golden(以下g):「イギリスの音楽ばっかり続いちゃったんで、アメリカの音楽のことも少し。」
blue(以下b):「あー、ほんまやな。」
g:「それぐらい、80年代のブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれた動きには華もインパクトもあったってことなんでしょうけど。」
b:「新しい音楽はイギリス、アメリカは野暮ったいっていうイメージはあったな。」
g:「で、アメリカの方へ目を向けるとやっぱり『Born In The U.S.A』のメガヒットは大きなトピックだったんじゃないかと。」

Bruce Springsteen / Born In The U.S.A(1984)


b:「“Born In The U.S.A”ゆーて拳振り上げて歌うてるけどな。俺はアメリカ生まれ〜ゆーて。」

g:「それがどうした?」

b:「アメリカ人やねんから当たり前やないかい。」

g:「何をしょーもないことを。」

b:「“Dancing In The Dark”ってな、暗いところで踊ったらぶつかって危ないわ。責任者出てこーい!」

g:「何を言うてんねん、このドロガメがっ!ほんまに責任者出てきたらどうすんの。」

b:「そんときは謝ったらええねん。ごめんちゃい。」

g:「・・・ここで唐突にテンプレート漫才ぶっこんでくるとは。しかも人生幸朗とか古すぎるし。。。」

b:「・・・めちゃくちゃ売れたなー。このアルバム。。。MTVでも“Dancing In The Dark”のダサいプロモヴィデオがしょっちゅう流れてたし。」
g:「リアルタイムで音楽聴くようになってから初めて聴いたスプリングスティーンでした。」
b:「すでに『明日なき暴走』聴いてしびれまくってたからな、めっちゃ期待したせいか、あ、こんなもんなんやって正直思うたけどな。」
g:「いや、でもやっぱりカッコよかったよ。“Dancing  In The Dark”はまぁ、あのハンパなシンセのリフがアレとしても、“Born In The U.S.A”は怒涛の存在感だし、“No Surrender”から“Bobby Jean”へ続くあたりの疾走感は大好きだったけどね。」
b:「“No Surrender”を聴くと、高校3年の冬を思い出すわ。どっかでその話書いたことある な。」


g:「正直言うと、スプリングスティーンの作品群の中で群を抜いて素晴らしい出来というほどではないのだけど、めちゃくちゃ売れた。」
b:「『明日なき暴走』の疾走感、『闇に吠える街』の重厚感、『ザ・リヴァー』のバラエティ感に比べるとどうしてもね。」
g:「いわゆる80年代風の軽いドラムと分厚いシンセはスプリングスティーンの音楽には馴染んでないしねぇ。」
b:「曲そのものは悪くはないにせよ、クラレンス・クレモンズのサックスやロイ・ビタンのピアノの出番が少ないし、Eストリート・バンドのカッコよさが生きてない。」
g:「でも、どうしてこんなに売れたんだろうね?」
b:「なんでやろな。」

g:「僕は、アメリカ社会の変化も関係してるんじゃないかと思うんだよね。」
b:「ほう。」
g:「81年にロナルド・レーガンが大統領に就任して89年まで二期務めるんで、80年代はまるごとレーガンの時代だったんだよ。」
b:「再選出馬のときに“Born In The U.S.A”をキャンペーンソングにしようとして物議を醸したりしてたな。」

g:「アメリカの現状を皮肉った歌なのに、応援ソングと勘違いしたんだよね。」
b:「レーガンの脳筋っぽさがわかるエピソードやな。」



g:「そういうレーガンが目指したのが“強いアメリカ”なんだよね。」
b:「ソ連の弱体化が明らかになってきて冷戦に融和ムードが出てきた頃やな。」

g:「第一次対戦後に、疲弊したイギリス・フランスに代わって世界を動かす力を持ったアメリカが、最初の黄金時代を作ったのは50年代。大量生産とモータリゼーションと生活の電化といった、製造・物流・生活のあらゆる面で革命を起こした。

b:「そういう経済的発展が、ティーンエイジャーという消費層を生み出し、ロックンロールの隆盛に繋がっていったわけやな。」

g:「ところが、60年代も半ばになると、大量生産大量消費で生まれた社会の歪みが明らかになり停滞がはじまってくる。当初は楽観視されていたベトナム戦争も長期化した末に負の遺産だけを残すことになる。」
b:「米ソ軍拡競争、ベトナム戦争の後遺症、日本の経済的台頭などアメリカの隆盛の翳りが出たのが70年代やったわけやな。

g:「60年代後半にはヒッピーやサイケデリック、70年代には内省的なシンガーソングライターと、当時流行した音楽ってやっぱり時代を反映してるんだよね。

b:「なるほどな。」

g:「80年代になると、そういう倦怠感にも疲れ、またソ連の弱体化が明らかになったりする中でレーガン大統領が就任。強いアメリカの幻想、古き良き時代のアメリカへの懐古も強まっていった。

g:「スプリングスティーンの『Born In The U.S.A』に象徴されるアメリカン・ロックの隆盛には、そういう社会的側面からの要請があったんじゃないかな。スプリングスティーンが目指したものとは大きなズレがあったにせよ。」

b:「アメリカ人、とりわけアメリカをずっとリードしてきたアングロサクソン系白人層の中では、失われつつある栄光を再興させたい機運があったんやろうな。」

b:「日本でも勘違いしたスプリングスティーンのフォロワーがいっぱい出てきてたけど(笑)」
g:「白いTシャツとブルージーンズのね(笑)」
b:「バイトしてた居酒屋で同僚のバイトくんがスプリングスティーン好きやったんやけど、スプリングスティーンのことを“スティーン”って略しよんのがめちゃくちゃ気色悪かったん覚えてるわ(笑)」

g:「ま、日本人はアメリカの情勢云々とは関係なく、ただアメリカでヒットしてるのをファッションとして受け入れてただけなんだろうけどね。」
b:「ま、それはそーゆーもんやろ。そうやって論じるんがアホらしいなるくらい、音に力があったんやったろな。あの怒涛のリフとシャウトにはそれくらいエネルギーがあったんやで。



b:「このモンスター・アルバムと比肩できるアルバムってなんやろ?」
g:「ジ・アメリカン・ロックならヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの『Sports』。」
g:「シリアスなメッセージを歌うソングライターとしてはジャクソン・ブラウン?表の明るさに対しての闇という点ならルー・リード?」
b:「ちょっと弱いな。」
g:「この時代のアメリカに、アメリカらしい栄光を再現させたという点でビリー・ジョエルの『An Innocent Man』はどうだろう。」

Billy Joel / An Innocent Man(1983)

b:「これもめちゃくちゃ売れたアルバムやな。」
g:「“Tell Her About It”“Uptown Girl”“Longest Night”“This Night”など確か6曲シングル・カットされたんだったっけ。」
b:「アルバム借りてきてレコードに針を落としたら、1曲めがいきなりブルース・ブラザーズ〜MG’ズ張りのソウルで。え、これビリー・ジョエル?レコード間違ったんちゃう?って思うたわ。」
g:「“Easy Money”、なぜかシングルにはならなかったけど。確かにMG'ズだね。当時はまだMG'sなんて知らなかったけどね。」


b:「もろモータウンな“Tell Her About It”、フォーシーズンズっぽいコーラスへのオマージュ“Uptown Girl”、ドゥ・ワップの“The Longest Time”と、全曲50年代〜60年代のソウル/R&Bとアメリカン・ポップが下敷きにあって。」
g:「パクリとかではなく、オマージュというか、ちゃんとリスペクトが感じられるねんな。」
b:「前作の『A Nylon Curtain』では“Allen Town”や“Goodnight Saigon”でアメリカの闇を歌ったビリーが、ここでは一転してポップに徹している。」
g:「その狙いがどこにあったのかはともかくとしても、聞き手はこのレコードの古き良きアメリカの、アメリカらしい明るさや健全さに共感したんだろうね。」


b:「自らの体験としてのあるべき青春像、もしくはあるべき青春像への憧れっていうか。」
g:「これも強いアメリカの幻想、古き良き時代のアメリカへの懐古への流れのひとつなんだと思うね。」
b:「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン、ってやつな。」
g:「ま、そういう理屈を抜きにしても、80年代アメリカを代表する素晴らしいポップ・レコードだよね。」
b:「いわゆる捨て曲なしやもんな。」
g:「80年代初頭にあった、こういう50〜60年代初期への郷愁やソウル/R&Bへの回帰の流れからは、僕らの世代は大きな影響を受けた気がするね。」
b:「ハードロックやプログレ方向ではなく、ソウル方向への感度が高くなっていくっていう。」
g:「そもそも戦後日本は常にアメリカからの強い影響化にあるからね。」
b:「アメリカから漂ってくるエーテルをずっと嗅いできたわけで。」
g:「政治、経済、文化、すべてにおいてアメリカのやることはこの国に必ず影響を及ぼすからね。」
b:「そやねんな。日本人にも大統領選挙の投票権があるべきちゃうかって思うくらいやで。」