父が息を引き取ってから、葬儀社への連絡は弟がしたようであるが、母に代わってお通夜と葬式の打ち合わせや手続きなどをしたのは、姉と私である。


姉も私も精神的にはいっぱいいっぱいだった。


母と弟は早々に実家に戻り、姉と私は父とともに葬式の会館へ。


会館の職員さんとお通夜と葬式の打ち合わせを行い、その後安置室(と言うのか不明であるが、便宜上安置室と言うことにしておく。畳敷きの部屋に父が安置されており、お線香が薫かれている。棺には入っていないため、父の体に直接触れられる状態)に安置されている父のそばでしばらく時間を過ごしていた。


後に、母も合流し、納棺される前の父に触れられる最後の機会だったため、弟にも「棺に入っていない父とお別れができる最後のチャンスなので、挨拶をしておいた方がよいのでは?」と電話で打診をした。


しばらくすると弟もやってきて、家族全員が式場の予備室に揃った。


父は家族を愛していたので、全員が揃ったことを喜んでくれている気がした。


姉と私は実家に帰るためのバスがなくなる1時間ほど前(ギリギリ)まで父親との別れを惜しんだ。


父が亡くなったのは早朝だったが、姉と私が実家に帰り着いたのは、夜も遅い時間だった。


実家に帰ると、なぜか弟は機嫌が悪くなっている。そのうち弟は1人で2階に上がって、2階の床が抜けるほど地団駄を踏み出した。


1階には母姉私の3人がいたが、突然大暴れをし始めた弟に背筋が凍りついた。


2階で弟が地団駄を踏むたびに「ギシッ!」「メキッ!」とこれまでの弟の地団駄では聞いたことがないような音がする。


何より家が地震のように大きく揺れた。阪神淡路大震災の揺れを思い出すような大きな揺れだった。