能登半島地震の被災者の皆様、各地の災害被害者の皆様に
心からお見舞い申し上げます。
昨日の地震でも、SNSには被害の拡大に悲鳴があがっているのに、
公共放送を標榜するNHKでさえ、殆ど報道がありませんでした。
原発問題も、福島では廃炉に向けた作業は先が見えない状態
なのに、柏崎刈羽原発などでも不祥事のオンパレードです。
水俣病もしかり、この国は、多くの議員大臣官僚達がご自分達の
利権を守ることのみに執着し、一般国民・弱者を救うことには
そっぽを向いているという、とんでもなく非情な世界…。
早く、選挙で人として真っ当な政を行ってくれる党や議員を
選び、国民を助けてもらいたい、と切に願います。
さて、簡易な曲でも素敵に、のポイント<伴奏>についてを
お伝えしようと思っていましたが、ネットでちょっと気になる
深~い<つぶやき>に出逢いましたので、今回はそちらを
ご紹介させていただきます。
歌人の俵万智さんが5月27日にご自身のX(旧ツイッター)に
投稿されていたお話です。
去年のツイートが、なぜかまた伸びている。
ちなみに、このとき詠んだ歌がこちらです。
「楽しくじゃなくて正しく弾くんだね」 子に見抜かれる私のピアノ
そして、その去年のツイート(2023年8月4日付)が、
久しぶりにピアノに触れた。小学生の頃は練習が苦痛だった。
しばらくすると、見ていた息子がぽつり。
「お母さんは楽しく弾くんじゃなくて、正しく弾くんだね」
なんでそう思う?
「間違うたびに、弾き直しているから。そんなの気にしなくていいのに」
無意識だったけど、確かにそれが私のピアノだった。
すごい…深い、ですよね。
ピアノを習っている人にとって、ピアノを弾くということは
イコール練習するというのが当たり前のことだと思いますが、
<練習>というものが、まさにこの、間違える箇所を何度も
「正しく」弾けるようになるまで繰り返し弾き直すという…。
そんな練習の状態って「音楽を楽しんでる」とは全然思えない
ですよね…。
でも、練習しないで弾けるなんて、とんでもない天才以外には
不可能で、練習しないと、ちゃんとした演奏には創り上げられ
ませんから、やらざるをえない…。
<練習>について、短大時代の恩師(担当講師)からは、
「白鳥は優雅に泳いでいるように見えるけれど、水の中では
足で一生懸命に水を掻いているのよ」
という名言を頂きました。
あらためて考えてみますと、ピアノって (他の楽器も同様と
思いますが)、<演奏>は最後の最後で、弾いている時間の
ほぼほぼ9割以上が<練習>ですよね。
以前にもお伝えしましたが、<練習は過酷>というお話。
ピアノの演奏をみて見初められ、ご結婚、となったけれど、
夫さんがその<練習>を聞くことに耐えられず、離婚に
なってしまった方がおいでと…。
「ピアノを弾く」ということでは同じことなんだけれど、
<ピアノの演奏>と<ピアノの練習>の違い…。
例えば、歌ならば、ちょっと音程が悪かったり歌詞を間違えても
それでおしまい、ということにはならないように思いますが、
ピアノはたった一音間違えても、はっきりミスとわかって
しまいます。 間違えたら、どうしましょう?
生徒の皆さんには、演奏について(※練習の時は別ですが)、
音楽は時間の芸術だから、演奏を始めたら止まるのはNG。
タイムマシンが発明されてないから過去には戻れないので
やり直せない。
とにかく、もうどうにもならない状態でなければ、片手でも
残って弾けていたら、絶対に止まらないで。
と伝えています。
でも、これはある程度完成して発表会音楽会でご披露するなどの
場合で…一人で弾いてる時=練習中って、どうなんだろう?
ちょっと位変な音が出ても、指が絡まったり少々怪しくても、
弾き飛ばす、ということも可能ですが。
ということで、練習でも「楽しく?」聴こえるように弾くために
出来ることって、なんだろうと考えますと、
楽譜を余裕で読み取り、間違えないで弾ける位のゆっくりさで弾く
というのはどうかしら?と思います。
さて、ここで<ゆっくり>を侮らないでくださいね。
短大時代の恩師から頂いた名言その2です。
「真実(ほんとう、と読んでください)のプロはね、速い曲を
ゆっくりのテンポで弾いても素晴らしい音楽に聴かせられる
ような表現力を持っているのよ」
これですよ、これ! 凄いでしょ?
一音一音を大切に想いを込めて表現し弾いている、という演技?で、
間違えそうになったら、もっとも~っと遅くしたり一時停止したり、
一音一指を確かめながら弾けば、とりあえず弾き直しはしなくて
すみますしね。 いかがでしょうか?
以上、ピアノを弾くこと=練習と演奏について、思う事を
お伝えさせていただきました。
次回は簡易な曲でも素敵に、のポイント<伴奏>について
お伝えしたいと思います。
では、また。