(サイモン&ガーファンクル 『ザ・ボクサー』 意訳) 

ちくしょう。また不採用かよ。 
夏に派遣で勤めていた会社からいきなり契約更新不可を伝えられてから、もう数え切れないくらいの面接を受けてきたっていうのに、ことごとく不採用だ。面接のおっさんの、どこか人を見下したような態度は思い出してもむかむかするし、なんだかこの頃では「派遣切り」ってだけで憐れむような目で見られている気がしてきてしまうんだ。 
そろそろまともに働かないと、家賃すら払えなくなってしまう。 
ぬくぬくと毎日通勤電車に乗っているあいつらとこの俺、どこが違うんだろう。たいした差はないはずだ。大きなヘマをやらかしたわけでもない。なのに、どうしてこんなに差がついてしまったんだろう。 
もう十年も前、この町に出てきた頃は怖いものなんて何ひとつなかったのに、こうやって人間はだんだんと落ちていくんだな。 

ほっておいたら誰とも言葉を交わすことのない毎日。 
俺に声を掛けてくるのは、ピンク街の客引きだけ。 
何年か前に、にぎわう休日の秋葉原で、大通りにトラックで突っ込んでいって轢き倒した人間を片っ端からナイフでめちゃくちゃに刺した事件があった。 
あいつの気持ちがわかる気がする。 
「俺はここにいるんだ。」 
あの男は、きっとそう叫んでいたんだ。 
でなけりゃ、自分の存在がなかったことにされてしまう。 
ここから出て行かない限り、俺は何かをしでかしてしまいそうで怖いんだ。 


そんなことを思っていたある冬の夜。 
ぶらっと入ったメシ屋で、ボクシングの試合を見た。 
昔いじめられっこだったチャンピオンと、鼻っ柱の強い挑戦者の因縁の対決。 
9ラウンド、すでにチャンピオンの目の上から血がしたたり落ちている。 
10ラウンド、チャンピオンはもうふらふらだ。顔だってもうひんまがってるし。 
もういいんじゃないか、殺されるぜ。もう充分に戦ったじゃないか。 
それでもチャンピオンはあきらめない。 
11ラウンド、そして最後の12ラウンド。 
挑戦者の圧倒的なパンチをボディに、顔面に、しこたま浴びながら、それでもチャンピオンは最後まで戦いきったんだ。 

俺は、カウンターパンチを食らったように、その場に呆然と立ち尽くしていた。 
そして、あの男も、この試合を見ていたら、もう一度だけチャレンジしてみる気になったんじゃないか、ってふと思ったんだ。