と、いうことで和田峠も猛暑も乗り越え無事に帰って参りました。
上田から長久保方面のバスは非常に時間が遅いため、先週から
予約していた速駕籠(タクシー)で長久保のバス停まで直行しました。
長久保のバス停はこんな(☟)感じ。
奥の方に写っている青いバスに乗って、前回ゴールした和田宿の
外れ、上町まで移動しました。
当初は乗客が私一人で、運転手さんも中山道を歩く街道ウォーカーを
数多く乗せてきたせいか、中山道についても詳しい方でした。そして
その運転手さん、なんと幼少期に、前回ご紹介した長久保宿の
本陣の離れで育ったという貴重な体験をお持ちで、そんな話を
している間に、和田宿の中心地を通り過ぎ、上町に到着。
ありがとう、長和町巡回バスと、たくさんお話してくれた運転手さん!
和田上町のバス停を意識しながら和田宿の方を振り返ります。
和田上町バス停からは登り坂となります。
いい天気だなあ。この時気温はまだ20℃ちょっとくらいと思われ、
そんなに暑くはありませんでした。
この辺りは宿場からは外れてしまっていると思いますが、なにがしか
街道らしい風情が漂い、いい感じの道行きです。
地面をふと見やると、マンホールまでけっこう意識が高い感じです。
『木曾海道』と来ましたか。カッコイイなあ。。
民家の前にある双体道祖神などを見ながら先に進みます。
やがて和田鍛治足の交差点に出たら右折方向に進むと、交差点の
左角には、日本橋から五十里目の鍛治足の一里塚跡の碑が
道標などと一緒に立っています。
そのまま鍛治足の交差点で交差した国道を進むのかな、と思いきや
国道から左に逸れる旧道に進みます。
その先も宿場ではありませんが、道幅や佇まいなどが、かなり
昔の街道的な香りを残している印象でした。
途中、川のせせらぎが聞こえたのでそちらに行ってみると、大出橋
という橋が佐田川に架かっていたので、橋の上から上流方向を
激写します。
画面には写っていませんが、渓流釣りを楽しんでいる人がちらほら
見受けられました。
ふと付近の山を見上げると、すっかり夏の空でした。
うーん、ちょっと暑くなってきたなあ。和田峠の入り口以降はきっと
木陰になるだろうから、むしろ早く峠道に入りたい。
地方独特の香りのする旧道部分を進んでゆきます。
ほどなく国道に合流します。歩道は無いし路肩は狭いし、ちょっと
注意しながら進みます。
ほほう、下諏訪まで26㎞ですか。峠込みで26㎞か。。うーん、まあ
何とかなるでしょう。 と、ここで前方から何か見覚えのある車が
進んでくるなあと思っていたら、さっき乗って来たバスでした。
運転手さんがニコッとしながら手を振ってくれて、こちらもにこっと
返しました。終点の男女倉まで行って帰ってくるところだったんですね。
まったく、旅というものは人の縁を作ってくれますねえ。
道の右側かなり奥の方にある馬頭観音なども「逃がしゃしねえ」的に
目ざとく見つけ、激写します。
その少し先のエリアはかつて「牛宿」と呼ばれ、牛専門のお宿が
あったそうです。
昔は二軒の茶屋があったそうです。
そのほぼ正面にあるのがドライブイン杉の屋。
この杉の屋の一角にはドリンク類の自販機がありますが、この次に
自販機に出会えるのはめっちゃくちゃ先、和田峠を越えてかなり
先まで進んだところなので、ドリンクに不安がある場合などはここで
買い足しましょう。
私はここで懐かしい缶コーヒーを飲みながらスポーツ飲料を買い増し。
☝の写真の左後方に見えている杉の木立の中にある、双体道祖神を
見忘れたので、そこまで戻って激写。
その先からは割と登り坂主体になってきます。
下諏訪19Km、ちょっと進みましたね。
その先、☟の地点で右斜めに進む旧道に下りてゆきます。
数百メートル旧道を進み、再び国道に合流したら折を見て、
脱兎の様に左側に渡り、☟の地点から旧道に入ります。
その先は、国道の開発から外れたが故に、江戸時代のまま
手つかずの街道がまるっと残っていました。
やがて遠くに見えてきたのは、本日序盤の超クライマックス、
五十一里目の唐沢の一里塚です。
おおぉっ、両塚ともすごくきれいに残ってますね。本来の旧道の道幅も
そのまま残っていることになります。こんなきれいな状態で。
否応なく街道風情が高まりますねえ。
ちょっと疲れが出てきた様なので、その1はここまでとして、続きを
その2でご紹介します。
(つづく)