こんにちは、エンリケです。
107回目の美佐日記。
ことしは,これが最後の配信です。
来年の配信は11日からの予定です。
さっそくご覧ください。
エンリケ
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今年4月に刊行された『自衛官が語る災害派遣の記録』に続く、第2弾『自衛官が語る海外活動の記録』(桜林美佐監修・自衛隊家族会編)が発売されています。中東シーレーンの安全確保をめぐって新たな自衛隊派遣が行われているこの時期にタイミングを合わせたような出版です。現地で自衛官たちが何を思い、どのような苦労をして、任務をこなしてきたか、25人の自衛官のリアルな体験記です。
https://amzn.to/38gvhr1
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ご意見・ご感想はコチラから
↓
https://okigunnji.com/url/7
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桜林美佐の「美佐日記」(107)
「歓喜の歌」に隠された物語
桜林美佐(防衛問題研究家)
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おはようございます。桜林です。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土佐日記』ならぬ『美佐日記』は107回目で令和2年の締めくくりとなります。
今年も1年お付き合い頂き、まことにありがとうございました。自衛隊においても年間を通してコロナの影響を受けた年でした。
また、看護支援など災害派遣に赴いた方や海外の任務に就くなどで、正月休みも2週間の隔離期間になってしまっていることがあるかもしれません。本当に、心より感謝申し上げます。
さて、今年は「ベートーベン生誕250年」でした。クラシックファンの間ではメモリアルイヤーとして盛り上がっていたようです。本来であればもっと多くの演奏会などが実施されていたことと思います。特に年末の風物詩「第九」の合唱は、オンラインなどで行われるのでしょうか。
「第九」と言えば、以前も書きましたが、福岡県の久留米市と深い関係があります。久留米には第一次大戦の頃「ドイツ兵俘虜収容所」があり、1919年の12月にそこで初めての「交響曲第9番」=「第九」の演奏会が行われたのでした。
そのことをこの日記で書いたところ、読者の方から「第九」の初演奏は1918年に徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所で行われたのではないかと質問を頂きましたが、これはあくまでも収容所内での演奏だったということで、一般の日本人聴衆に向けての演奏会は久留米でのものが初めてだったようです。
陸上自衛隊の幹部候補生が学ぶかつての軍都・久留米、そしてベートーベンという数奇な巡り合わせを知ってから、ベートーベンがより身近に感じるようになっていました。
最近は、その過酷な生涯がコロナ時代の私たちに語りかけるものを考えさせられています。
ベートーベンは音楽家だった父親のスパルタ教育を受け育ち、かなりの暴力も受けていたといいます。
16歳で母を肺結核で亡くし、父はアルコール依存症で失業。以降、家族を支えるために必死に働くことになります。家計を支えながら幼い弟たちの世話をしていたのです。
その後、ウイーンに移ったベートーベンはそこで作曲活動を始め、才能を認められるようになるのですが、好事魔多し、なんと、少しずつ聴力が失われてしまったのです。
音楽家にとって耳が聞こえないことは致命的であることは言うまでもありませんし、人と話すことが好きだったベートーベンにとって、会話をしても相手の言葉が聞こえなくなることは、生きる望みを失うことでもありました。
彼は遺書を書き、自らの運命を嘆きます。しかし、ベートーベンのすごさはここからなのです。
苦悩の末、彼はついに全てを「諦める」境地に到達するのです。聴力を失った自身を受け入れていきます。
「遺書」を書くことは、苦しみにくじけそうになるもう一人の自分と会話となりました。そして、書くほどに「音楽を作りたい」という気持ちが強くなっていくのです。
そして、ベートーベンが全く聴力を失ってから作った作品が、合唱付きの「第九」すなわち「歓喜の歌」でした。
この演奏をした時、会場いっぱいに溢れんばかりの拍手は、彼の耳には届いていなかったのです。目の前にあったのは、満場の沈黙だけでした。その瞬間、ベートーベンは何も聞こえない恐怖の中に置かれていたのです。
今、感染予防から合唱はご法度となり「歓喜の歌」もこれまでにない苦難の時代を迎えていると言えます。しかし、考えてみれば、百年以上も世界中で歌い続けられているこの曲は、様々な戦争、紛争、対立も乗り越えてきたものであり、何よりその誕生の背景には想像を絶する苦しみがありました。
その生命力を物語るように「歓喜の歌」を歌うため、色々なアイディアが生まれています。オンライン、無観客、そしてイタリアやドイツでは家のベランダからの大合唱・・・。もしかしたら、今はこれまで以上に熱い合唱が生まれる時なのかもしれません。
ベートーベンは、私たちに降りかかる不幸や苦しみについて「何かしらの良いものを伴う」という言葉を遺しています。運命を受け入れ、その中で全力を尽くすという物語が、実はこの有名な「歓喜の歌」には隠されていたことを、私はこのコロナを機に知ることができました。
新しく迎える年、皆さまに歓喜の歌が届きますようにお祈りしています!どうぞ良いお年をお迎え下さい!!
<おしらせ>
YouTubeチャンネルくららで毎週土曜にアップしている「国防ニュース最前線」、今週も伊藤俊幸・元海将に解説をして頂きます。
http://okigunnji.com/url/42/
(さくらばやし・みさ)
桜林さんへのメッセージ、ご意見・ご感想は、このURLからお知らせください。
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【著者紹介】
桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作。その後、国防問題などを中心に取材・執筆。
著書に『奇跡の船「宗谷」─昭和を走り続けた海の守り神』『海をひらく─知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業[改訂版]』『武器輸出だけでは防衛産業は守れない』『防衛産業と自衛隊』(いずれも並木書房)、『終わらないラブレター─祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸─星になった小さな自衛隊員』(ワニブックス)。月刊「テーミス」に『自衛隊密着ルポ』を連載中。
PS
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投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。その他すべての文章・記事の著作権はメールマガジン「軍事情報」発行人に帰属します。
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝しています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感謝しています。
そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、心から感謝しています。
ありがとうございました。
●配信停止はこちらから
http://www.mag2.com/m/0000049253.html
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発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
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桜林美佐の「美佐日記」(107)
「歓喜の歌」に隠された物語
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おはようございます。桜林です。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土佐日記』ならぬ『美佐日記』は107回目で令和2年の締めくくりとなります。
今年も1年お付き合い頂き、まことにありがとうございました。自衛隊においても年間を通してコロナの影響を受けた年でした。
また、看護支援など災害派遣に赴いた方や海外の任務に就くなどで、正月休みも2週間の隔離期間になってしまっていることがあるかもしれません。本当に、心より感謝申し上げます。
さて、今年は「ベートーベン生誕250年」でした。クラシックファンの間ではメモリアルイヤーとして盛り上がっていたようです。本来であればもっと多くの演奏会などが実施されていたことと思います。特に年末の風物詩「第九」の合唱は、オンラインなどで行われるのでしょうか。
「第九」と言えば、以前も書きましたが、福岡県の久留米市と深い関係があります。久留米には第一次大戦の頃「ドイツ兵俘虜収容所」があり、1919年の12月にそこで初めての「交響曲第9番」=「第九」の演奏会が行われたのでした。
そのことをこの日記で書いたところ、読者の方から「第九」の初演奏は1918年に徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所で行われたのではないかと質問を頂きましたが、これはあくまでも収容所内での演奏だったということで、一般の日本人聴衆に向けての演奏会は久留米でのものが初めてだったようです。
陸上自衛隊の幹部候補生が学ぶかつての軍都・久留米、そしてベートーベンという数奇な巡り合わせを知ってから、ベートーベンがより身近に感じるようになっていました。
最近は、その過酷な生涯がコロナ時代の私たちに語りかけるものを考えさせられています。
ベートーベンは音楽家だった父親のスパルタ教育を受け育ち、かなりの暴力も受けていたといいます。
16歳で母を肺結核で亡くし、父はアルコール依存症で失業。以降、家族を支えるために必死に働くことになります。家計を支えながら幼い弟たちの世話をしていたのです。
その後、ウイーンに移ったベートーベンはそこで作曲活動を始め、才能を認められるようになるのですが、好事魔多し、なんと、少しずつ聴力が失われてしまったのです。
音楽家にとって耳が聞こえないことは致命的であることは言うまでもありませんし、人と話すことが好きだったベートーベンにとって、会話をしても相手の言葉が聞こえなくなることは、生きる望みを失うことでもありました。
彼は遺書を書き、自らの運命を嘆きます。しかし、ベートーベンのすごさはここからなのです。
苦悩の末、彼はついに全てを「諦める」境地に到達するのです。聴力を失った自身を受け入れていきます。
「遺書」を書くことは、苦しみにくじけそうになるもう一人の自分と会話となりました。そして、書くほどに「音楽を作りたい」という気持ちが強くなっていくのです。
そして、ベートーベンが全く聴力を失ってから作った作品が、合唱付きの「第九」すなわち「歓喜の歌」でした。
この演奏をした時、会場いっぱいに溢れんばかりの拍手は、彼の耳には届いていなかったのです。目の前にあったのは、満場の沈黙だけでした。その瞬間、ベートーベンは何も聞こえない恐怖の中に置かれていたのです。
今、感染予防から合唱はご法度となり「歓喜の歌」もこれまでにない苦難の時代を迎えていると言えます。しかし、考えてみれば、百年以上も世界中で歌い続けられているこの曲は、様々な戦争、紛争、対立も乗り越えてきたものであり、何よりその誕生の背景には想像を絶する苦しみがありました。
その生命力を物語るように「歓喜の歌」を歌うため、色々なアイディアが生まれています。オンライン、無観客、そしてイタリアやドイツでは家のベランダからの大合唱・・・。もしかしたら、今はこれまで以上に熱い合唱が生まれる時なのかもしれません。
ベートーベンは、私たちに降りかかる不幸や苦しみについて「何かしらの良いものを伴う」という言葉を遺しています。運命を受け入れ、その中で全力を尽くすという物語が、実はこの有名な「歓喜の歌」には隠されていたことを、私はこのコロナを機に知ることができました。
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(さくらばやし・みさ)
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【著者紹介】
桜林美佐(さくらばやし・みさ)
昭和45年、東京生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作。その後、国防問題などを中心に取材・執筆。
著書に『奇跡の船「宗谷」─昭和を走り続けた海の守り神』『海をひらく─知られざる掃海部隊』『誰も語らなかった防衛産業[改訂版]』『武器輸出だけでは防衛産業は守れない』『防衛産業と自衛隊』(いずれも並木書房)、『終わらないラブレター─祖父母たちが語る「もうひとつの戦争体験」』(PHP研究所)、『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『ありがとう、金剛丸─星になった小さな自衛隊員』(ワニブックス)。月刊「テーミス」に『自衛隊密着ルポ』を連載中。
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