リンちゃん、今頃どうしてる?
いつも元気に走り回ってる?
ご飯はおなか一杯食べてる?
お友達はいっぱいできた?
リンちゃんが空に昇ってから1ヵ月経った今も毎日が寂しくて堪らないよ。
どこに行ってもリンちゃんとの思い出があって
何をやっててもリンちゃんとの思い出があって
やること為すこと全てにリンちゃんが関わってたから
それを思い出すと今も涙が止まらないよ。
リンちゃんは本当にお散歩が好きだったね。
でも散歩中によく拾い食いをしては怒られてたね。
それによくウンチをくっ付けては得意気に見せに来てたね。
お散歩中はホントに色んなことがあったけど、毎日楽しかったよ。
いつだったかな?
珍しく雪が積もった朝は嬉しそうに走り回ってしばらく帰って来なかったね。
よっぽど楽しかったんだろうと思うけど、待ってる間は凍えるほど寒かったんだよ。
広場ではいつもラジコンを追っかけて元気いっぱいに走り回ってたけど
良く壊したもんだから修理にお金も時間もずい分使ったよ。
それと、お風呂の時はなぜか気配を感じ取って、ササっと床下に逃げ込んでたね。
でもお菓子の袋の音を聞くとあっさり出てきて簡単に捕まってたよね。
そういえば覚えてる?
大量に作り置きした揚げ物を夜の間に口が届く範囲で食べ尽くして
おなかがタヌキみたいに膨れ上がった状態で
朝からドデ~ンとソファに座ってた事があったね。
今思い出しても笑っちゃうけど、あの時写真撮っとけばよかったなあ。
また、ばーちゃんの月命日に御膳を作って仏壇に置いておくと
いつの間にかちゃっかりつまみ食いもしてたね。
他にも数え切れないくらい沢山のエピソードがあるけど
どれも楽しくて笑っちゃうことばっかりだったのが
・・・今はどうにも悲しいよ。
16歳くらいから少しずつ大人しくなってきて
元気なリンちゃんでもやっぱり年取るんだなんて思ったよ。
でも年取ったら取ったでゆっくりした動きにまた違う愛らしさも感じてたよ。
元気な時のお散歩も楽しかったけど
年取ってからのゆっくりしたお散歩も楽しかったよ。
また一緒に行きたいけど
もう二度と一緒に行くことは出来ないんだね。
それがとても寂しいよ。
いつかはいなくなると分かってたけど
でもそれは今日じゃないといつも思ってたんだ。
辛くなるのは分かってたから気持ちに蓋をしてたんだよね。
亡くなる前の晩、冷たく当たってしまってごめんね。
きっとリンちゃんは一生懸命に何かを伝えようと鳴いてたんだよね。
それも分からず、ついうるさく思ってしまったのは心が狭かったからなんだ。
本当にごめんね。
こんなダメな飼い主だったけど、うちに来てくれてありがとう!
リンちゃんと過ごした時間は最高のたからものだよ。
リンちゃんはうちに来て幸せだった?
うちでの生活は楽しかった?
いつかそっちに行くから、それまでは虹の橋の袂で待っててね。
きっとだよ!
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2026年2月25日(水)午後4時6分
リンは私の腕の中で静かに息を引き取りました。
19歳と5か月、病気らしい病気もせず
最後まで懸命に生きてくれました。
今日は四・七日、リンの初めての月命日です。
まだまだ心の整理もままならず
今も言葉に出すと涙が込み上げてきて詰まってしまいます。
でも文字にするのであれば何とか出来そうなので
リンの最後の様子をここに記しておこうと思います。
今回は私自身への記録として書きますので
かなり長文ダラダラと書くことをどうかご了承ください。
また、書きたくないこと、触れたくないことも包み隠さず書くので
出来れば読み飛ばしてもらうとありがたいです。

(2023.7.8 16歳)
リンがうちに来たのは2007年1月9日。
当時の事を書いた記事があるので、リンクを貼っておきます。
あの頃は母が亡くなって8年、ようやく生活も落ち着いた頃でしたが
一転、リンが来てからは毎日が大変で、目の回るような日々が始まりました。
しかしその分楽しいことも増え、家の中が急に明るくなったと記憶してます。

(2022.4.3 15歳)
じーちゃんも最初こそ「元の場所へ戻してこい!」と言っていたものの
3日もすると自分から「朝の散歩は俺が行く」と言い出す程とても可愛がってました。
しかし当時のリンの元気の良さと力の強さは私たちの想像をはるかに超えるもので
じーちゃんもたびたび引き倒されては血だらけになって帰って来てました。

(2020.1.26 13歳)
どの犬でもそうだと思いますが
リンも結構な寂しがり屋で、その時の顔たるやなかなかに後ろ髪を引かれます。
なので当初からリンを置いて外出するのは忍びなく
そのうちどこへ行くにもリンを連れて行くようになりました。
というより
リンを連れて行けるトコにしか行かなくなったというのが正しい表現です。
また、うちは商売をしていたのでリンを一人で留守番させることはほとんどなく
その点はリンにとってとても良かったことだと思います。

(日時不明)
この頃は犬としての本能を大事にして出来るだけ自由奔放にさせていました。
でもこの頃のリンは元気が有り余ってついやり過ぎることも多く
やむを得ず手を上げることもありました。
特に来客に向かって吠えた時と拾い食いをした時
この二つだけはその場で厳しく叱りました。
それ以外では物を壊しても失敗しても極力怒らないように気を付けてました。
私の布団の中でオネショしたこともあったんですけどね。

(日時不明)
健康管理に関しては
長続きするために自分も楽しみながら出来ることをさせてました。
ラジコンを追いかけて走る運動では足腰を鍛え
固いものを食べさせることでアゴを鍛えました。
最後まで元気でいるためにこの2点を重点的に守るようにしてました。

(日時不明)
あとはなるべく週に一度は普段行かないような遠くへ連れて行き
出来るだけストレスを抱えさせないようにしてました。
躾に関して気にかけてたのはこれくらいでしたが
そのせいか5~6歳くらいから割と言う事を聞くようになりました。
性格的には、元気はあるけど割と穏やかな性格だったように思います。
またこの容姿のおかげで知らない人からもずい分可愛がられたけど
食べ物以外にはまるで興味が無いようでした。

(2022.8.21 15歳)
リンはいつも元気いっぱいでしたが
世間の常識から何となくリンの寿命を15~6年と決めていた節があります。
身勝手な考え方ではありますが
それを基準に自分の将来設計を考えていたことは否めません。
なぜならうちは家族がいないため
リンがいるのといないのでは生活が大きく変わるからです。
それにこの犬種でそれ以上長生きした例を
ほとんど見たことが無かったというのもありました。
とは言え、15歳を過ぎてからは出来るだけ長生きするよう願ってました。

(2025.3.20 18歳)
しかし、老いや衰えというのはやはり誰にでも訪れるもので
16歳くらいから徐々に後ろ足が衰え、散歩の距離も少しずつ短くなりました。
さらに去年の2月頃からだんだんと食欲が少なくなり
リンの身体は徐々に徐々に痩せていきました。
亡くなるちょうど1年前の昨年2月25日の日記にも
急に衰えが始まったと記しています。
それでも散歩は朝夕3~40分ずつくらい行ってたので、まだまだ元気な方でした。

(2025.3.6 18歳)
この頃のトイレは自力で庭に降りてやってましたが
たまにヘタり込んで立ち上がれなくなってしまう事がありました。
特に夏の暑い時期は充分注意はしていましたが
月に一度くらいは私の外出中に暑い中ヘタり込んでることがありました。
また、屋内では床の上で滑って立ち上がれず
その場で失禁してしまってることも増えてきました。
そのためリンの行動範囲は全て滑り止めマットを敷き詰めて対策を取りました。
おむつも昨年6月頃までは夜だけ履かせてたんですが
割と自分でするみたいなのでギリギリまでさせないでおこうと思いました。
結局この後は最後までおむつを履かせることはありませんでした。
多分、リンもあまり好きじゃなかったと思います。

(2025.3.1 18歳)
秋に入る頃には自力で立ち上がるのが難しくなった上に
歩くのもなかなか進めなくなってしまい
昨年の誕生日の9月25日からはカートに乗せて散歩に行き
行った先で歩かせるようにしてました。
その後もだんだん歩くのが難しくなっていき
12月中旬にはとうとう朝散歩をやめることにしました。
また、目もほとんど見えてないらしく
段差の前や壁の手前でじっと立ち止まることも多くなってきました。

(2025.9.25 19歳の誕生日)
この頃から血液検査で白血球と赤血球の数値に異常が見られ
10日に1度は動物病院へ検査と注射に通ってました。
薬もサプリメントと合わせて1日6種14錠を飲ませ
目も充血が見られるので目薬も2種類を1日4回以上点眼してました。
ご飯も食べない時はスプーンで与えることも増えていきましたが
嫌がりながらも頑張って食べてくれてたと思います。
また水を飲むときの身体の保持も少しずつ傾いて倒れこんだりしてたので
飲んでる間は常に後ろから支えるようにしてました。
その後クリスマスくらいから要求吠えをするようになり
ここ一年位声を聞いてなかったのでそこは嬉しく感じたものです。

(2026.1.10 19歳)
その後も食事量はさらに減っていき
見るからにガリガリに痩せていきました。
この頃から何も食べてない日は
ペースト状のフードをシリンジで与えるようにしてました。
しかしあまり急いでやると口から吐き出すので
なるべくゆっくりと少しずつあげるように心掛けてました。
それでも食べない時は人間の食べ物でもあげるようにして
とにかく何でもいいから食べて欲しいと必死でした。
時には私のおかずは全てリンにあげてしまい
私はふりかけで食べることも珍しくありませんでした。
もちろん、毒になるようなものは一切与えないように注意してました。
また飲み水に関しては
リンは歯の状態が思わしくないのでひょっとしたら沁みるのかもしれないと思い
今年に入ってから飲み水にお湯を足して若干ぬるくしてからあげるようにしました。
するとよく飲むようになり、それに伴って食欲も出てきたようでした。

(2025.3.31 18歳)
年が明けて1月下旬に入るといよいよ立たせても立てなくなり
ほとんど付きっ切りで介護するようになりました。
(私事ですが、昨年から右目に白内障を患い1月中旬以降は全てのアルバイトを断っています。手術は4月に両眼の予定。)
トイレも要求吠えがあったら抱えて庭まで連れて行き
支えながらさせるようにしてました。
この頃になるとご飯もほとんどがスプーンかシリンジで与えてましたが
焼き鳥やシーチキンの缶詰、さつま揚げなどの好きなものは自力で食べてました。
でも2月後半になるとそれも減り、水さえもシリンジで飲ませていました。

(2025.5.5 18歳)
立てなくなってからも夕方の散歩は河川敷まで連れて行き
出来る限り外の空気を吸わせるようにしてました。
また、週に一度は無理のない範囲で細心の注意を払いながら遠出に連れて行き
少しでも違う空気を吸って英気を養って欲しいと思ってました。
そしてここまでの高齢犬になると認知症も心配ですが
トイレの要求吠えは最後まであったし意味不明な行動もほぼなかったので
私が見る限り認知症はなかったと思っています。

(2026.2.17 19歳)
しかし動けなくなってからは要求吠えの回数も次第に増え
特に深夜や明け方に起こされると体力的にも辛いものがありました。
当初は一晩で1回から2回、たまには朝まで1度も無いときもあったのですが
日を追うごとに回数が少しずつ少しずつ増えていきました。
また、いつ終わるともしれない介護への不安や睡眠不足
溜まった疲れからついイラ立つことも出てきました。
「リンには自分しかいないんだ」と自分に言い聞かせても
それでも抑え切れずについ当たってしまうことがありました。
そんな時は必ず次の日に後悔をしてしまいます。
人間でも犬でも介護は忍耐と自分との闘いだという事を改めて思い知らされました。
そして自分の性格の醜さをイヤというほど突き付けられるのです。

(2026.2.15 19歳)
ここまで衰えるとお風呂は極力控えてましたが
最後に入れたのが大晦日ですからずい分日が経っています。
イボからの吹き出物も臭い始めてたのでいい加減入れなきゃと思い
亡くなる3日前の22日にお風呂に入れました。
浅いタライに入れてのぬるま湯洗いだけでしたが
水に浸かるのは大嫌いなので「アオン!アオン!」と泣き始めました。
今までも嫌がってましたけど泣くほど嫌がるのは初めてだったので
早々に切り上げることにしました。
また、その翌日の23日はいつものように遠出に連れて行きましたが
途中で休憩していた時に車内で急に痙攣を起こし
初めてだったこともあってかなり肝を冷やしました。
痙攣とは関係ないかもしれませんが、もう外出自体が難しかったのかもしれません。
もう少しリンの事を考えて労わってあげれば良かったなと思い
これものちの後悔の一つになっています。

(2026.2.23 19歳 最後のおさドラ♪)
ある夜、吠える回数がやたら多い日があって2~30分おきに要求吠えをしてました。
しかし庭に連れて行ってもオシッコも何もしないし
水を飲ませようとしても飲もうともしません。
ご飯かなと思って持ってきても食べないし
態勢が悪くてどこか痛いのかと身体の向きを変えても違うようです。
それでも鳴き続けるのでもう何をして欲しいのかが分からず
それまでの疲れもあってつい冷たく当たってしまいました。
何度庭に連れて行っても何もしない時はそのまま庭に放置したり
何度も鳴いてうるさく感じたときは孫の手で叩いてみたり、、、、
今考えてみると、リンは不安だったのかもしれません。
またはそばにいて欲しかっただけなのかもしれません。
でもその時私はそれを理解してあげることが出来ませんでした。
優しくしてあげることが出来ませんでした。
リンは何も悪くなかったのに・・・
それが最後の夜になってしまいました。

{2026.2.25 0:41 最後の夜)
リンの最期は突然でした。
2月25日午後3時50分ごろ
大人しく寝ていたと思ったら急に嘔吐して明らかに様子がおかしい。
唇や歯茎が真っ白になって、呼吸も吸うだけの変な呼吸でした。
「いよいよ最期の時だ!」
直感的にそう感じました。

(2026.2.25 15:59 生前最後の写真)
優しくさすった後、リンをゆっくりと膝の上へ抱き上げました。
そして胸に手を当ててリンの鼓動を感じながら、涙ながらに最後の別れをしました。
「昨夜は冷たく当たってごめんね。
でももう無理するな、頑張らなくていいよ。
いなくなるのは寂しいけど、今まで19年間ありがとう。
ずっと大好きだからね!」
呼吸が少しずつ浅くなって心臓の鼓動もゆっくりと小さくなり・・・
そして午後4時6分
リンは私の腕の中で静かに息を引き取りました。
すぐに降ろすことは出来ずにしばらく抱きかかえたまま
初めて声を上げて泣きました。
涙はあまり出なかったけど、ただとてつもなく悲しかった。
そしていろんな後悔が込み上げてきました。
どうして昨夜はもっと優しく出来なかったんだろう?
どうしてもっと自分の事を後回しに出来なかったんだろう?
どうして・・・・
どうして・・・・
そんな思いばかりが頭の中を巡っていました。
そしてあの冷たく当たった夜がまさか最後の夜になるとは・・・
その晩はいつものように台所で一緒に寝ましたが
さすがに朝までほとんど眠れませんでした。
そこでただ寝ているだけにしか見えないのに
触ると冷たいという現実に途方もない喪失感を感じました。
うちに来た頃はまだ小さな子犬だったリンが
いつの間にか自分の年を追い越して先に逝ってしまう。
頭では分かっていても到底受け入れることなんて出来ません。
私の人生のほぼ3分の1を共に暮らしたリンがこの世からいなくなるなんて・・・
唯一の救いは
私が先にいなくなって残ったリンにこんな悲しい思いをさせずに済んだこと。

リンの火葬は翌々日の27日午後2時から雨が降りしきる中で執り行ないました。
リンは花には何の興味もありませんでしたが
せめて最後くらいはたくさんの花で囲ってあげたかった。
また、空に上る途中でおなかが空いても困らないように
ご飯やおやつもたくさん持たせました。
そしていつも可愛がってくれたご近所さんとも最後のお別れをして旅立ちました。
火葬の待ち時間に、ふとリンの生涯についていろいろ考えていると
リンはキレイに年を重ねていったのではないかと思います。
最期まで天寿を全うした、まさに大往生でした。

ただ、リンがいなくなって考えることは
何をやるにもどこへ行くにも目的が無くなってしまったという事です。
今までは全てに”リンのため”という目的があったけど
それが無くなった今はどうしていいのか分かりません。
それと、あとはやはり後悔の念ばかりが募ります。
この19年間、リンのために出来る事はどんな事でも精一杯頑張ったつもりです。
それでもやっぱり後悔が残ります。
これはもちろん全ての飼い主さんに通じることだとは思いますが
とりわけ最後の夜の仕打ちだけはリンに申し訳なく、ただただ自分が許せません。
そのことを思い出すと今も涙が溢れてきます。
またいつか再会することができれば、その時にしっかり償いたい。
それが最後の願いです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リンちゃん
こんなダメな飼い主でごめんね。
でも
今までありがとう

ずっと大好きだよ!
(最後の写真 2019.5.9 12歳)