないでいる本当の問題を見つけて、その解決にフォーカスしたらいいのです。

組織もおんなじ。


たださ、最初の「本当の問題は何か」の部分をすっ飛ばしてしまうと、

フォーカスも何も焦点がぶれちゃうので、

そこは一緒に追求しようと思います毎回ね。

そしてここが、一番おもしろいとこだと思うんだよね。


だから毎回、相手の話はじっくり聴きます。

人の気持ちがわかるようになる。そして自分もわかるようになる。

この無限のチャレンジを始めると、人生がすごーく豊かになると思うのです。