golden(以下g):「1985年の年間ヒットチャートを見てみると、1位は当然というか“We Are The World”なんだけど、2位がa~haの“Take On Me”だったんだね。」

blue(以下b):「めちゃくちゃ売れてたな。俺は聴いてへんけど。」
g:「4位に“Shout”、6位に“Everybody Wants To Rule The World”と、ティアーズ・フォー・フィアーズがベスト10に2曲もランクインさせてた。」
b:「そんなに売れたんやったっけ。」
g:「大ヒットしすぎたせいで何だか軽く見られてるイメージがあるんだけど、このアルバムは80年代を代表するアルバムだと思ってるんだよね。」

b:「80年代を代表するとは、また大きく出たな。」


Tears For Fears / Songs From The Big Chair (1985)


g:「代表するは大げさだけど。80年代初頭から続いていたいわゆるポスト・パンク的な世界観と、シンセサイザーで広がりを持たせたデジタルな実験的な音楽が、ビートルズから続くブリットポップ的なメロディーやハーモニーと高いレベルで融合した傑作ではないかな、と。」
b:「なるほどな。」
g:「パンク以降のロックが模索してきたもののひとつの集大成的な、ね。」
b:「バンド名のティアーズ・フォー・フィアーズっていうのは心理学の用語らしいな。」
g:「“恐怖や痛みをしまいこまずに泣いたり叫んだりすることで克服する”という心療方法のことらしい。」

b:「いわゆるプライマル・スクリーム。」
g:「“In violent times, you shouldn’t have to sell your soul/In black and white, they really, really ought to know...暴力的な時代だけど、君の魂を売り飛ばすべきじゃない。黒か白か、真実を知らなくてはならない”、“Shout”の歌詞はこんな感じなんだよね。」



b:「日本では車かなんかのCMで使われてたけどな。」
g:「耳に残るメロディーだからね。そういう重い世界観とCMにも使われちゃうようなポピュラリティを両方備えているっていうのがね、80年代っぽいっていうか。」

b:「オルタナティヴでありながらメインストリーム。」

g:「世の中はバブル景気の助走段階、浮かれた躁状態が続く一方で、伝統的な価値観の崩壊など人々の心は病みはじめていた・・・そういう時代にマッチする音なのかな、と。」

b:「“Everybody wants to rule the world”、誰もが世界を支配したがっている、っていうのもなかなか示唆的なフレーズやな。」


g:「誰もが世界を支配したがっている、っていう不穏な意味と、誰もが自由に生きたいんだ、っていうポジティヴな意味が両方クロスするような深い歌詞に、ついハナウタで出てきそうなわかりやすいメロディー。そういう重いフレーズをポップなメロディーで遠くまで飛翔させてしまうっていうのがね、ロックという音楽のすごいところだと思うんだよね。」

b:「まぁ確かにそやな。」




b:「60年代70年代の音楽的遺産を80年代らしく結実させたという点では、俺はスクリッティ・ポリッティの『Cupid and Psyche '85』もこの80年代中期的大名盤やと思うわ。」

g:「ソウルミュージックと80年代シンセ・ポップの高次元での融合、みたいな。」


Scritti Politti / Cupid and Psyche '85 (1985)

b:「このスクリッティ・ポリッティっていうのも意味のよーわからんバンド名やけどな。」
g:「イタリア語で“政治的文章”っていう意味らしい。」
b:「そういうよーわからんバンド名つけるバンドってだいたいこじれてるねんな。」

g:「スクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイドもやっぱりパンクに影響を受けてシュールな世界観の音楽を演ってたみたいだけど、こじれてバンドは崩壊、けっきょくグリーン・ガートサイドの一人プロジェクト・バンドになった。」
b:「初期はもっとシュールでアブストラクトな感じだったのが、このアルバムではアクがなくてめっちゃキラキラした音になってるねんな。」
g:「メンバーとしてクレジットされているデヴィッド・ギャムソンもフレッド・マーも一流のスタジオ・ミュージシャンだし、マーカス・ミラーやポール・ジャクソンJr.らジャズ・フュージョン系のミュージシャンをふんだんに使ってるしね。」

b:「やってることがスティーリー・ダンっぽいな。」



b:「基本的にこういうデジタルな音っていうのは当時は好みではなかってんけど、これは普通に聴けてけっこう好きやってん。」

g:「ユーロビートには辟易したけどね。」

b:「あんなもん踊るためのツールであって、音楽やないで。」
g:「スクリッティ・ポリッティの音は、なんていうかね、人工的な音なのに不思議と人工臭さを感じないんだよね。」

b:「暴力的ではないっていうか、まるで自然界の法則みたいに、あるべき場所であるべき音が鳴っている、みたいな自然な感じがあるねんな。」

g:「例えば光のプリズムの作り出す美しさとか、雪の結晶の美しさとか、そういう自然の法則に則って生み出された幾何学的な美しさみたいな。



b:「70年代末に一気に広がったデジタルシンセやゲートリバーブや様々なエフェクター。最初はすごく機械的というか無機質というか、そういう音の質感を活かしてシュールな世界観を表現するのに使われてた気がするけど、80年代中期になると、そういう音とヒューマニズム的な表現が手を取り合うようになっていったていうのは、なんか不思議な感じやな。」
g:「最初の頃のデジタルリズム、例えばクラフトワークやDEVOあたり、あるいはニューオーダーやデペッシュモードみたいなバンドは確かに無機質だし暴力的ですらありました。」
b:「パンクが一度ぶち壊した荒野みたいな荒れ果てた場所で、絶望感やら退廃的な世界観を歌うバンドが多かったポストパンクの流れがな、この時代くらいに終わっていった。」
g:「元々あぁいう頭でっかちなポストパンクみたいなのっていうのは、結局はファッションでしかなかったんだろうって僕は思ってるけどね。」
b:「絶望的で退廃的なのがカッコいいって憧れる、、、ある意味中2病みたいな。」
g:「パンク〜ニューウェイヴの時代っていうのはそういう時代でもあったんだよ。」

b:「中2病な奴らも少しずつ大人になる。絶望や退廃よりも快楽や欲望の方が楽しいことに気づいてしまう。」
g:「ティアーズ・フォー・フィアーズやスクリッティ・ポリッティは、そういう時代を象徴してた気がするね。」