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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和三年(2021)3月5日(金曜日)
  通巻第6822号  <前日発行>
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(休刊のお知らせ)小誌は3月6日から13日まで取材旅行のため休刊となります!
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 コロナ対策で日米欧が巨額の財政出動をしているが
  57兆円もの投機資金が中国の債券市場へ流れ込んでいた。
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 米国が200兆円。日本の予算は106兆円(真水が73兆円)。欧州も緊縮予算重視だったドイツまでが蛇口を開いた。こうした日米欧の巨額財政出動で有り余った資金のうち、じつに57兆円もの投機資金が香港経由で中国の債券市場へ流れ込んでいた。

 中国は大助かり、外貨不足をやりくりできるが、この事態は中国にバブルを引き起こすだろう。げんに中国の不動産価格がまた上昇し始めるという珍現象をみせた。

 一方で、中国の不良債権処理も進んでいる。2020年に中国は75兆円の不良債権を静かに処理していた。同時に中小零細企業の元利払いの猶予を認めているが、その規模はおよそ100兆円に及んだ。

 これらを踏まえた郭樹清(中国銀行保険監督管理委員会主席)が記者会見をして次のような発言をしている。「日米欧のコロナ対策のための積極的な財政金融政策は、たしかに経済の安定に必要だが、バブルという副作用が徐々に浮かび上がってきた。資産価格が実体経済と乖離しており、不良債権処理を急ぐ」。

 コロナを退治して経済は回復基調にあると豪語している中国だが、おかしな事態ばかりが出来している。全人代は薔薇色のヴィジョンが提示され、誰も信用できない数字が並ぶだろうが、次が7月1日の党結成百周年である。習の面子に賭けて、このときはバブルを潰すことはなさそうだ。
     ◎☆◎◎み☆◎□☆や□◎◎☆ざ◎◎□☆き◎☆◎◎
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 2206回】              
 ――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港88)

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 長々と「死者のホテル」の思い出に耽ってしまったから、次はマトモな話題を。とはいえ、曰く因縁のありそうなホテルにまつわる思い出ではあるが・・・。

 アルバイトで日本語を教えていた第一日文の住所は尖沙咀の山林道35号だったような。第一日文を左手にして山林道を奥に進む。突き当りの階段を降りると、道幅の広い柯士甸道(オースチン・ロード)に突き当たる。右折して道なりに進むと、名前は忘れてたが高価北京考鴨(北京ダック)がウリの老舗・北京料理レストランがあった。

当時、大陸は文革の真っ盛りであり、北京では北京ダックの老舗で知られた全聚徳や老便宜坊などが紅衛兵に攻撃され本来の味を提供できなくなったと報じられていただけに、この店の北京考鴨の味が「世界最高」と評判だった。

 北京考鴨の全聚徳や老便宜坊のみならず、清蒸蟹に姜味蟹の正陽楼、羊肉の東来順、五柳魚の酔瓊林、炒牛肉絲の恩成居小吃館、さらには清朝の乾隆帝がたった一人お忍びで通ったという伝説で知られる焼売の都一処など、「老北京」(北京っ子)の舌を唸らせた名店の数々は紅衛兵に「労働人民の搾取の象徴」「資本家の牙城」と糾弾され、トウモロコシの饅頭にスープの「労農兵メニュー」を作らざるをえなかったらしい。

であればこそ、香港の北京考鴨が世界最高の味と評判になったとしても不思議ではなかったような。そんな時代だった。

 時折、D先生に連れられ栄養補給に行った。西洋人を含んだ客の多くはカンバン料理の北京?鴨に舌鼓を打っていたが、北京考鴨を好まない身としては、先生のご厚意に申し訳ないとは思いながら乾豆腐を注文した。濃い目の油味でコーティングされ8センチ角ほど硬い豆腐を3ミリほどの厚さ切り分けた極めて単純な料理だ。
これを辣油にチョッとつけ、香菜と共に口に運び、人肌に温めた紹興酒で胃の腑に運ぶ。まさに口福の一刻だった。

そういえば、この店で提供されるビールは西ドイツ(当時は東西ドイツ時代だったのだ)製でビンは透明。いつも飲んでいた香港製の生力(サンミゲル)や中国製の青島などに較べステキな喉越し。旨いだけに値段も高く、青島より安価だったから愛飲していた中国製の雪花の3、4倍していたように記憶しているが・・・。

 当時の香港で飲めた中国製ビールは青島と雪花の2銘柄だけ。ご当地ビール乱立の現在からは想像すらできないほど。文革当時は、ビールまでもがツツマシヤカだったのだ。

 閑話休題。柯士甸道に降りる階段の手前50メートルほどを左に折れ、下り勾配の松山道を進むと柯士甸道に突き当たる。その左手の角に馬票(ばけん)売り場があり、柯士甸道を越えて斜め右前方には、濃い緑に囲まれた、眩いばかりに輝く緑の芝生の広場が見えた。

真っ白の上下の軽装の腰に大き目の真っ白なタオルを下げた大柄の英国紳士たちが、片手にビールのジョッキを持ちながら昼日中から鉄の玉を投げ合っていた。時折、「準英国紳士」、あるいは「高等中国人」とでも形容できそうな雰囲気の中国人も混じっていた。
高い網のフェンスで囲まれた一帯は「治外法権」とでも言えそうな雰囲気をプンプンと醸し出し、香港が殖民地であることを、言い換えるなら支配と被支配の関係を厳然と見せつけていた。

 松山道の右角は照明器具屋で、その数軒先が問題の金門酒店(ゴールデンゲート・ホテル)である。因みに柯士甸道は金門酒店の先辺りで右に大きくカーブし、しばらく進むと例の階段と合流する。

 金門酒店の狭い入口を入ると、ロビー左側の壁際に日本の新聞が数紙が置いてあった。些か財布に余裕があった時など、日本の新聞を手にロビー右手にあった日本料理屋で時を過ごしたものだ。
なぜ、こんな所に日本人専用に近いホテルがあったのだろう。
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  読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)わたしは活字を読むのがちょっと苦手でして、宮崎先生の世界情勢分析をラジオ、ユーチューブで拝見しています。そして先生の独演会にはかなりの頻度で拝聴に伺っていますが、コロナになってさっぱり開かれませんね。次の予定が決まっていればご教示下さい。
  (DF生、墨田区)


(編集部より)宮崎独演会、都内は4月24日(土曜)午後の予定、また横浜では5月9日午後の予定です。委細決まれば、小欄で告知します。



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(読者の声2)貴誌前号の「日本語教育能力検定試験」のことであれば、まだ国家試験ではありません。
 大卒でなくとも「日本語教育能力検定試験」の合格者であれば、告示校である日本語教育機関、所謂、日本語学校で教えることが可能です。
 【日本語教育機関の告示基準(出入国在留管理庁平成 28 年7月 22 日策定,令和元年8月1日一部改定)抜粋】
十三)全ての教員が,次のいずれかに該当する者であること。
(イ) 大学(短期大学を除く。以下この号において同じ。)又は大学院において日本語教育に関する教育課程を履修して所定の単位を修得し,かつ,当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
(ロ) 大学又は大学院において日本語教育に関する科目の単位を 26 単位以上修得し,かつ,当該大学を卒業し又は当該大学院の課程を修了した者
(ハ) 公益財団法人日本国際教育支援協会が実施する日本語教育能力検定試験に合格した

(ニ)士の学位を有し,かつ,日本語教育に関する研修であって適当と認められるものを420 単位時間以上受講し,これを修了した者
その他イからニまでに掲げる者と同等以上の能力があると認められる者
ご参考までに
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/92083701_01.pdf
 このPDFの第5頁の四角枠に記載されている内容が重複しますが、現行の日本語教師の要件かと思います。
   (滿龍開花堂 三拝九拝)


(宮崎正弘のコメント)御指摘有り難う御座います。外国の日本語学校の場合、大卒者との規定があるようです。



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(読者の声3)貴誌4日通巻第6820号で 「EVのめりこみは鼠の集団自殺に似ていないか脱炭素2050など実現不可能なことは歴然としている」を興味深く拝読しました。
 偶々私は「管見妄言 常識は凡人のモノ」(藤原正彦著 新潮文庫)の「戦いはルール作りから」の部分を読んでいたのですが、そこには以下(要約)のようなことが書かれています。
(引用開始)1.長野五輪のスキージャンプで日本勢が大活躍した直後にルールは改正され、スキー板は身長の146%までとなり、日本勢はその後しばらく勝てなくなった。
 2.東京五輪で女子バレーボールが優勝した翌年、ルールは改正されブロック時のオーバーネットが認可され、日本人はネットの向うまで腕を伸ばすのは難しく、勝てなくなった。
 3.メルボルン五輪で、古川勝が二百メートル平…

[続きはコチラから]
http://mypage.mobile.mag2.com/WebLeading.do?id=HexV1kZysqO&position=4500#position

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