新聞を読んでいた夫が
「なぁなぁ、裸の大将見に行こ」と
言うので
生誕100年を記念した
「山下清展 百年目の大回想」

に行ってきた

 

ほとんど画家の名前なんて知らない夫でも

知っている、おそらく日本で一番有名と

いっても過言ではないんじゃないだろうか

それというのも
野に咲く~~花のように~~~♪
とすぐに口ずさめるほどには
テレビドラマを見ていたからでもある。

佐川美術館
いつ来てもこの美術館は気持ちがいい

 

 

"放浪の天才画家"と言われた山下清(1922-71)

18歳で放浪の旅を始め創作を続けるなか

31歳の時、アメリカのグラフ誌がその画才に注目し、

脚光を浴びるようになりました。

生誕百年を迎えた山下清の生涯にわたる

創作活動を振り返ります。

 

ってことで、小さい頃に描かれた絵から

順に展示してあったので
これは清くん何歳の時の絵? 

とか思いながら見たんですが
ううむ、幼少期の絵で

完全に負けましたわ、私。

 

 

 

小さい頃は吃音が原因でいじめられていた清少年
10歳ごろになると発達障害の様子が現れてきて
益々いじめらていく、そんな清少年の
心を癒やしてくれたのは虫だったようで
細かに観察して描いたり貼り絵をしたりしてるんです。

 

いやーもうねこのカタツムリとかちょうちょが
かわいい。 なんならTシャツとかポーチとかの
デザインにしても良さそうなかわいらしさ。

 

こんな最初でまったりと話していたら

いつ終わるかわからないので進むけど

 

山下清といえばドラマの影響で
ランニングに短パンで
「僕はおにぎりが好きなんだな」
と言いながら日本中を旅して
なんとなく立ち寄ったところで
ちょっとした事件を解決したりして
最後に絵を描いて去っていく

っていう感じなんだけど
実際は旅先で絵を描くことは殆どなくて
帰ってきてから記憶の中にある絵を
貼り絵で表現していたらしい

その貼り絵の技術が段々と進化していくんですよ

 

これは「風呂場」という貼り絵 

清くんが中学生ぐらいの頃かな?

わかります?

体や湯船の中の白い線

湯気なんですよ(笑)

なんだかそれだけのことなんだけれど
すごくかわいい。

 

こちらは「菊」

めっちゃ細かい

周りに蜂が飛んでたりするんだけど

もうね、しばらくこの絵の前で凝視してしもたわ。

なかなかの迫力でしたよ。

 

緻密さと大胆さ

自由なんですよね。

 

夫が一番楽しみにしていたのがこちらの

「長岡の花火」

 

山下清の代表作の一つ
素晴らしかった
細かくちぎった紙で表現していくわけですが
花火の部分はこよりのように細長く丸めた紙を

貼り付けているので立体的
水面に映る花火の様子まで緻密に描写している

何より所狭しと描かれた群衆ですよ。
これは見入ってしまうわー。

清くん28歳頃の作品です。

 

画家として有名になった清くんは

日本のゴッホとも呼ばれるようになって

ヨーロッパにも旅行に行くんですが

その時の作品はおそらく

山下清の最高峰なんじゃないかな

 

「スイスの街」

これ全部貼り絵ですよ。

緻密~~~

色紙を2~3ミリにちぎるらしいですよ

そんな紙、鼻息で飛んでいくわww

 

まるで印象派の絵画ですね。

ゴッホとほら、誰でしたっけ点描画の有名な画家
スーラ? そう、スーラみたいな感じ
そこにゴッホ味も足してきてる。
でもゴッホみたいに狂気は感じないんですよ。

ほがらかさがあるんですよね、山下清
だから、みんな好きなんかなぁ。
 

圧巻なのが「ロンドンのタワーブリッジ」


雲や川の波も全て貼り絵

どんどん洗練されてきている。

色彩感覚だって超人的

その完成度の高さは素晴らしい。

なんかねもう「裸の大将」なんて

呼べへんわーーー。

画伯です、山下清画伯。

 

また、山下清は貼り絵だけでなく

色んなジャンルの絵にも挑戦していて

その中でも本人的にはあまり相性が

良くなくてすぐにやめてしまって

作品数も少ない油彩の絵
これがね、私的にはすごく印象に残ったんですよ。

伊藤若冲をモチーフにしたと言われる

「群鶏」


ゴッホのアーモンドの花をヒントに描いた

「ぼけ」

この絵がとても好き

なんなら貼り絵よりも好きかもしれない

 

それ以外にも

ペン画や水彩画、油絵、どれも素晴らしくて
本当に見応えたっぷりの展来会
じっくり見て回って
気がついたら2時間経ってたわ。
想像以上によかったです。

 

絵に添えるように清の言葉が
ちょいちょい紹介してあって
その文章がちょっとくすっと笑えるんですよ。
忖度とかないんでね。
そのままの言葉、正直な言葉に
ハッとしたりクスッとしたり
脳内で芦屋雁之助がしゃべりだすのよ。

 

山下清の手紙等の文章には句読点がない。
その訳は

「人と話をする時は点やマルとは言わないんだな 

カッコとも言わないんだな」と本人の弁。

山下清という人の人間性が

現れているようでした。

 


鉄条網 貼絵 1938年

『みんなが爆弾なんかつくらないで 

きれいな花火ばかりつくっていたら 

きっと戦争なんて 起きなかったんだな』

 

やはり間近で本物を見ると

写真では伝わらない立体感があって

本物の凄さがダイレクトに伝わってくる

山下清の作品から感じるのは

陽の気だった。

 

「今年のは花火見物はどこに行こうかな」が
最後の言葉だったなんて、
どんだけ花火好きやねん!

な山下清は49歳でその生涯をとじました

 

幼少期は苦労したり大変なこともたくさん
あったようだけれど

早くから絵が認められて

(ゴッホは生きてるうちには絵が売れなかった)

旅先できれいなものを見て
ただぼーーっと見て
帰ってきてから制作する。
ぼーっとみていると

本当にきれいなものだけが
頭の中に残るらしい。 

天才の頭の中ってホント不思議。


きっと幸せな一生
だったんじゃないだろうか。