golden(以下g):「クイーンやフリートウッド・マックら、いわゆるスタジアムで何万人ものオーディエンスを集めるようなロック文化が華々しかった80年代ですがー。」
blue(以下b):「俺はむしろ、そういう世界に背を向けて、ジメジメした裏通りでゴソゴソと自分だけの音楽を演り続けるアーティストにカッコよさを感じてたわ。」
g:「例えば?」
b:「そやな、トム・ウェイツとかな。『Swordfish Tronbone』も渋かったけど『Rain Dogs』はえげつなかったな。」

g:「あれは強烈だった。」
b:「すえた臭いとネオンの光と騒音。猥雑さと一瞬のセンチメント。そーゆー世界な。」


Tom Waits / Rain Dogs(1985)



b:「初めて聴いたときの印象は“??○△□??なんじゃこりゃ?”、って感じ。二度、三度聴いてもやっぱり“??○△□??”。」

g:「キース・リチャーズ参加とかの触れ込みで想像した音のはるか向こうへ行ってぶっとんでたよね。」

b:「その、いつまで経っても耳に馴染まへん違和感が、だんだんと快感になってくるから不思議なもんやなぁ。」

g:「異国風とか無国籍、といった言葉では表現しきれない、むせ返るような強烈な質感を伴った臭い。あれをどう感じるか、だよね。」

b:「あえて例えれば、一昔前の香港やバンコクあたりの繁華街の裏路地を曲がったいかにもやばい感じのする街の感じ。」

g:「酒とタバコと屋台の油くささ、女の化粧や犬の小便の入り交ざったような臭い。」

b:「裸電球やネオンライトの照らす華やかさと暗部のコントラスト、ラジオやクラクションや英語以外の早口でまくしたてる口ゲンカ・・・そんな臭いと光りとノイズの非調和的調和。」

g:「そういうアバンギャルドな音の洪水の次に、ほろっと泣けてくるようなせつないメロディが聴こえてきたりするとね。。。」



b:「いっぺんハマると、もう抜け出せんくなるやろ。」

g:「トム・ウェイツっていう人は、歌そのもののキャラクターになりきる役者なのか、それとも歌の登場人物同様の偏屈男なのか、その境界線が見えないくらい、歌の世界にハマってる。」



b:「こういう、ヘヴィーでダークな世界をシアトリカルに表現できるアーティストって、そうそうおらんよなぁ。」
g:「同時期にちょっとハマったニック・ケイヴには近いものを感じたかな。ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ名義の86年リリース『Kicking Against The Picks』っていうアルバム、けっこう好きだったよ。」


Nick Cave & The Bad Seeds / Kicking Against The Picks(1986)


b:「確かに、かなりアングラな臭いがするレコードやったな。」
g:「これ、カヴァー曲集だって知らずに聴いてたんだよね。」
b:「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの“All Tomorrow Party”だけはカヴァーやって知っててんけどな。」
g:「華麗な80年代ヒットの裏でこういうポスト・パンク〜オルタナティヴの流れが密かに流行ってた。」

b:「ただな、この頃、こーゆーののマニアがいっぱいおってんな。そいつらが嫌いやってん(笑)」

g:「『Fool's Mate』周辺の黒ずくめの人たち、ね。」

b:「前髪の一部だけ伸ばして垂れ下げたりな。」

g:「生活感を生活に持ち込みたくない、っていう理由で下宿にコンロも冷蔵庫も置かない、って奴がいてたね。」

b:「住んでるのはボロい六畳やのに、そこだけ生活感なくしたところで、なんやけど(笑)」

g:「この当時は僕もかなり貧乏暮らしで。」

b:「親の世話にはならんって息巻いて、仕送りなしの下宿生活やったからな。レンタル・レコード屋と居酒屋のバイトを掛け持ちして、とりあえず働いてばっかりやった。」

g:「主な支出先である音楽と食事をバイト先に頼ることで収入は低くても支出を減らせたのは我ながら賢かったよね(笑)」

b:「おかげで聴かず嫌いなくいろんな音楽を、感性が尖ってる時期にいっぱい聴けたな。」



b:「ニック・ケイヴ、今聴くとけっこうええなぁ。当時思ってたほどにドロドロでもなく、なんちゅーか、都会の華やかな暮らしとは裏腹の貧しい庶民からの目線っていうか。」
g:「名もなき人々のどん底の暮らし。そういう視点はトム・ウェイツに通じるところがあって。」

b:「意外と凶暴凶悪ではない。」

g:「トム・ウェイツもニック・ケイヴも、当時はもっとヴァイオレンスでデカダンス、退廃的で虚無的な音楽だと思って聴いてたけど。」

b:「そういうのに憧れがちな19才(笑)」

g:「今聴くと、わりと穏やかで優しい視線も混じっていることに気付いたり。」

b:「若い時にはわからんもんやねん。ジジイになったありがたさかも知れんな、そーゆーのって。」