「一番怖いことは何ですか?」
「誤解されることです。」
普通の人には
経験できないような
さまざまな経験を
すべて乗り越えてきた
デヴィ夫人が
動画の番組で答えていました。
それを観たわたしは
3日前の
カフェで起きた出来事で
味わった
心が、ざわざわと
いや~な気持ちと
悔しさが
混ざったような感覚
体は、そわそわして
いてもたってもいられない
落ち着きが無くなった感覚
あれは
誤解されたという怖れ
だったのだと気づきました。
そのカフェからの帰り道
ざわざわや
いやな感覚は
まだ残っていました。
歩きながら
「ん?この感覚と
まったく同じものを
昔にも味わった気がする」
と感じました。
「なんの時だろう・・・」
出来事までは
思い出せませんでしたが
そのことは
それほど気にならず
そのままでした。
まだカフェでの出来事を
思い出す瞬間があり
その度に
いやな気持ちになるので
そうか、わたしは
あの出来事で傷ついたんだ
とわかりました。
被害者意識や
自分がかわいそう
という意識ではなく
自分が傷ついた
ということを認めて
理解してあげることは
大切です。
そんな気持ちでいたときに
今日たまたま観た動画で
誤解されたことが
とても怖かったのだと
気づいたのでした。
これは出来事と気持ちを
アウトプットした方が
いいなと思い
カフェの出来事の
詳細を入力していたら
入力途中で
昔、まったく同じ感覚を
味わった気がするけど
思い出せずにいた
その出来事が
ひょっこり浮かんで
来たのです。
かすみがかった
ぼんやりした映像でした。
それもそのはず
24、5才の時の
出来事なので(笑)
思い出した昔の出来事も
誤解をされて
ざわざわと
いや~な気持ちと
悔しさが混ざり
感情のブレンドが
まったく同じだ!と
気づきました。
その時は誤解されて
ファッションショーの
入場受付にいる
大勢の前で
見せしめのような
否定的な言葉を
大きい声で言われたので
恥をかかされたような
気持ちにもなりました。
経験した頃は、時々思い出して
いたでしょうが
それ以降は
忘れていた出来事でした。
この、同じ感覚を味わった
2つの出来事の
共通点に気づきました。
誤解された怖れをベースに
◦自分の言葉や説明が足りなかった
◦もしかしたらこうではないか
と思ったのに、相手の気持ちを気遣い
それを言えなかった。
◦どちらも誤解されたままで終わった。
◦こちらに非はないのにこちらがわるい
かのような態度をとられた。
◦こちらがわるいと決めつけている目で
見られたことの悲しさ
そして
もっとああしていればと
後悔や心残りが
あったことも
あの感覚の気持ちにさせた
要因の一つだった
というのがわかったのです。
それに気づけたので
カフェの出来事の
詳細内容は
途中で入力をやめ
この記事の入力に切り替えました。
不思議なことに
これらのことに気づいて
入力しているうちに
カフェでの出来事の
ざわざわも
いや~な気持ちも
悔しさも無くなり
どうでもよくなりました。
まるで2つの出来事は
ワンペアになって
昇華して行ったかのようです。
この一連の流れや
共通点に気づけて
怖れが無くなったのは
カフェでの出来事が
あったからこそです。
次に同じようなことが
起こったら
自分の言動は
変わることでしょう。
記事を書くという
アウトプットの途中で
いろいろ気づけて
いったのですから
人の目にふれるふれない
にかかわらず
外に出してみる
表現してみる
とても大事だと
身をもって実感しました。






























