1月も、もう2日目が終わろうとしています。ご家族揃って過ごされていらっしゃるのでしょうか。
元旦になる明け方、ダニエルのばあやんが、「ダンちゃん(ダニエルをよくこう呼んでました。)が吠えたよ」っていうんです。前にも聞いたって言ってたのですが、昨日の明け方も、ダニエルの部屋で鳴いたって。(こんなの聞かされたらまた泣くじゃんっ)
(*1/11/2018のダニエル。1年前になるのですね。お散歩行く用意中。この時まだ癌のことなんて全く想像すらありませんでした。)
じいやんは亡くなったすぐの頃、夢の中でダニエルが抱っこをせがんで、1時間抱っこして遊んでた、って言ってたし。
なのになぜ、私の夢には出てきてくれないんだろうダニエル。確かに、じいやんはお散歩をいつも行ってくれた人だし、ばあやんは遊び相手。私は給仕係。。格下ですから、夢に出る順番も低いのかな。
三谷幸喜監督の「ステキな金縛り」という映画があったっけ。そこでは霊がこの世に姿を現わせるのはかなり位が高くならないとダメ、とか、チケットの枚数が足りないから出てこれないとか落ち武者の霊(西田敏行)が言ってたのを思い出しました。
声だけなら何枚、手、足、全体とかだんだんとチケット枚数が増えるとか。
あ、そうか。それでダニエル、まだ私のところに出てきてくれるのは枚数が足りないんだ。でも私のためにせっかく集めたチケット手放させたくないなあ。でも会いたいし。。
うーん、私はエゴの塊ですね。
(*1/8/2017のダニエル。もう2年前ですね。お散歩から帰ると、足や体をじいやんが拭いている間にご飯を用意するのですが、それを知っているダニ、拭き終わるのを待ちかねて猛ダッシュで部屋に突進、体がまだ外にある状態でご飯を食べ始めてしまいます。腸がねじれちゃうぞダニ!)
それでも私も、2度、犬が注意を引くときのような吠え声をしたのを頭の中で聞いてます。ダニエルだったらいいなあ。そうして四十九日で旅立つ前に、夢でいいから会いにきて欲しいよ。
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私ね、ダニエルの介護にしても、それまでの15年間にしても、ああしてあげたら良かった、亡くなるならもっと美味しいご飯やおやつ、健康のためになんて言わず、いっぱいあげれば良かった、噛まれてももっと撫でてあげたかった、とか後悔は尽きないんだけど、心の底から良かった、と思っていることもあるんです。
それは、最後の1年、ダニエルとずっと一緒に過ごせたこと。朝も昼も夜も。
1年半くらい前、半月板裂傷をしてしまってから急に、関節の変形なのか激痛が走るようになり、膝の関節が全く曲がらなくなったんです。そうなると階段を上るのも降りるのも地獄。通勤ラッシュの駅の乗り換えも地獄。。
そのうち駅までの道のりが激痛で歩けなくなり、とうとう会社を辞めてしまいました。
辞めると徐々に足の痛みが治まって、今も歩き方がスムーズじゃない時もあるし走れないけれど、普通の生活に支障はなくなりました。
よくなってきたからまた仕事に就こうかと思ったのですが、なかなかうまく進まなくて。ちょっと落ち込んでた時もあったのですが、ダニエルがいなくなって、は、っと気がつきました。
仕事を辞めていたからこそ、ずっとダニエルと一緒に過ごすことができたんだ! 介護になっても、24時間、毎日一生懸命頑張れた、って。
仕事していた時は、国内外の出張が頻繁にあったので、両親がいるから心配はないものの、家を開けることもしばしば。きっと神様、ダニエルとの別れが近いこと、私に伝えようとしていらしたのですね。
だから、仕事なんかやめて、今のうちにダニエルと一緒にいなさい、と、神様が私に時間を作ってくださったのだと思います。そしてそれは、ダニエルと一緒にいなさい、というだけではなく、ダニエルに愛されなさい、という神様の思し召しだったのかもしれません。
ダニエルが癌に侵され、立てなくなってこんなにも早く旅立ってしまったのが、もし働いたまま満足にお世話ができなかったとしたら、今の悲しみや苦しみどころでは無かったと思います。
だからきっと神様が、私がダニエルと過ごせる時間を与えてくださったのだと、今では心の底からそう思えるのです。
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12月だというのに、穏やかな気候の日が続いていました。ダニエルが旅立った後、いつもの寒波がやってきました。
じいやんは、身体を支えていても地に足をつけられなくなったダニエルをずっと抱いた状態でダニエルにご飯を食べさせていました。 30分おきに起きるというダニを、やっぱり抱っこして、鳴くのをなだめたり、窓を開けて外を見せたりしてあげていました。
抱っこはずっとじいやんです。もう私では持ち上げられないほど、ダニエルは身体に力が入らなかったんです。だから、じいやんは腰も膝も痛めていました。
もう限界かも、と思っていたそうです。夜、私と交代でダニエルを見守って起きているのも、老いた体ではかなりの負担だったと思います。
疲れもあって、私ともよく口論になったし。。
ぜーんぶ、横たわってたダニエルは見てたんですよね。感じていたんだと思います。だから、「もう行くわ」って、旅立ちを早めたんじゃないかって、ずっと心に引っかかっています。これから寒くなるし、みんなも体力も気力も限界みたいだし、もういいよ、って決めちゃったのかなって。
潔いっていうべきなんでしょうか。私たちがダニエルをそうさせてしまったのでしょうか。言葉が見つかりません。
これが天寿なら苦痛なく、穏やかに、眠るように旅立たせてあげてください、神様のおそばに置いてあげてください。と、お願いしたのは私。
だから、あの状態のダニエルに、もっと一緒にいて欲しかったというのは酷ですよね。どんどんひどい状態になっているのが側で見ていて一番よくわかっていたから、きっと苦痛は増すばかりだったと思う。
だからきっと、あの日だったんだ。。だからずっとピイピイ泣いてるのは、本当の愛情ではなく、私のエゴ。執着心なんだ、と。
なんとか自分の気持ちに折り合いをつけようと頑張るんだけど、心に悪魔と天使がいて、お互いに争っているようで。。
正月らしからぬお話ですみません。
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今、愛犬があなたの側にいる日常は、当たり前のことではなく、奇跡の時間なのです。
命あるものは皆、神様が天寿をお決めになっているのだとしたら、愛犬との別れのその日がいつになっても幸せだったと言えるように、思ってもらえるようにしたい。そう思ってたのに、15年を超えて続いたダニエルとの日常は、それをすっかり忘れさせていました。
今日この一瞬はもう2度と戻ってこないということにあまり気に留めていませんでした。今日のお散歩はおしまい、また明日。だけどその明日が、今日と同じ日常なのかどうかはわかりません。
遅かれ早かれ、愛犬との別れは避けられないことなのだけど、避けられないからこそ、皆さんには、今ここに愛犬と一緒にいられる奇跡を大切にして欲しいと思うのです。
あなたの愛犬を撫でてあげてください。抱きしめてあげてください。お話、いっぱいしてあげてください。
そして、愛犬とあなたが一緒にいる写真をいっぱい撮ってください。
全部あなたの宝物になるのだから。そして多分それは、愛犬にとっても、かけがえのない幸せな宝物になっているはずです。
私にはもうできないから、ダニエルにしてあげられないから、皆さんには、いっぱい抱えきれない幸せな時間を愛犬と一緒につくっていってほしいのです。
愛犬とハッピーニューイヤー!って楽しんでいますか?
(*8/5/2017。14歳のお誕生日を過ぎたけれど、わんこ用のケーキが届いたのでダニエルへ。。。ハウスから出てこない。。誕生日が過ぎたからスネてるのかな。いえいえ、ケーキは食べたことがないから警戒してるようです、飼い主、何か魂胆があるな、と。)



