気やガスなどの点検と称し、金を取るという詐欺行為が起きてしまっているという。
もちろん、言うまでもなく人間として常軌を逸した行為であり、
決して許されることのない行為である。

しかし、それに対する言葉に私は深く傷付いた。

「こいつらが死ねばよかった」
「名前や住所すべてを晒せ」
「放射能を浴びさせろ」


常軌を逸しているのは、詐欺行為をはたらいている人間だけなのか、と疑問に思えてきてしまう。
いのちの重さ、儚さを知り、自分の今の人生に活かすチャンスを逃しているように思えてきてしまう。

悲しい、哀しい。
の大震災で多くの何の罪もない方々が亡くなってしまったけれども、その代わりに死ねば良かった人間などひとりもいない。
死者の代わりをたてることは、今この瞬間、目の前に出された大きなモノを無視する行為であり、
それは今世か来世かわからないけれど、きっとこの悲劇を繰り返す要因となるはずだ。

解できない行動をする者がいるならば、なぜそのようなことをするのか考えた方が良い、自分に対して何の意味があるのか考えた方が良い。
死へ導いて悪を排除しようとしたことを結果としないでほしい。
その意味を考え、清算していかない限り、次は自分が当事者になりかねない。

そしてそのとき、自分ではその行為に気付くことができない状態に陥っているかもしれない。

原さんが今回の震災に対し「天罰」と発言したという件。

言葉やタイミングを考えなくてはいけなかったと強く思うが、言っていることは大きく間違っているとは思えない。

「天罰」というワードだけに引っかかっている人は、想像力が豊かで独自の帰結主義を重んじる人だろうか。

私には、被災地や被災者に向けて放った言葉には感じなかったのだが。

それに被災地以外の地域の、買い占めの為の「我欲」の大きな渦は、この発言に急所をつかれたはずでは。


私たちは、地球を攻撃し続けている。

『「天罰」と言ったやつには「天罰」を。』
なんて、言ってたらダメ。
その想いがまた、地球を苦しめる。

もし『やられたら、やり返す』が当たり前なら、今回の震災が起きたのは「天罰」に近い意味を持った“何か”かもしれない。

の間にも、NZ地震の被災者である日本人の死亡確認も数名発表された。

全てに全身全霊かけるのは、自分を壊しかねないので、あまりお勧めしないが、
それらをイベントのように過ぎ去った、文字通り「過去」にしてはいけない。

んなに遠い場所で起きても、知り合いが誰ひとりいなくても、
自分のもとに情報がたどり着いた瞬間から、それには自分にとって大きな意味があるはずだから。


電気に囲まれた生活、食、人間から人への成長、
今一度、いろいろと考えなくてはいけないことがある。

じられないようなことが起きました。

私は横浜市の南部にいたのですが、最初の15時前に起きた地震により、停電に。
21時過ぎになって復旧しましたが、それまでの間、もちろんあらゆる店の電気は消え、信号も一部を除いて全て消えました。

その間に車の運転もしていたのですが、やはり『無秩序』と『自由』が全く違うものであると実感しました。

たった3色のシグナルを失っただけで、大通りや抜け道は負の力に包まれた『無秩序』状態でした。
車は進まずイライラ、自転車・バイクは間をすり抜ける無謀な運転、歩行者に至っては車道をふさいでいたりもした。

また携帯での電話、メールは非常につながりにくく、mixiやツイッターには大変助けられました。


震発生以後、ガソリンや食料品等を求め、どこでも長蛇の列ができている。
ガソリンは仕事等に絶対に必要な場合をのぞいて、自粛すべきだし、
食料品は私利私欲の為に買いあさるなら、節度を持って自重すべきだ。

そして、それを災害対策だと思わないでほしい。
衝撃的な津波の映像を見たって、大規模な大地震が起きたことを想定したって、
車の利便性というのは災害時に限りなくゼロになるはずだ。

例えば、非難後に暖をとるために車が使えたとして、
車に無理なく乗り込めるぐらいは、見ず知らずの人でも入れるつもりでいるならいいが。
きっと、情報に流され人の雪崩の一部となっている人には、そういった考えの人は少ないと思う。哀しいが。

非常食ではない物を大量に買い込んだ場合、今は備蓄しているかもしれないが、
期限の長いものは比較的少ないだろうから、きっとすぐに消費する。
そのとき、こちらの状態が落ち着いていたら、再び備える人は非常に少ないであろう。
今、必要なのは、ただただ「量」ではなく、予測と節度を持った「質」の高い行動である。


「その時になってみないとわからない」と思うかもしれないが、
今が「その時」である事もしっかりと理解しなくてはいけない。

哀しいことに、この状態になってから、「優しさ」よりも感じるものが多いのが事実だ。

「なくなっちゃうから今のうち買ってきた方がいい!」みたいなことを言われると、
なんだか素直に「急がなくては!」とは思えないのは、なぜだろうか。

危機感がないから?
それとも、人の本質を垣間見ているから?

んにしても、今自分にできることをやるしかないのだと思う。
比較的、被害がゼロに近い私の地域でも半パニック状態が続いている。
首都直下型地震の場合、本当にどうなってしまうのだろうか、と不安でいっぱいになる。

そのためにも、今だけではなく普段からの備えを万全にしてなくてはいけない。

今回の地震で被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
安否不明の方々が無事であること、亡くなられた方々の魂が道に迷うことがないことを心から祈っています。


【募金情報まとめ】
http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin


各キャリア、mixiやAmeba等、モバイルからの募金も数多く方法があります。
まれに便乗した悪質な募金活動(街頭など)もあるようなので、募金する際は精査した上で。


大海一粟-ブルーソーラーウォーターでも飲みながら--ji




↑クリック先より詳細をご覧ください。

京都 50歳 女性
若い方に謝りたくても、間に合わなくて申し訳ない。
見知らぬ女性は、車の窓を開けて「サイッテー」と
自転車で突進してきた若者には「フザケロ、クソッ」と言われた。

女性にはよほど嫌なことがあったのだろう。
頭の良い若者は難しい日本語を使う。

そして、気がついた時には走り去ってしまっている。
謝りたくても、もういない。
若い方、日本語がよく分からなくて、ごめんなさいね。


稿された方の怒りにも似た感情が伝わってくる文面だった。

この問題を、誰が良いか悪いかと話し出したら、
一生この体験を繰り返さなくてはいけなくなる。

もたつく彼女は「サイテー」ではないし、
わざわざ「難しい日本語」を吐き捨てる必要もない。

その瞬間に得たチャンスを「サイテー」と決め付けたり、
「難しい日本語」で片付けるのは楽だ。

蓄積させるのではなく、整理しなくてはいけない。
それが、なかなか難しいのですが。笑


・オポノポノ。

ある方から教えていただき、出会うことができたもの。
僕には非常にしっくりきた。

なんだか自然とやりたくなる、というと言い方があっているかわからないけれど、
代表される4つの言葉やブルーソーラーウォーター(⇒詳細)などと、
自然と関わり合えるようになってきた。
…気がする。

オリジナルのクリーニングツールを持つようになった。
面白いことにそれを身に付けずに出かけた日には、記憶に流されがちだった。
…気がする。

「自分の中の自分」と、よく言うけれど、
それを考えたとき、それを考えさせてくれているのは、
「自分の中の自分」だということを認識してみる。

自分の中に愛おしい子ども、愛おしい動物がいるような感覚で、
優しく声をかけてあげたり、抱きしめてあげたり。


世の中であらゆる出来事が起き、僕にとどく。
それはどれも僕の記憶の再生であり、無視してはいけない。

いろんな意味で、このブログを続けていかないとね。

言ってる意味がチンプンカンプンな方は、
ホ・オポノポノ ライフ」を書店でチェックですね。
この本は、結構わかりやすい感じがしました。
気になったら、書店に寄って、思い出したら、立ち読みしてみて、
しっくりきたら、数冊あるうち自分と一緒にいてくれそうな本を選んでみてください。