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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和四年(2022)1月25日(火曜日)
通巻7196号 <前日発行>
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速報
ウクライナの米国大使館、職員と家族に退避を督促
北京五輪開幕日、プーチンは微笑しながらロシア軍の侵攻を命じるかも。
***************************************
2008年8月8日、北京五輪開幕。プーチンは北京会場の特等席に居た。当時の中国主席は胡錦涛だった。
その日、グルジア(現在のジョージア)にロシア軍が侵攻し、サアカシビリ大統領は自ら戦ったが、当てにした米軍もNATOも軍事介入はしなかった。結果、オセチアとアブハジアのふたつの「共和国」が独立し、ロシア傀儡政権が産まれた(世界の国々は承認していないが。。)。
サアカシビリは、人気急落し、その後ウクライナに亡命して、オデッサ州知事などを務めていたが、国籍を剥奪された。現在はウクライナ国籍を回復しているが嘗ての影響力はない。サアカシビルはそもそもインテリの家庭にうまれキエフ大学から米国へ留学し、ニューヨークの法律事務所で働いていた。
ソ連が崩壊し、グルジアが独立すると祖国へもどり、政治家に。シュワルナゼ政権と対立するようになり大統領を二回務めた。
さて米国は、在キエフ米国大使館の職員ならびに家族の国外退去を急がせるとした。
ロシア軍のウクライナ侵攻が秒読みになったと判断しているようである。
ロシアはフェイクニュースであり、挑発的行為であり、ロシアはウクライナ問題の平和的解決を望んでいると反論している。
北京冬季五輪開会日。プーチンは北京へ飛び習近平と握手して開会式を見物する予定になっている。
その日、ウクライナ侵攻があるか。
◎☆◎○☆み○◎☆◎○や○◎☆◎○ざ☆○◎☆◎き◎△△☆□
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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あの文革の惨さ、おぞましさ、死刑直前に獄中十年、精神の記録
暗黒の歴史を世界に伝えなければいけないと当時の文革高校生が綴った
♪
楊小凱著、劉燕子監訳・小林一美解説『中国牛鬼蛇紳録』(集広舎)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
著者は文革時代、高校生だった。鋭敏な神経と感覚を備えた著者は、論文を書いた。保守過激派の反発を産み、死刑になる寸前だった。獄中十年、そこで目撃した地獄。
1968年、湖南省の片田舎で育った著者はまだ高校生。文革が始まっていた。楊少年は「中国は何処へ行くか?」という小論文を書き、ついで農村の実情を調べるため、多くの農民と話あってレポートを書いた。それが回覧され、『保守造反派』の間にもでまわってしまった。
中国全土を蔽っていた「当時の官製イデオロギーは、全人口の80%を占める農民の殆どに歓迎されていないことを知った。農民は共産党は好きではないが他に選択の余地がないので、仕方なく受け入れているだけである」(33p)
そして、こうした思考を続ければ劉少奇らの考え方が正しいという結論にならざるを得ないという直感があった。
当局から目を付けられて拘束され、懲役十年。父は左遷され、母や文革中、迫害を受けて自殺した。
獄にぶち込まれた人々にはコソ泥から、掏摸、詐欺師もいた。ソルジェニツィンが書いた『収容所列島』の中国版とは「看守所・未決囚」と「労働改造所」、そして「監獄」の三つのシステムがある。
ゴロツキ、研究者、医師、宗教家、同性愛者、流れ者、ヤクザ、左官屋、舞台監督など履歴は様々だった。その生態を生き生きと描いた。西側世界は吃驚した。
楊小凱は獄中でマルクスの英語版を読み、共産主義が完全に誤りであることを独習で学んだのだ。獄中が彼の大学だった。
出所後、印刷工などを経て、武漢大学助教、幸運にもその後、海外へでることができた。
83年に渡米し、プリンストン大学で博士号。豪の大学に移り、2002年には受洗している。
著者は2004年、オーストラリアで客死した。当時はメルボルンのモナッシュ大学の教授だった。妹の楊暉が現地へ飛んで臨終を見届けることとなった。癌だった。
本書の一部は1990年に発表され、討論の輪ができた。著者の楊小凱は学者として名を成し、専門は経済学だったが、米国での議論は経済学ではなく文革時代のことばかりだった。評判となったので、残りを『北京の春』に連載し、1991年には英語版も出版された(脱線。評者(宮崎)、この頃,『中国の春』『北京の春』を郵送購読していたが、論文が夥しく,読むのに追いつけなかった)。
それから30年の歳月が流れ、ついに日本語版が世に出た。魂は不滅、文学的な作品は残るのだ。
巻末のやや長い解説「毛沢東時代と中国を世界史の中で理解するために」を書いた小林一美(神奈川大学名誉教授)は、次の重要なポイントを指摘している(499-501p)
「中国で最も長く反体制の教義と反乱実績を持つのは白蓮教である。中国の白蓮教は、ゾロアスター教(この世を善神と悪神の闘争と捉える)から分裂したマニ教に起源があるといわれる。マニ教は唐代に中国に広く伝わり、宋代の国内の禁欲的な白蓮宗などの宗教集団と合体し、元末の大反乱の宗教反乱の中心集団となり、そのなかから生まれた朱元章が明王朝を樹立した(中略)。明清時代には国家から最も危険視される過激な結社であった。なぜなら、白蓮教は清代には中国伝統の武術結社と結びついており、各地で武装蜂起を企んでいたからである。白蓮教のモチーフは、『天下大乱し、弥勒仏が光臨なさる』、『真命天使がお生まれになる』、『この世には、まさに地獄の災難が降りかかろうとしている』、『勇敢に戦い死すれば、天国に生まれ変わる』というもので、現在のアルカイーダ、タリバン、ISのような終末論的な預言をした」のである。
毛沢東以来、中国共産党は宗教の全てを取り締まり、キリスト教会とモスクを破壊し(多くは地下に潜った)、法輪功を徹底的に弾圧し、臓器を摘出して稼ぎまくり、いまウイグルのイスラム教徒を洗脳し、拷問し、労働改造所で重労働に酷使し、しかも平然と北京五輪を開催して、「世界の一流国」だと虚勢を張るのである。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 2320回】
――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港202)
△
『中國京劇』の2021年11月号は、荒寥とした葦原の外れに立つ小さな茶店――共産党の地下連絡拠点――を舞台にした現代劇「蘆蕩火種」を特集する。
文革を煽った革命現代京劇の1つである「沙家濱」を改編したものだが、演目名を元の「蘆蕩火種」に戻している。つまり文革前は「蘆蕩火種」だったものが革命現代京劇へ“昇格”したことから「沙家濱」に改められ、今回、「蘆蕩火種」に戻され、内容を一新して公演されたということだ。
「沙家濱」も今回の「蘆蕩火種」も共に主役は茶店を経営する老板娘(オカミさん)の阿慶嫂だが、舞台全体での比重に大きな違いが見られる。この点を同誌は、「現代京劇『蘆蕩火種』では阿慶嫂の出番が増やされ、地下工作者、優秀な共産党員としての彼女の身分が一層強調されている」と伝える。葦原に身を隠し戦傷の治癒と兵力立て直しを進める共産党傷病兵の一群を庇いつつ、彼女は茶店を執拗に疑う日本軍や共産党狩りに血眼になっているヤクザを向こうに回し、知力を尽くして戦う。
かくして彼女の振る舞いは「より深く、より活き活きとした愛国主義教育」の生きた教材となり、「新時代の社会主義文化建設に新たな、より大きな貢献をなした」となるそうだ。「より深く、より活き活きとした愛国主義教育」とか、「新時代の社会主義文化建設」などと言う手垢の付いたような共産党プロパガンダ常套句が習近平政権に対するヨイショであることは、敢えて指摘するまでもないだろう。
以上を総括してみると、『中國京劇』が特集として扱った「党的女児」「花漫一碗泉」「文明太后」「夫人城」「母親」「蘆蕩火種」、加えるに「岳母刺字」「楊家女将」――これらの演目は「強いオッカサン」に収斂し、彼女らが指し示す愛国と党への忠誠といった主張に貫かれていると言っておきたい。
「党的女児」の田玉梅、「花漫一碗泉」の白玉蘭、「文明太后」の文明太后馮氏、「夫人城」の韓太夫人、「母親」の葛健豪、「蘆蕩火種」の阿慶嫂、それに「岳母刺字」の岳母、「楊家女将」の?夫人などの「強いオッカサン」の系譜に習近平夫人の彭麗媛を並べてみると、面妖とまでは言わないまでも、やはり不思議な構図が浮かんでくるようにも思う。
延安以来の共産党の権力闘争、わけても建国以来のそれを追ってみると、江青(毛沢東夫人)、王光美(劉少奇夫人)、葉群(林彪夫人)の微妙な立ち位置を考えないわけにはいかない。彼女らは権力者の配偶者であることをテコに政治の世界で「最高権力者の代弁者」として権力闘争に積極的に関与し、結果として毛も劉も林も、“配偶者の政治嗜好”を阻止できなかったことになる。まさに彼女らは「強いオッカサン」然と政治の世界に闖入していったのである。
こう振り返って見ると、中国の政治文化において権力者夫人(私)と正式の政治ポスト(公)を峻別するシステムが機能していないようにも思えるが、こういった曖昧模糊としたシステムがあるかぎり、やがて彭麗媛は党中央常務委員ならぬ常務委員、副主席ならぬ副主席として振る舞う可能性は否定できそうにない。このような政治文化からして、『中國京劇』が見せる一連の特集は、あるいは現在中国の「強いオ…
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通巻7196号 <前日発行>
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北京五輪開幕日、プーチンは微笑しながらロシア軍の侵攻を命じるかも。
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2008年8月8日、北京五輪開幕。プーチンは北京会場の特等席に居た。当時の中国主席は胡錦涛だった。
その日、グルジア(現在のジョージア)にロシア軍が侵攻し、サアカシビリ大統領は自ら戦ったが、当てにした米軍もNATOも軍事介入はしなかった。結果、オセチアとアブハジアのふたつの「共和国」が独立し、ロシア傀儡政権が産まれた(世界の国々は承認していないが。。)。
サアカシビリは、人気急落し、その後ウクライナに亡命して、オデッサ州知事などを務めていたが、国籍を剥奪された。現在はウクライナ国籍を回復しているが嘗ての影響力はない。サアカシビルはそもそもインテリの家庭にうまれキエフ大学から米国へ留学し、ニューヨークの法律事務所で働いていた。
ソ連が崩壊し、グルジアが独立すると祖国へもどり、政治家に。シュワルナゼ政権と対立するようになり大統領を二回務めた。
さて米国は、在キエフ米国大使館の職員ならびに家族の国外退去を急がせるとした。
ロシア軍のウクライナ侵攻が秒読みになったと判断しているようである。
ロシアはフェイクニュースであり、挑発的行為であり、ロシアはウクライナ問題の平和的解決を望んでいると反論している。
北京冬季五輪開会日。プーチンは北京へ飛び習近平と握手して開会式を見物する予定になっている。
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楊小凱著、劉燕子監訳・小林一美解説『中国牛鬼蛇紳録』(集広舎)
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著者は文革時代、高校生だった。鋭敏な神経と感覚を備えた著者は、論文を書いた。保守過激派の反発を産み、死刑になる寸前だった。獄中十年、そこで目撃した地獄。
1968年、湖南省の片田舎で育った著者はまだ高校生。文革が始まっていた。楊少年は「中国は何処へ行くか?」という小論文を書き、ついで農村の実情を調べるため、多くの農民と話あってレポートを書いた。それが回覧され、『保守造反派』の間にもでまわってしまった。
中国全土を蔽っていた「当時の官製イデオロギーは、全人口の80%を占める農民の殆どに歓迎されていないことを知った。農民は共産党は好きではないが他に選択の余地がないので、仕方なく受け入れているだけである」(33p)
そして、こうした思考を続ければ劉少奇らの考え方が正しいという結論にならざるを得ないという直感があった。
当局から目を付けられて拘束され、懲役十年。父は左遷され、母や文革中、迫害を受けて自殺した。
獄にぶち込まれた人々にはコソ泥から、掏摸、詐欺師もいた。ソルジェニツィンが書いた『収容所列島』の中国版とは「看守所・未決囚」と「労働改造所」、そして「監獄」の三つのシステムがある。
ゴロツキ、研究者、医師、宗教家、同性愛者、流れ者、ヤクザ、左官屋、舞台監督など履歴は様々だった。その生態を生き生きと描いた。西側世界は吃驚した。
楊小凱は獄中でマルクスの英語版を読み、共産主義が完全に誤りであることを独習で学んだのだ。獄中が彼の大学だった。
出所後、印刷工などを経て、武漢大学助教、幸運にもその後、海外へでることができた。
83年に渡米し、プリンストン大学で博士号。豪の大学に移り、2002年には受洗している。
著者は2004年、オーストラリアで客死した。当時はメルボルンのモナッシュ大学の教授だった。妹の楊暉が現地へ飛んで臨終を見届けることとなった。癌だった。
本書の一部は1990年に発表され、討論の輪ができた。著者の楊小凱は学者として名を成し、専門は経済学だったが、米国での議論は経済学ではなく文革時代のことばかりだった。評判となったので、残りを『北京の春』に連載し、1991年には英語版も出版された(脱線。評者(宮崎)、この頃,『中国の春』『北京の春』を郵送購読していたが、論文が夥しく,読むのに追いつけなかった)。
それから30年の歳月が流れ、ついに日本語版が世に出た。魂は不滅、文学的な作品は残るのだ。
巻末のやや長い解説「毛沢東時代と中国を世界史の中で理解するために」を書いた小林一美(神奈川大学名誉教授)は、次の重要なポイントを指摘している(499-501p)
「中国で最も長く反体制の教義と反乱実績を持つのは白蓮教である。中国の白蓮教は、ゾロアスター教(この世を善神と悪神の闘争と捉える)から分裂したマニ教に起源があるといわれる。マニ教は唐代に中国に広く伝わり、宋代の国内の禁欲的な白蓮宗などの宗教集団と合体し、元末の大反乱の宗教反乱の中心集団となり、そのなかから生まれた朱元章が明王朝を樹立した(中略)。明清時代には国家から最も危険視される過激な結社であった。なぜなら、白蓮教は清代には中国伝統の武術結社と結びついており、各地で武装蜂起を企んでいたからである。白蓮教のモチーフは、『天下大乱し、弥勒仏が光臨なさる』、『真命天使がお生まれになる』、『この世には、まさに地獄の災難が降りかかろうとしている』、『勇敢に戦い死すれば、天国に生まれ変わる』というもので、現在のアルカイーダ、タリバン、ISのような終末論的な預言をした」のである。
毛沢東以来、中国共産党は宗教の全てを取り締まり、キリスト教会とモスクを破壊し(多くは地下に潜った)、法輪功を徹底的に弾圧し、臓器を摘出して稼ぎまくり、いまウイグルのイスラム教徒を洗脳し、拷問し、労働改造所で重労働に酷使し、しかも平然と北京五輪を開催して、「世界の一流国」だと虚勢を張るのである。
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――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港202)
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『中國京劇』の2021年11月号は、荒寥とした葦原の外れに立つ小さな茶店――共産党の地下連絡拠点――を舞台にした現代劇「蘆蕩火種」を特集する。
文革を煽った革命現代京劇の1つである「沙家濱」を改編したものだが、演目名を元の「蘆蕩火種」に戻している。つまり文革前は「蘆蕩火種」だったものが革命現代京劇へ“昇格”したことから「沙家濱」に改められ、今回、「蘆蕩火種」に戻され、内容を一新して公演されたということだ。
「沙家濱」も今回の「蘆蕩火種」も共に主役は茶店を経営する老板娘(オカミさん)の阿慶嫂だが、舞台全体での比重に大きな違いが見られる。この点を同誌は、「現代京劇『蘆蕩火種』では阿慶嫂の出番が増やされ、地下工作者、優秀な共産党員としての彼女の身分が一層強調されている」と伝える。葦原に身を隠し戦傷の治癒と兵力立て直しを進める共産党傷病兵の一群を庇いつつ、彼女は茶店を執拗に疑う日本軍や共産党狩りに血眼になっているヤクザを向こうに回し、知力を尽くして戦う。
かくして彼女の振る舞いは「より深く、より活き活きとした愛国主義教育」の生きた教材となり、「新時代の社会主義文化建設に新たな、より大きな貢献をなした」となるそうだ。「より深く、より活き活きとした愛国主義教育」とか、「新時代の社会主義文化建設」などと言う手垢の付いたような共産党プロパガンダ常套句が習近平政権に対するヨイショであることは、敢えて指摘するまでもないだろう。
以上を総括してみると、『中國京劇』が特集として扱った「党的女児」「花漫一碗泉」「文明太后」「夫人城」「母親」「蘆蕩火種」、加えるに「岳母刺字」「楊家女将」――これらの演目は「強いオッカサン」に収斂し、彼女らが指し示す愛国と党への忠誠といった主張に貫かれていると言っておきたい。
「党的女児」の田玉梅、「花漫一碗泉」の白玉蘭、「文明太后」の文明太后馮氏、「夫人城」の韓太夫人、「母親」の葛健豪、「蘆蕩火種」の阿慶嫂、それに「岳母刺字」の岳母、「楊家女将」の?夫人などの「強いオッカサン」の系譜に習近平夫人の彭麗媛を並べてみると、面妖とまでは言わないまでも、やはり不思議な構図が浮かんでくるようにも思う。
延安以来の共産党の権力闘争、わけても建国以来のそれを追ってみると、江青(毛沢東夫人)、王光美(劉少奇夫人)、葉群(林彪夫人)の微妙な立ち位置を考えないわけにはいかない。彼女らは権力者の配偶者であることをテコに政治の世界で「最高権力者の代弁者」として権力闘争に積極的に関与し、結果として毛も劉も林も、“配偶者の政治嗜好”を阻止できなかったことになる。まさに彼女らは「強いオッカサン」然と政治の世界に闖入していったのである。
こう振り返って見ると、中国の政治文化において権力者夫人(私)と正式の政治ポスト(公)を峻別するシステムが機能していないようにも思えるが、こういった曖昧模糊としたシステムがあるかぎり、やがて彭麗媛は党中央常務委員ならぬ常務委員、副主席ならぬ副主席として振る舞う可能性は否定できそうにない。このような政治文化からして、『中國京劇』が見せる一連の特集は、あるいは現在中国の「強いオ…
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