伊南房州通往還を歩く 第三回 上総一ノ宮‐大原 その7 | らんまるの街道歩き・暗渠散歩ブログ

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昨年末の12月26日()に外房を館山に向かって南下する伊南房州通往還 3回目の旅として、上総一ノ宮から大原までの区間を歩いた旅の記録のその7です。

 

歩いたのは上総一ノ宮から次の特急駅にあたる大原までの17km弱、神社仏閣への寄り道などを含めると18km強くらいだった筈です。徒歩旅のルートは↓。

 

その6では、新田川を渡った後、銀色に光るS字カーブを華麗に通り抜けたところまでをご紹介しました(↓再掲)。

 

その少し先で踏切を渡ります。これは昨年、この日ゴールの大原駅から大多喜の街を見に行った時に利用したいすみ鉄道の踏切です。

 

踏切は街道の名前を付けられていることも多いので(例:中山道第10踏切など)、忘れずに踏切名をチェックしてみると、、

ビンゴ!「房総街道踏切」ですね(≧∇≦)。発音だけだと「暴走街道踏切」というかなり「夜露死苦!」的なのと同じ音になりますね。

 

自然な街道カーブに随分と昔からここで旅人を見下ろしていたであろう大木。旧街道的に美しい景色です。

普通の観点では「えっ、どこが美しいの?」というただの道路の風景ですが、個人的なこだわりとして街道に求めるのは道標や一里塚や宿場など以外では「①歴史、②道筋、③湾曲具合、④道幅、⑤古い樹木や家の存在」あたりをけっこう重視しており、その意味ではこの風景は①~⑤の全部を満たしている様なのでいいなあと思う訳です。もう「病膏肓に入る」の状態だろうなーと書いてて思いました(-_-;)。

 

その先で、ついさっき渡ったばかりの新田川の支流、塩田川を渡ります。

川に塩川、、どちらも農業用水的に使われてた故のネーミングなのかな?

 

反対側を見るといすみ鉄道の鉄橋が架かっているのが見えました。

電車通らないかなあと思って1,2分待っていましたが、間が悪かったらしく激写チャンスには恵まれませんでした。どうでもいいことですが、1時間に1本も無いはずの「特急しなの」を木曽路であんなに見られたのにここで見られないのは残念です!などと、思いましたが、考えてみればあちらは街道と線路がかなり長期間並行してますから、条件が全く違いますね。

 

こちらの平屋看板建築は何かの商店だったと思いますが、何の商いやってたんでしょうね?

看板のてっぺんに「ちょこん」と母屋の屋根がちょっとだけ見えてるのが奥ゆかしい!

 

ん、この辺りはちょっと登ってますね。さっきの塩田川が削り込んだ谷間ってとこか。

 

房総っぽい古民家ですが、こちらに向いている屋根の段差がちょっと不思議。単なるデザインならまあいいんですが、そうでなければどんな経緯でこんな風になったんでしょうね。

 

その少し先のいすみ市役所入口交差点を越えると、右側には木戸泉酒造の設備が見えてきました。

シブい煙突に「銘酒 木戸泉」と書かれているようですね。手前の住居的な建物は房総らしい造りです。だいぶ奥の方まで木戸泉の施設が続いているようなのでもう少し右方向を見てみましょう。

 

蔵など造り酒屋らしい施設が果てしなく続いてる感じです。

明治十二年創業の、千葉県が誇る造り酒屋の木戸泉、さすがといった趣です。

 

街道に戻って数メートル進むと正門から木戸泉の中がよく見えました。

詳細は同社のHPにお任せしますが、独特の製法で美味しそうですし、房総をかなり愛する私としてはこれを書きつつアマゾンでアフスと呼ばれる木戸泉独特の酒を発注しました。滅多に酒を呑まない私としては異例ですが、まあ、ごくたまにはいいじゃありませんか(≧∇≦)。

 

この木戸泉の向かいにまた何とも味のある建物がありました。ギャラリー泉、と書かれたこの2階建てのシブいビルです。

二階の窓の上部には半円に切った嵌め殺しの窓がありオシャレですね。なぜか右端だけ半円のアーチが無いのが斬新!元は何の建物だったんだろうとググってみると旧千代田生命ビル、らしいです。

 

玄関の木製の引戸も和洋折衷のいい雰囲気を醸しています。

 

これ一軒でこの日の旅の満足度が段違いにアップするような物件でした(≧∇≦)。

 

そのすぐ隣にある、↑の写真の右端に見切れているのはこちらの平屋看板建築+平屋住居タイプ(ただし、奥行きは長い鰻の寝床スタイル)でした。

店舗の方は左端の出っ張りが元々タバコのショーケースか何かだったんでしょうか?母屋は瓦と破風しか見えてませんが、母屋は、うーん、、余り見立て出来ないのですが、まあまあ古いけど戦前ほどには遡らない、、のかな?

 

大原は元々三と八の日に市が立つ、大原宿とも呼ばれた街です。先ほどの木戸泉の辺りから街部分に入ったようですね。

ここにも街道独特の「ゆるS字カーブ」。少し街の賑わいが期待できそうですね。

 

「たばこ 雑誌 文具 松波書店」の看板の字体がシブいですね。本屋ではあるけど色々売ってる準何でも屋だったんでしょうかね。

 

こちらの看板建築の母屋はややライトな感じの出桁造りの商家です(松本金物店の看板は、手前(右)側にある別の店のもの)

くすりとか化粧品などを売っていた店舗とかかなあ(あてずっぽー)。

 

左端の別店舗はかつて「うまいものや 八珍亭」という料理屋だったことが、近過去の姿を見せてくれるGoogleストリートビューの写真で分かりました。

 

街の中心近くに入ってきた様です。あのコンビニや左側に隠れてしまってる古民家は見覚えあります。2019年の夏に、ここ大原からいすみ鉄道で大多喜の街を散策しにいった時に、最初にブラブラしたエリアでした。

 

そうそう、このちょっと厳めしい出桁造りの商家はよく覚えてます。、、と、あれ?屋根の下の構造などを見ているとロフト仕様厨子二階タイプかも知れませんね。

 

小ぶりですけど何がしか重厚感めいたものがあっていいなあと思う建物です。

 

さて、この大原駅入口交差点でこの日の歩き旅は終了。左折して大原駅から帰宅します。

 

が、、その前にちょっとだけ街道を真っすぐ行ったところの左側にある、昭和っぽい喫茶店で昔ながらのナポリタンスパゲティの昼食を摂りました。

余りにおなかが空いていて、スパゲティが着くなりいきなりがっついてしまいランチの写真残らず、、、。ピーマンにたまねぎにソーセージの入った昔ながらの正統派ナポリタンに大満足でした(≧∇≦)。

 

さて、さっきの交差点を左に曲がると前方にJR大原駅(特急電車発着駅)が見えますが、この通りの商店街には一昨年の夏にも見た貴重な物件があります。

右側に写ってるあの銅板葺き看板建築が素晴らしかったんですよ!

 

店舗自体はもう廃業してしまっている雰囲気ですが、鮮やかな緑青が堪りません!

いいですねえ。

 

と見とれる感じです。

 

ほどなくJR大原駅に到着。


 

向かって左側にいすみ鉄道の大原駅が隣接しており、まだ電車の時間まで余裕もあったので、停車中のいすみ鉄道を激写!

房総探訪はずっと続ける予定なので(たぶん最後まで続ける旅がそれ)、まず間違いなくここにはまた来る筈ですが、コロナ禍でいつ来れるか分からないので一応激写しとかないといけません(`・ω・´)キリッ!

 

素朴な感じの大原駅で数分電車を待って、

 

12時半頃の列車で帰宅の途に就いたのでした。

 

次回がいつになるか分かりませんが、第四回はこの大原から勝浦までの20km弱を予定してます。一部山(低山)を通るのですが、夏になるとヤマビルの出る区間らしいので、ここは何とか寒い間に歩いてしまいたいものです。。